ホワイト・キャンバス

つったろう

第1話白く輝く日常

 『聖白学園せいはくがくえん』。そこは、超がつくほどの名門校だ。誠実さが学園のモットーであり、正しい行動がポイントとされ、さまざまな特典を得られる『評価システム』というものを採用している。


「莉奈〜! 一緒にご飯食べよ〜!」


もちろん私はこの学園の生徒である。

結城 莉奈ゆうき りな。それが私の名前だ。


「遅いよ〜莉奈…」


「3人そろったし、すぐ食べよっ!」


この2人は、大切な親友だ。

香月 ほのかかつき ほのかは、明るく元気で、程しれない優しさの持ち主で、

葉山 華乃はやま かのは、おとなしく、一目置かれる優等生だ。最近、疲れた顔をしているけど、何かあったのかな。


【いただきまーす!】


「今日も急いで食べないと!」

「じゃないとポイントマイナスされちゃう!」


正しい行動がプラスになるのならば、当然正しくない行動はマイナスになってしまう。

基本、時間に関しては、守らないとポイントがマイナスになる。マイナスが限界までいくと、とんでもない目に遭うという噂があるが…


所詮、噂程度だろう。


「そんなに弁当に入れるのが悪いんじゃないかな…。」


と、華乃は苦笑していた。


【ごちそうさまでした!】


すっと隣を見ていると、莉奈が弁当を残していた。


「あれっ、華乃…」

「おかず残してるけど、それ嫌いなの?」


私はそう言ったが、華乃は少し曇った表情をしている。食べ物を残せば、ポイントは減ってしまう。華乃は、滅多にそのような行動はしない。私は疑問に思ったが、


「そうなんだよね〜…嫌いなんだよね〜…」

「あはは……」


と、少しぎこちないような笑顔を見せてそう言っていた。


放課後、先程の会話のことが頭に引っかかりながらも、3人で寮に向かっていった。

話していなかったが、この学園には寮がある。

常に管理されるのは、気がいいものではないが、まあ、それはそれだ。悪いことばかりじゃない。


「…」


華乃は疲れた顔をしたままだ。

何かあるならば、今聞いてしまうのもいいかもしれない。


「ねぇ、華乃。」

「最近、何か辛いことあった?」


私の言葉に続けて、ほのかも…


「それ…私も思ったよ…。」

「最近、笑顔見てないから。」

「何かあるなら、話してほしいな」


その言葉に華乃は反応する。


「いっ、いやっ…」

「そんなこと、ないよ……」


短くも重い、沈黙。

華乃は、その雰囲気に耐えられなかったのか、口を開く。


「……うん」

「……話して、いいかな…」


「全然いいよっ!話して!」


私達は、人気の少なそうな校舎裏で、話を聞いた。


「実は私、テストの成績が危ないの…」

「前は上位に入ってたんだけど…最近は平均を下回りそうで…。」


「私は毎回赤点だけどね!」

「そういうのは気にしなくてもいいんだよ!」


「お母さん、成績が下がると私を怒鳴って、それが嫌で隠してたんだけど…」

「そろそろバレそうなの…」

「ご飯も喉を通さなくて…」

「このままだと私、またあの時みたいに…っ」


ほのかが気まずそうな顔をしていた。


「…でも」

「頑張りすぎは良くないよ。」


「じゃあ、どうすればいいの…」


いたたまれない空気の中、私はある案を呈した。


「じゃあ、勉強会しよう。」

「みんなで勉強すればもっと楽しくなるし、」

「知らないことを共有したりとか…」


「その場合私はあんまり戦力にならなさそうだけど…」

「お母さんを説得する方法とか、そういうの、一緒に考えるよっ!」


華乃が、少し笑顔を見せて言う。


「ありがとう…2人とも…。」

「確かに、今まで、お母さんに意見を言ったことなかったから…。」

「一緒に勉強会もしたいな…!」


こうして、私達は、勉強会を開いた。

その裏で、お母さんへの説得も考えながら。

その日から、みんなの笑顔が増えているように感じた。もちろん、私も。


ある日、勉強会のために図書館へ向かっていると…


ドサッ!


「いてて…」

「大丈夫?」


その目の前には、幼なじみの高峰 蒼たかみね あおいが。


「あれっ、高峰?」


「もしかして、莉奈!?」

「奇遇だね、どうしてここに来たの?」


高峰は昔っからの幼なじみであり、今の生徒会会長だ。見た目は中性的で、背が低いが、中身は大人びていて、まさに『会長』のような人物だ。


「私は図書館で勉強会しに来たの。」


「そうなんだ。」

「俺は今から学園祭用の荷物を運ぶところ。」


忘れていたが、もうすぐ学園祭もあったな。


「勉強するのも模範的でいいと思うけど、楽しむときは思いっきり楽しむことも大事だよ。」

「楽しみに備えておかないと。」


高峰は、ふっと笑っていた。


「あっ、そうそう」

「勉強会するなら、おすすめの参考書教えるよ。」


高峰が選んだ参考書は、どれも分かりやすく、興味深いものだった。


「2人にも渡しとかないと。」


「助けになれたらうれしいよ。」


高峰が微笑んでいたので、私も微笑み返した。


その後、大きなことはなく、時が流れる。


テスト当日の日。

華乃は、大きく震えていて、見るからに緊張している。

ほのかは…見たことのない、自信にあふれた顔をしている。逆に心配になってきた…


「テストがぁ……」

「始まっちゃう…。」


「そんなに気にしなくても、今までの努力は裏切らないよ!」

「私たちなら行けるっ!!」


「うぅ…」


そんなこんなでテストも終わり、いよいよ順位発表の時だ。


小さくも、大きな足取りで板に向かう。


「いっせ~ので見よ!」


ほのかはワクワクした顔で私たちに話している。


「あっぁぁぁぅぁぁぁ…」


もう華乃が何を言っているのかわからない…!


「このままだと華乃が人間をやめちゃう!」

「もう見ちゃお!!」


【せーのっ!!】


それは絶望か希望か。

私達はそれを見る。


「お〜っ?」


その瞬間ほのかの顔が笑顔で溢れる。


「私!!」

「99位だ!!」


私たちの学年は、212人の生徒が在籍している。

つまり、ほのかの順位は平均を上回っているということだ。


「あのほのかが…!?」


「あのとは失礼なっ!…まぁ、そうだけど…。」


私が言った言葉に反応するも、不服そうに黙っていた。


「そういえば、華乃!」

「華乃、どうだった?」


ほのかがそう言い、私達は華乃を見ると…


「…」


華乃はわなわなと震えていた。そんな華乃を見て、ほのかは背中を支えようとしている。


「華乃…?」


そんな中、華乃は口を開く。


「……っ」



「やっっったぁ〜〜!!」


…どうやら大丈夫だったようだ。

横目に見ながら、私達はほっと肩を軽くする。


「見てっ! 2位だよっ!2位!」

「1位じゃないのはちょっと悔しいけど…」

「けど、こんな順位見たことないよ!」


「やった〜!!」

「安心したよ華乃っ!」


私も、頬の筋肉が緩くなる。ここまで、みんな笑顔で話しているのは何時ぶりだろう。


「あっ、」

「そういえば、」

「莉奈の順位はどうだった?」


…完全に忘れていた。

板に顔を向けると…


「…100位」


「…えっ?!」


勉強会では2人の勉強しか見ていなかったから、こうなるのは必然だったかもしれない…。


…決して負け惜しみとかではない。

まさかほのかに順位で負けるとは…


「や〜いや〜い順位100位〜」


「1位差だろっ…!」


そんな会話をしていると、華乃がくすっと笑っていた。


「ありがとう、2人とも。」

「おかげで元気が出たよ!」


「もしかして、高みの見物していらっしゃる?」


そう、嫌味そうに言うと、華乃がふためきながら、


「いやっ、そういう事じゃなくてっ!」

「…勇気がでたんだ。」

「…帰ったら、お母さんに相談しようと思うんだ、これからの事について…。」


「もしよかったら、私も一緒にやるよ!」


と、ほのかが言ったが、


「いや、大丈夫だよ。…でもありがとう。」

「親子、2人で話したいんだ…」

「だから、2人は結果だけ聞いて欲しいな!」


「華乃、頑張ってね。」


と、私が言ったが、華乃は微笑み返すだけだった。


夜。私達は同じ寮室を使っているが、今は、2人だけだ。


「華乃、大丈夫かな…」


私達は、ずっとソワソワしていたが、その時が来た。


ガタッ!


「莉奈っ!」「ほのかっ!」


【華乃っ!!】


「華乃っ、どうだった?!」


そう私たちは、問うと、


「大丈夫だよ!」

「ちゃんと、お母さんと話できたよ…!」


「華乃っ〜!!」


ドサッ!


「うわっ、ほのかっ!?」


ほのかが、華乃に抱きついていた。

私は、これまで抱えていた肩の荷が下りるような感触があった。

あぁ、また始まったんだ。日常が。


「あとっ、2人とも…」

「わたしに付き合ってくれて、本当にありがとう!」

「2人がいなかったらどうなってたことか…」


「いえいえ、どういたしましてってやつだよ!」

「全然どうしたってこともないよ。」


私とほのかは、満更でもない顔をしているだろう。そこで、華乃は、


「2人ともにプレゼントを用意したよ!」

「ほんの気持ちと、友情の証として!」


華乃は少し照れくさそうにして、袋を手渡した。

その袋を開けると…


「お〜っ!」

「リボンだ〜っ!!」


それは、別々の色をしているリボンだった。

私には、服に付ける、ピンクのリボンが、

ほのかには、髪を結べる、黄色のリボンが、

華乃には、カバンに付ける、青色のリボン。


「せっかくだし、みんなに合いそうな色を選んだよ!」

「ほのかは、髪を結んでるから、髪用のにしたんだ。」


「うぁ〜っ!」

「ありがとー!!」


ほのかは、飛び跳ねて喜んでいた。

私も、それくらい嬉しかったので、同じように喜んだ。


「ちょっと…!」

「このままだと他の人にバレちゃう!」


「バレたらいけないの?」


そう、疑問に思ったほのかが、問いていたが、


「夜中は外出禁止だけど…それ破って買っちゃったから…」

「…でも、そこまで私は、ポイントマイナスじゃないから、問題はないけど…」


「違反したのか…」


ルールを守ることは大事だ。最近は華乃は違反が多かったから心配だ…


「なら、バレる前にポイントを貯めとこっ!」

「まぁ、バレなきゃ違反じゃないけどねっ!」


「あはは…」


そんな話をしている内に就寝時間になってしまい、私達は、就寝の準備をした。


「ねぇ、2人とも…」

「最後に、ありがとう。」

「それだけは言っておきたくって。」


「いいのいいの、困ったときはお互い様っ!」


そう、ほのかが言い、華乃が…


「ほのかは、相談したときとっても親身になってくれて、一緒にいるだけで心が晴れてくるの。」

「莉奈は、困ってるとき、すぐに気づいてくれて、ずっと気にかけてくれる。」


「…私2人のそんなところが好き。」

「じゃあ、おやすみ。」

「また明日!」


華乃は、人の良いところにすぐ気づいてくれて、褒め上手だ。

あぁ、2人が友達でよかった。…そんな気持ちで一杯だ。


「…今日も、最高な1日だった。」


そう、口ずさんで、私は眠りに落ちた。





次の日。


「…あれ?」


2人がいない。寝坊したのか、と時計を見たが、いつも通りの時間だ。そう、いつも通り…だが、この場を包む静寂が、私に異常を伝えている。


「…散歩でも行ったのだろうか。」


そう思うことにして、いつも通りの支度をした。


…結局、2人に会わないまま教室まで来てしまった…


ガラッ


「おはようございます」


「…!」

「…莉奈っ!」


突然、ほのかが私に抱きついてきた。

その瞬間、私は少し、緊張の糸が絆されたように感じた。しかし、…なんでだ、いない。


「…ねぇ、莉奈…」

「…華乃、見なかった…?」


…華乃がいない。ほのかが顔を上げたとき、その顔は、普段の調子と比べて、冷や汗をかき、笑顔が引きつっていた。そんなほのかを見て、心臓の音が速くなる。


時が、流れる。

言うのを躊躇う。

空気が重い。

手が震える。


期待と絶望、2つが重なり…時が、進む。


「……見てないよ…」


「……そう、かぁ…」


期待が憔悴に変わる。

その間、小さな静寂があったが、ほのかがすぐ口を開いた。


「実は、早朝に物音がして、」

「目を開けたら、華乃がいなかったの」

「周りを見てから、外も見たんだけど」

「…誰もいなかった。」


分かってはいたが、分かりたくなかった。


「みんなにも聞いたんだけど、みんな知らないって」

「中には不審な顔して、見てきたし」


「…先生には聞いた?」


「今から聞きに行こうってところだよ…」


先生なら知ってるかもしれない。

少なくとも、華乃の存在を知らないわけでは無いから。


「先生〜!」


「どうしました?」


足を動かすだけで精一杯だ。

この人は、桐谷 香澄(きりたに かすみ)先生。

無愛想で何を考えているのか分からないが、授業は丁寧で、相談事には親身になってくれる。なので、なんだかんだ皆に好かれている先生だ。


私達は、口を開く。

「葉山 華乃さんを見かけませんでした?」


…静寂。

いやだ。やめて。…異常がついに、私たちまでも包み込む。


先生が口を開く。


「葉山 華乃とは、誰ですか?」

「その生徒は、この学園にいないはずです。」








…あぁ。


白色の日常が、塗り替えられていく。

その色は、今の私には分からない。だが、

もう、あの日常は、ないんだ。


そのとき、私達が付けているリボンだけが、

白く、光っているように見えた。

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