不動産

友人のSの話なんですけどね。彼に会ったのももう3年前が最後になるんですかね。


彼は、変わり者でしてね。とにかく物欲というものがなく、部屋には必要最低限の服とベッドがあって、自炊もしないのでレンジと単身用の冷蔵庫くらいしか持ってなかったんです。

それで、そういう身軽さもあるし「いいところに住みたい」なんてのもないですからね、よく心理的瑕疵かし物件に住んでたんですよ。いわゆる「事故物件」ですね。数年住んで契約が切れる頃に、不動産屋からまた紹介してもらって別の部屋に引っ越して、ってを繰り返してた。

こんな変な男いませんよ。それにそんな話、他では聞いたことないです。


まあ、そんな風な生活を繰り返してわけです。大学生の頃からそんな調子で、社会人になってもね、そういう引越しを繰り返してた。


それでね、彼に聞いた話はこれからなんですがね。

ある日、不動産屋から電話がかかってきて


「はい、もしもし」

「Sさんですか。いや、紹介したい物件がありましてね」


と言うんですね。これが妙なタイミングなんですよ。引っ越して1年。契約更新まで1年。3年契約のちょうど真ん中なんですね。

今までこんなことはなくて、大体は「契約が切れますね、次どうしますか?」なんて電話で……


それで「なんだか変だな」と思いながら電話を続けた。


「まだ契約更新までは1年もありますし、今紹介されても」

「いいや、Sさん!これはね、あなたに是非!と思いましてね」


そこまで言われたんじゃ仕方ないと言うことでね、次の休みの日にその不動産屋まで足を運んだ。


「いやいや、お待ちしてましたよ。ささ、こちらにこちらに」

「やけに急かしますね、どうしたんですか」

「いやね、この物件、取り置きしてるんですよ。一度、サイトに挙げたんですけどね、よくよく考えたらSさんにぴったりだと思いましてね。でもね、その短い期間で3件も問い合わせがあったもんですから」

「そうですか。それで、その物件というのは?」

「書面で見せても伝わらないかもしれないんですが、この3LDKでして」


駅から近く、間取りも良くて、家具までついてる。とても安い部屋とは思えない。


「こんなに贅沢な部屋、僕には合いませんよ」

「いやいや、それがね。ここもまあ、いつもの感じなんですよ」

「事故物件ですか?すると家賃は安いんですね」

「ええ、もうその通りで!ただね、この部屋ちょっと特殊なでしてね」

「条件?」

「そうなんです。どの人もね、大体1週間で契約辞めるって言い出すらしいんですよ。うちで扱うのは初めてですから、大家さんに聞いた話なんですがね」

「はあ、それで条件というのは?」

「その1週間、1週間過ごしたら、敷金礼金なしで月5万で良いそうです」

「そりゃ破格ですね」

「ええ、そうでしょう。サイトには値段だけ出してましたからね、そりゃ問い合わせも来ますわな」


ただ、まだ契約満了してないし、違約金も取られるだろうから、やめておこうかな……そうSさんが思った時にですね、不動産屋が


「今の家の違約金もなんとかしますから、1週間、過ごしてみませんか?」


と見計らったように言うわけです。


Sは元々、押しに弱い性格でしたからね。


「それじゃあ」って言うんで、1週間過ごすことにしたんです。家具もついてますからね、最低限の荷物だけ持って。


部屋は思いの外綺麗で、清掃も入ったばっかり。家具も新品同様。流石に変だな、と思ってSは不動産屋に


「あの何が起きたんですか?この部屋で」


と思わず聞いたんです。

そしたら、不動産屋さんは


「いや、実は大したことないんですよ。女性の孤独死です。不審な点はなかったそうですよ」


と答えた。

なんだ、それならいつも通りじゃないか

そう思ってSも少し安心しましてね。


それから1週間、なーんにも起きない。


びっくりするくらい何にも起きないんですね。


これで本当に破格の値段で住めるのかな?


そんな風に思ってたんですね。


それで1週間目の最後の日、不動産屋さんから電話が入りまして


「Sさん、いよいよ今日で最後ですね」

「そうですね。何にも起きませんでしたよ」

「そうですか!いやいや、Sさんは慣れっこですからね」


と会話をして、その日も夜まで普通に過ごしたんです。


「さあ、そろそろ寝ようか」なんて思って、ふと壁にかけてあるテレビに目を向けたら、なーんか妙な感じがするんですね。


それで、壁掛けテレビの後ろをそーっと覗いたら


「気持ち悪い!」


と思わず声に出た。


そこにはびっしりとカメムシが張り付いていたんです。


10匹やそこらじゃない。数十匹がワラワラと。中には死んだカメムシもいて、もう汚いし気持ち悪いし「嫌なものを見たな」と思ったわけです。


「どこから入ってきたんだろう」と不思議に思ったSは、壁を見ると、どうやら壁掛けテレビを吊り下げる金具のところに隙間があるんですね。


それでも、壁の中だから外に通じてるはずはないですからね、カメムシなんて入ってこないはず。


それで、壁をトントンと叩いてみたら、ある。空間があるんです。


「変だなー」と思って不動産屋に電話しようにも、もう夜ですからね。電話もできない。

だから「もう1週間経つし、明日聞けば良いか。嫌なら契約しなければ良いだけの話だから」と言い聞かせて布団に入ったんですね。


すると夜中にミィミィっという何かがしなるような音が聞こえて、ハッと目が覚めた。

その音は、どうやら方向的にはテレビの方からしてるようなんですが、頭を動かそうにも力が入らない。


金縛りですよね。ただ、Sは金縛りはよく経験していたので特に不安なこともなかったんです。まあ、どういうわけだか「事故物件」では、金縛りがよくあるようでして。


「寝よう寝よう」と思って目を閉じる。


だけど、どうにもミィミィという音が耳から離れない。


「嫌だなあ、なんだろう」


そう思ってると体に力が入りましてね。金縛りが解けたんですね。


だけどミィミィという音はまだ聞こえてくる。


仕方がないんでテレビの方に歩いて行って、なんなんだろうとコンコンと壁を叩く。


その時「うわ!」と気付いたんです。


この家、3LDKという説明だったのに、一部屋足りない。


「なんだ、変だな」


そう思ってるSの耳にはまだミィミィと音がする。


ふとテレビに目を向けると


「ぎゃー!」


真っ暗なテレビに反射するSの顔のすぐ隣に髪の毛を垂らした女の姿が映ってるんですよ。


思わず隣を見ると目の前には真っ赤に血走った目と、ぽっかり空いた口がありましてね。


「つひつええこ」と呟いてるんです。


Sも流石に身体が硬直して身動きが取れない。


壁からはミィミィと音が続いて、女は「つひつええこ!つひつええこ!」と、ほとんど叫び声みたいな声を上げ始めた。


「いやだ!やめてくれ!」


Sは思わず叫んで部屋から飛び出した。


それでその日は、駅の近くのネットカフェで一晩明かしたとか。


次の日、不動産屋から電話がありましてね。


「Sさんどうでしたか」


なんて能天気な声で言うもんですから、頭に来て


「冗談じゃない!あんな部屋!借りませんよ」


と声を荒げたんですね。


すると


「Sさん、何か言われたでしょ」


と不動産屋さんは言い始めた。


「なんのことですか」


そう答えると電話口から「ミィ……ミィ……」と何かがしなるような音がし始めて。


「Sさん、なんか言われたでしょ」


と不動産屋さんは続けるんです。


電話口のミィミィという音はどんどん大きくなっていって


「やめてくれえ!もうやめてくれ!」


とSが取り乱すと、不動産屋さんは一言


「次、連れて来い」


と言った。


ここに怪談を書くようになってから、こんな話あったなと思ってSさんに連絡取ろうと思ったんですが、彼、今は音信不通なんですよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る