SS『言葉の泉』

夢美瑠瑠

第1話



  SS「言葉の泉」


 ”言葉が滾々こんこんと湧き出る泉” があった。


 ”言葉の泉”…


 これは、象徴的な意味で、語彙の豊富な人物、そういう実在の文人の誰彼とかのことを指しているのではなくて、文字通りに存在しているのである。


 ただしそれは抽象的な位相…普通の時空間を超越した、不可思議な次元に存在していたのだ。


 チョムスキーという学者は、人間の脳には生成文法の座、つまり先験的に言葉を操れることのアリバイとなる領域が普遍的にある、と考えた。


 養老孟司という脳科学者は、「唯脳論」を提唱し、人間とってのに世界は要するに脳の似姿で、世界の構造も脳の構造のシミュレーションになっているはず、そう考えた。


 そういう諸々の理論の総合的帰結として、「言葉の泉」というものが、この世界、森羅万象ユニバーシティのどこかの位相に存在するはずだ…あたかもブラックホールの存在を予言したアインシュタインの如くに、その存在を予言した学者がいたのである。


 その論拠はつまり、言語、ランゲージは人類の知的な創造の源であり、貴重な知的な財産…それ自体が唯一無二のタカラ。


 で、知的なエネルギーの安定的な供給を担保して、文化的なあらゆる営みの裏付け、バックボーンとなるもので、原理的に無尽蔵な、”言語エネルギーの打ち出の小槌”、そういうものがこの人類社会という巨大な文明がありうるからには、存在するはずである…非常に聡明で卓見を述べるので有名な、さる学者がそういう哲学的な論文を「ネイチャー」誌に発表したわけだ。


「人間は、馬鹿である。 

というか、馬鹿な人間は多い。 人間のパロディにもなりえない、愚か極まりない存在もうじゃうじゃいる。


 人間存在、人類の文明を支えている根本原理というか、基礎になるコミュニケーションと思考思索のツール…それが人類だけが持ち、その知性の洗練や発達に伴って形式も内実もより複雑精妙になってきた「言語ランゲージ」だ。


 それは人類のシャドウである、動物的な名残のインカーネイト…そうした「敵」、「悪魔」そういったものからは、殲滅して奪取すべき唯一無二の「伝家の宝刀」なのだ。 


 低能な、非人間で反社会的な暗鬱なカラーを帯びたものほどに、開明な言語、理知的明晰なものを嫌い、すべてを闇の中にからめとろうとする。

 そういう低能なパワーの源がフリードニヒ・ニーチェのいう怨恨ルサンチマン…人間性にしかし本来的でもある、その「呪い」に拮抗する、いわばブラックホールに対峙するホワイトホール…それが、ポエティックに表現したところの”言葉の泉”なのである。


 それは確かに存在するのだ!


 人類が繋がりあい、連携して、智慧を共有して進歩してこれた…それは言語というものの賜物なのだ。 言語なくしては文明も、文化も、 いや、マッチ一本すら存在していないだろう…ちょうど物質すべてのエネルギーの源として太陽やらそのほかの恒星が存在するように、こういう言語という不可思議な、秘教的な呪術? それのエナジーのよって来る所以の何かの源泉…そういうものがどこかにあるはずと、私はそう確信しているのだ…」


 …この論文は、本年度の「イグ・ノーベル賞」を受賞した。


<了>

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SS『言葉の泉』 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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