第2話:残響の地下線 ― Trace Code


この都市の夜は決して眠らない。常にどこかしらで店があり、その周りには人が居る。


それでも、人気のないところはある。

忘れ去られた線路、廃棄されたデータケーブル、放置された電車。


その場所に、キドとレナは立っていた。



雨の滴る鉄骨の天井。

封鎖された旧地下鉄――B-9線。

半世紀前に崩落事故を起こし、そのまま都市開発の下層に埋もれた場所だ。


「……思ったより“生きてる”わね。」

レナが言った。

錆びたホームには古びた監視カメラが点灯しており、わずかに電源が生きている。


「ええ、都市の深層は案外しぶといものです。地上が忘れても、停止命令が無い限り機械は動き続けるという事ですよ…働き者ですねえ」

キドは薄く笑いながら、ハンドライトを照らした。


その腰には、旧式だがよく手入れされた拳銃。

レナは電脳デッキを腰に、光学迷彩のコートを翻している。


《付近の電波密度、異常値。非正規通信が複数。》

ユリシーズの声が通信回線に響く。


「非正規通信?こんな所で…当たりって事?」

「でしょうねぇ」

キドは周囲を見回す。

廃線区画には壁一面にスプレーで描かれた落書き、そして……血痕のような赤い色の染みが引き摺られたように続いている


「最近のですね。乾ききっていない。」

「人の、だと思う?」

「いえ。おそらく」

キドは血液の様な物を指で触れる


「……血液に見せかけた合成タンパク。追跡妨害用の罠です、あの血痕を辿っていくと何らかの罠に辿り着くんでしょう」


「手が込んでるわね。誘拐犯ってより、組織的な感じ。」

「子供を“商品”として扱う連中なら、あり得ます。」

キドの声は淡々としていた。だがその瞳には静かな怒りが滲んでいる。


「……怒ってる?」

「当然です。子供は、道具ではありませんから。」


レナは一瞬、目を逸らした。

彼のそういう言葉を聞くと、何か胸がざわつくのだ。

“感情”が希薄な自分の中に、少しだけ熱が灯る。



通路を進むうち、空気が変わる。

壁面のグラフィティが途切れ、代わりに企業ロゴの消された貨物箱が並んでいた。消えかけている…いや消そうとした痕跡のある「RE-MED」と刻まれたコンテナ


「リベリオン・メディカル……」

「ええ。人体拡張、神経接続、クローン研究。どれも“人の境界”を弄ぶ連中です。」


キドがコンテナの封を開ける。中には壊れたナノチューブ製の拘束具、そして小さな靴。少女のものだった。


「……居たのね。ここに、アリアが。」

「少なくとも、居た形跡はあります。」

レナが端末を展開する。電脳視界に、残留データの波が立ち上がる。


「人間の神経波トレースをキャッチ。アリア・ウェストンのコードと一致。……でもおかしい。」

「何がです?」

「コードが二重に走ってる。生体反応を模した“コピー信号”がある。」


「つまり…クローン?」

「そう。……もしかしたら、“試作”かもしれない。」


レナの声が低くなる。

彼女自身も、かつて企業の“実験体”だった。

脳を半分機械に置き換えられた少女。

記憶のどこかで、自分と同じように扱われた“誰か”を思い出していた。


「レナさん」

「なに?」

「無理はしないでくださいね。」

「……してない。」

「それなら、良いのですが。何かあれば言ってください」


キドの声音は穏やかだった。



《熱源反応、三つ。距離20メートル、接近中。》

ユリシーズの警告が飛ぶ。


腰のホルスターから拳銃を抜きレナが構える。

闇の向こうから、金属の靴音。


姿を現したのは、武装した三人組。

黒いマスク、企業製の戦闘義体、そして肩のエンブレム。


「……あれ、見覚えあるマークね。」

「ブルーハンド社――企業警備の下請けです。」

「下請けが、こんな場所で何を?」

「恐らく、回収任務でしょう。」


「つまり、アリアを誘拐したのは彼ら?」

「少なくとも、実行犯はそうだと考えてよろしいかと」


先頭の男が叫ぶ。

「動くな!ここは立入禁止区域だ!」

「申し訳ありません。少々迷い込みまして。」

キドが穏やかに両手を挙げた。


「武器を捨て跪け!従わない場合射殺する!」

「……でしょうねぇ」


次の瞬間、キドの動きが霞んだ。

キドの手元から発生した3発の銃声とともに、三人の腕が弾かれ、手に持っていた銃が壁に叩きつけられる。


この早業をしたキドは一歩も動かず、ただ静かに息を吐いていた。


電脳戦と肉体戦闘――両方に長けた彼の戦闘技術は、もはや人間の域を超えている。彼の電脳が神経伝達速度を限界以上に上げ義体の限界に近いスピードで動くことが出来る。


先程したのも単純明快。ただ単に早くホルスターから拳銃を抜き、素早く照準を合わせ、発砲してホルスターに戻した。


ただそれだけだ


その刹那、レナがすぐに彼らの電脳へ侵入し、彼らの義体リンクを切断。

瞬く間に三人は意識を失い、床に崩れ落ちた。


「……やりすぎじゃない?」

「いえ。むしろ、やさしい対応だと思います。」

「たしかに、殺してはないけど…こんな事をさらっとやるから胡散臭いって言われるんじゃない?」

「否定はしません。」


レナは膝をつき、敵の懐から端末を回収し解析する。

そこに残っていたデータには、高度に暗号化されていたが、アリアの写真と“回収指令”のコード。依頼主は――リベリオン・メディカル社。


「やっぱり、繋がってた。」

「企業が子供を誘拐して実験で確定ですか

……ありふれてますね。」

「普通に言わないで。倫理観、どこ置いてきたの。」

「玄関に置いてきました。」

「今すぐ取りに行って」


レナは小さく笑った。ほんの一瞬、口元だけが動いた。キドが微かに笑みを返す。



あの後周囲を探索すると、大きなゴミ箱で隠された隠し通路を発見した



その通路の先――

古いサーバールームのような場所に辿り着く。

無数の端末がまだ稼働しており、青白い光が部屋を満たしていた。


その中央周辺には、クローンの生産装置と透明なカプセル。

内部には小さな少女が眠っている。


「……アリア。」

レナが呟く。

だが、モニターに表示された生命データには“コピー”の文字。


《本体ではありません。神経波は人工生成。》

「やっぱり、クローン……。」

レナの手が震える。

それは自分とは少し違うが同じ、“人工的に作られた存在”だった。


「ユリシーズ、残留通信を追跡して。」

《了解。送信元――中層区、リベリオン・メディカル支社。》


キドが小さく息を吐く。

「やはり、そこに繋がりますか。」

「どうする?」

「決まっています。――迎えに行きましょう。偽物ではなく、本物のアリアを。」


「このアリアはどうする?」

レナはカプセルの中で眠るアリアのクローンを見た。


キドは顔を曇らせ言葉に詰まるが

「…ここで破壊しましょう、残しても何にもなりません…解放しても知識もなくこの街に放り出されては1時間と持たないでしょう」


「そう…ね…ごめんね」

レナはそう呟くと、クローンの額に拳銃を押し当て引き金を引いた


硝煙の香りと人工血液の匂いが辺りに漂う。


キドはしばらく目を伏せていたが、カプセルからクローンの死体を回収し背負う


「我々人間の勝手な都合で生まれてしまい、我々の都合で殺してしまったこの子の…お墓ぐらいは面倒を見てあげませんとね」


レナは拳銃を納めながら頷く

「ええ、こんな所に残したらどんな使い方をされるか分からないものね」


ーー


「一度我が家に戻ってこの子を安置しましょうか、その後は…」

レナが頷いた。

「戦争ね。」

「仕事です。……私達をこんな気持ちにさせた罪を清算させますよ」


そのとき、先程通った通路の先で爆発音。

背後の通路の壁の一部が崩れ、煙が立ち込める。


《ブルーハンド社の増援部隊を確認、視界錯乱とジャミングを展開》


「包囲されてしまったみたい」

「問題ありません。――レナさん、上を見て。」

キドが天井を指差す。

天井の鉄骨の隙間に、古い非常用メンテ通路があった。


「ここから抜けます。急ぎましょう。」


《付近の監視カメラ映像から2人の痕跡を消す処置をしました、何処から出ようと我々の痕跡を辿ることは不可能でしょう》


「レナさん、お先にどうぞ」


「貴方が先に…」


キドは困ったように笑う

「私が先に登ると、背中に背負った子の影響もあってうまく登れないと思いますので、引き上げていただけると」


「なるほど」


レナは一息で天井のハッチへ飛ぶとハッチを解放しスイスイと登り始めた


「…先に行ってとは言いましたが…少しは振り返ってくれても良いのですよ?」


そう1人呟くと、スーツの懐から高性能爆弾を通路の方へ投げ込み素早く天井のハッチへ身を潜り込ませた。


その後発生した爆発により隠し通路は崩落し、追跡部隊は前進が困難になってしまった



 ユリシーズの声が響く。

《敵部隊、追跡断念、広域捜索へ移行、警戒レベル、第三段階。》



 地上への出口を抜けた時、雨がまた降り始めていた。

 濡れたコートを翻し、レナが夜空を見上げる。


「雨は嫌いですか?」

「……別に。嫌いじゃないけど…」

「そうですか…行きましょう」


遠くで警報が鳴っていた、今は使われていない地下鉄の爆発音を調べに来ようとする、真っ当な警察官と消防士達が来ようとしているのだ。


だが彼等が現場に辿りついたら最後、ブルーハンド社の部隊から“口封じ”されてお終い。


レナはそんな彼等を哀れに思い、彼らのネットワークに侵入して別の場所で起きた事にした重大事件に向かわせた。


少なくともこれで彼等は企業兵士に消される事はなくなった。


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