ノワールリンク

@mokoaroma

プロローグ

夜の街は、光に満ちていた。

 だがそれは、温かい光ではない。

 

《アークライン》かつて世界最大の企業連合が築いた都市。

 

 空は濁り、雨は酸を含み、人々の身体は金属に置き換えられた。

 誰もが何かを失いながら、それを機械で補って生きている。

 人間と機械の境界は、もう誰にも説明できなかった。

 

 ビル群の谷間を無人ドローンが飛び交い、足元では改造屋と情報屋が交渉を交わす。

 

 電脳世界では誰かがデータを盗み、現実では誰かが生身の臓器や無理やり剥ぎ取られた義体を売る。そんな街の片隅、半壊したネオンが点滅する古い建物の二階に、一枚の看板がかろうじて残っている。

 

 ――《ECHO-LINE》

 

 

 中は薄暗く、かすかなコーヒーの匂いが漂っていた。

 壁一面に並ぶのは、義体の部品と制御用チップ。

 作業台の上には、半分分解された義手が一つ。

 

 それを静かに修理している男がいた。

 黒い義体用フォーマルスーツに身を包み、灰色の短髪。

 動きは丁寧で、まるで外科医のように無駄がない。

 

 ――キド

 表向きは義体修理工、だが実際は都市の影で動く戦闘請負人。

 “非登録傭兵”としてさまざまな依頼を受けてきた。

 

 彼の手の動きは正確で、そして優しい。

 その眼差しには、壊れたものを直すことへの祈りのような静けさがあった。

 

「……やはり、この年代の骨格は脆いですね。修理より再構築のほうが早い」

 

 天井のスピーカーが応えた。

 それは人の声に似ているが、どこか無機的な響きを持つ。

 

《再構築のコストは依頼主の予算を超えます》

 

 ――声の主はユリシーズ

 キドが何処からか拾ってきた自律型AIであり、この店の管理者でもある。冷静で皮肉屋だが、キドにとっては戦友であり、もう一つの心でもあった。

 

「しかし、壊れたまま返すわけにはいきませんよ」

 

《……やれやれ、安い部品の仕入れルートを検索します》

 

「お願いしますね、最悪自腹を切りますから」

 

《…そう言われてしまっては、何がなんでも探さなくては》

 

 すみませんねぇと彼は苦笑した、

 すると、そのやり取りを見守っていたもう一人の人物が、小さく息を吐いた。

 

 

 銀灰の髪を短く切りそろえた女性。

 無表情で、淡い青の眼が静かに光っている。

 彼女は壁際の端末を操作しながら、淡々と報告した。

 

「修理ログ、アップロード完了。依頼主には明日引き渡せる。」

 

 ――レナ

 電脳潜行者VOID-ECHOとして裏の世界では知らぬ者がいない、凄腕のハッカー。

 

 だが今は、この修理店でカイのパートナーとして働いていた。

 感情を見せないが、行動の奥には確かな思いやりを感じられる不思議な女性だ

 

「助かります。……そういえば、例の孤児院の監視カメラ、直りましたか?」

 

「直した。でも、あなたの匿名送金のルート、もう少し偽装を増やすべき。」

 

「……ええ、次から気をつけます。」

 キドは困りきった様な顔で苦笑い。

 

 彼女は僅かに彼の横顔を見て、淡く笑った。

 それは一瞬で、真顔に戻り尋ねる

 

「……また誰かに“丁寧すぎる”って言われたの?」

 

「ええ、取引先の方に。『薄気味悪い』と」

 

「…無理に変えなくていい。あなたのその喋り方、私は嫌いじゃない。」

 

「ハハハ。ありがとうございます、慰めでも嬉しいですよ」

 

 店内に沈黙が戻る。

 雨の音だけが窓を叩いていた。

 

そんな静かな店に、また依頼が舞い込んだ

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