ヘビースモーカー

五來 小真

ヘビースモーカー

「よう、久しぶりだな」

 線香の匂いを避けるように裏手に行くと、藤田が真っ黒な佇まいで迎えた。

 髪が白くなりシワも深く、もうすっかりおじいちゃんだ。

「久しぶりに会うのが、まさか樺山の葬式とはな……」

「香典代、いくら払った?」

「三万だな」

「マジかよ。オレは一万だ。この年になると収入もないしキツくて」

「俺だって辛いよ。……でも樺山だしなぁ。今月のタバコ代もきついよ」

「タバコと言えばさ、ちょっとこっち来てみろよ」

 藤田が手招きする。

 ついて行くと、懐かしい施設が顔を出した。

「あいつ、これ買ってたのかよ……」

「会社の頃とは違って、小型化が進んだ上に廉価版らしいけどな」

「こいつがなければ、俺のこれはなかった」

 俺は力こぶを作る。

 藤田も力こぶを作る。

 どっちも年に似合わず、ムキムキだった。


 会社のこの施設を体験したのは、何十年前だったか……。



「ここだ」

 部長に突然呼ばれ、会社の裏手の施設に連れてこられた。

 最近工事の音がしているなとは思っていたが、自分の会社の敷地だとは思っていなかった。

「隣に電力施設まであるじゃないか」

 藤田が感心している。

 どれだけの電力を食う施設なんだか。

「ロッカーと椅子しかねぇ」

 樺山はもう中に入って感想を述べた。

 中を覗くと、殺風景な円形の部屋に椅子が4脚離ればなれに部屋の中央に向けて置いてあった。

 椅子の背後に、車のシートベルトのようなものが2つ付いてる。

 また、壁に埋もれる形でロッカーがそれぞれあった。

 随分頑丈そうだ。

 高い天井に、全面金網が貼られている。

 「……座敷牢? まさかここで仕事を……」

 細木は不安になっている。

 あいかわらず神経が細いやつだ。

「座敷牢に電力施設は、いらんだろう」

「いや、しかし——」

「まあまあ、部長殿の話を聞こうぜ」

 藤田が促した。

 施設の外で横一列に並ぶ。

 対面に部長。

「集まってもらったのは他でもない。昨今すっかり嫌煙の動きにあるというのに、お前らだけは喫煙をやめん」

「タバコに愛情を持ってますから」

 樺山は情熱的に言う。

「女にはやめろって言われるけど、それでやめるのもなぁ?」

 恋人でもなければ、妻でもなく、【女には】。

 藤田には、相変わらず女の影が多い。

「会社がやめろというなら、私はやめても……」

 細木の言葉に、部長が手で制す。

「実際、一時はクビにする案もあった。タバコで新入社員が入ってこない懸念も大きいからな」

 その言葉に、細木が顔を青くする。

「しかし人手不足の時代にあり、君らが抜けるのは痛い。そこにこの施設の売り込みが来たわけだ」

「で、この施設はなんなんですか?」

 樺山が急かす。


「喫煙室だ」


「これが?! 高そう……」

「それがまだ製品版ではなく、試験版らしくてな。テスターとして感想を言ってくれるならと格安で作ってもらえたのだ」

「感想って、誰が言うんですか?」

「オレらだろ……」

「なんでも副流煙をほとんどなくしてくれる高性能なものらしい。これなら新入社員らも安心というわけだ」

「で、どうやって使うんですか?」

「知らん」

「え?」

 部長は冷たく即答する。

「そんないい加減な。テストとかしたんでしょ?」

「私はタバコを吸わんからな。なんでも音声ガイダンスで案内してくれるらしいぞ」

「らしいって……」

「ガイダンスに逆らうと、どうなるかまでは聞いてない」

「死なないですよね?」

 細木が不安そうに聞く。

「お前らがそこまで愚かではないと信じている」

「そんなぁ」

「——以後、喫煙はここでするように。以上だ」

 それだけ言うと部長は去っていった。


「音声ガイダンスって言われてもなぁ」

「まあ、ああ言うんだ。わからなかった場合は、素直にそう言えばいいさ」

『防護服の着用をお願いします』

 施設に足を踏み入れると、早速音声ガイダンスが始まった。

「防護服?」

「あのロッカーの中にあるんじゃないか?」

 藤田の言う通り、ロッカー内にそれらしき服があった。

「なんで防護服なんだ……」

 細木がまた不安そうになってる。

「煙から身を守るため、とか?」

 そう言いながら着た服は、ガスマスクのようなものが首元についており、そこからコネクタ付きのケーブルがついてる。

「なんだこれ?」

 樺山はジャックをぶんぶんまわす。

「ものものしいにも程があるな。これでいいのかね?」

 4人それぞれ着替え終わったようだった。

「へへ、タバコタバコっと」

 早速樺山がタバコを取り出し、火をつけた。

『煙を検知しました』

 その言葉と共に、扉が閉まる。

 外の音が完全に聞こえなくなり、一瞬圧倒的な無音となった。

「閉じ込められた?!」

 細木が悲鳴を上げる。

 

 ブッ、ブッ、ブッ、ブ。

『ケーブルをジャックに差し込み、椅子に座り安全ベルトを締めて下さい』

 警告音と共に照明が赤くなり、点滅しだした。

「なんかやばいぞ」

「とにかく言われたとおりにしよう」

「ジャックってどこだ?」

「椅子の近くの壁のところにあるぞ」

 ジャックにケーブルを差し込む。

「安全ベルト2つあるんだが?」

「両方付けるみたいだ」

 2つのベルトを交差するように付ける。

 体が完全に固定された。

『接続確認。マスク着用後、マスクのコネクタにタバコを接続してください。まもなく起動します』

「え? マスクしちゃうの? そのまま吸わせろよ」

「もうタバコどころじゃないだろ!」

「起動ってなんだよ……」

 その言葉に答えるように、天井の金網の奥がスライドして開きだした。

 開いたその先に、巨大なファンがいくつも連なっている。

『カウントダウン開始します』

「おいおい、マジかよ……」

「このマスク、酸素供給用だ——! 早くつけろ!!」

 藤田が叫ぶ。

 みんながその言葉に従った。


『3……、2……、1……。多層式高速タービン起動』


 シュンシュンシュン……、ゴォオオオオオオオ!

 ファンが高速回転を始めた。

 爆音と共に、体が天井に引っ張られそうになるのを感じた。

 その時、なぜ円形の施設なのかが氷解した。

 この竜巻を作るためだったのだ。

 前に読んだことがある。

 完全な排煙を行うには、竜巻クラスの気流が必要だと。

 この施設は、そのバカげた話を実現したものだったのだ。

 保持できなかったのだろう。

 樺山のタバコが、天井に吸われていった。


「みんな無事かぁ……?」

「おう」

 ファンの高速回転がゆるやかになり、ようやく会話できるようになった。

 全員がグッタリしていた。

「俺のタバコ……」

「見事に吸われていったな」

 タバコ税ですっかり高くなったタバコは、一本でも貴重品だ。

「扉が開かないぞ」

『呼気からタバコ成分がなくなるまで、高濃度酸素を送ります。マスクをしたまま待機して下さい』

「マジかぁ……。俺は吸ってないのに」

「どれぐらい待つんだろう?」

「副流煙の被害がなくなるまでだから、30分はかかるんじゃないか?」

「長いな」

「結局どうやってタバコを吸うんだ?」

「多分ここに刺す」

 藤田がマスクのところを指差す。

 差込口と弁がついていた。

「……なるほど。よし、待ってる間に一服しよ」

 樺山がまたタバコに火を点け、マスクに刺した。

「バカ……」

 照明が再び赤に切り替わった。




「あれからだよなぁ。タバコ吸うのに気合が必要になったのは」

「ちょっと入らせてもらおうぜ」

 藤田が入っていく。

「お前、そんな勝手に……」

 そう言いつつも、足は自然と中に向かっていた。

 二人共長時間の葬式で、ヤニ切れだったのだ。


「ぷふぅー、相変わらずきついなぁ。鍛えてなければヤバかった」

 ファンの回転が緩やかになってから、藤田はマスクを外す。

「これに耐えるだけの為に鍛えるって、どんだけヤニジャンキーなんだよ」

「鍛えたから健康になったし、女にモテただろ?」

「女にモテたのはお前だけだよ」

 少し笑った後、俺は切り出した。

「……樺山は肺がんだったそうじゃないか」

「肺は鍛えられないからな」

 しばし二人して沈黙する。

 どこから入ってきてたのか、天井の金網から死んだ虫が落ちてきた。

「そういう意味では、細木はえらいな」

「あいつ、どうしてんだ? あの一回で、速攻タバコやめただろ?」

「今年マラソン大会で優勝したらしいぞ」

「喫煙室が必要ないのに、自主的に鍛えてたのかよ」

「なんか疎外感感じて、あいつも頑張ったみたいよ」

 そう言ったところで、喫煙室の扉が開いた。

 扉の先には、樺山の奥さんが立っていた。

「喫煙室使いましたね?」

 刺々しい言葉だった。

「すみません……」

 二人して謝る。

「謝るのは別にいいので、電気代お願いしますね。一回一万円かかるので」

 追加の香典代が必要になった。


 <了>

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ヘビースモーカー 五來 小真 @doug-bobson

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