第11話 埃除けのブローチ

 ​私が礼拝堂をピカピカにしてから、数週間が経った。

 あれから礼拝堂はすっかり領民たちの憩いの場となり、毎日多くの人が祈りを捧げに訪れているらしい。


​「聖女様のおかげで、子供の咳が治まったんですよ」

「礼拝堂でお祈りしたら、畑の作物が急に元気になってな!」


 ​街へ出れば、そんな嬉しい報告をたくさん耳にする。私の「お掃除」がきっかけで、皆さんの信仰心が高まり、その祈りの力が奇跡を起こしているのかもしれない。

 だとしたら、なんて素晴らしいことだろう。


​「皆さんが綺麗好きになってくださって、私も嬉しいですわ!」


 ​私が笑顔でそう返すと、領民の方々は一瞬きょとんとした後、「聖女様は謙虚でいらっしゃる…」となぜかさらに感激してくれる。


 なんだか話が噛み合っていない気もするけれど、みんなが笑顔なら、それでいいか。


 ​そんなある日、私はカイ様に執務室へと呼び出された。


​「アリシア。礼拝堂の一件、見事だった。褒美をとらせる」


 ​カイ様はそう言うと、小さなビロードの箱を私の前に差し出した。蓋を開けると、中には息をのむほど美しいブローチが収められていた。

 月の光を閉じ込めたような青い宝石が、精緻な銀細工の中央で静かに輝いている。


​「これは…?」

「強力な守護魔法が付与してある。お前をあらゆる穢れや呪いから守るだろう。常に身につけるように」


 ​カイ様の真剣な眼差し。

 その瞳の奥に、今まで感じたことのない強い光が宿っているように見えた。


​(穢れや呪い…つまり、お掃除の時に飛び散るガンコな汚れや、瘴気のことね!)


 ​私はカイ様の深いお心遣いに、胸がいっぱいになった。 


​「ありがとうございます、カイ様!なんて素晴らしいお掃除サポートアイテムでしょう!これさえあれば、どんなに汚れた場所でも、わたくし自身は清いままでいられますわ!」

「……そういう解釈か。まぁ、間違いではないが……」


 ​カイ様は少しだけ複雑な表情を浮かべたけれど、私が心から喜んでいるのが伝わったのだろう。「気に入ったのなら、それでいい」と、静かに頷いてくれた。


 ​私が新しい「埃除けのブローチ」を胸につけて執務室を辞した後、入れ替わりに老執事のバルトロさんが入室した。その表情は、どこか険しかった。


◆◇


 そして、執務室の中では。


​「カイ様。王都より、気になる噂がいくつか…」

「聞こう」


 ​カイの声が氷のように冷たくなる。


​「一つは、アリシア様を追放なされたエドワード第二王子ですが、近頃はさらに素行が悪化し、王家も頭を悩ませているとか。そしてもう一つ…辺境の地に『奇跡の聖女』が現れ、不毛の地を蘇らせている、という噂が、まことしやかに囁かれ始めている模様です」

「…嗅ぎつけたか、ハイエナどもが」


 ​カイの低い声に部屋の温度がさらに数度下がった。


​「いずれ、王家が何らかの探りを入れてくるかと」

「好きにはさせん。アリシアは私がこの地で見つけた光だ。誰にも渡すものか」


 ​その蒼い瞳は、獲物を守る猛禽類のように、鋭く、そして冷たい光を放っていた。


​「あの方には…アリシアには、指一本触れさせん」


 ​そんな緊迫したやり取りが交わされていたのだ。

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