第10話 零れ落ちた本音

 ​ステンドグラスから差し込む七色の光に照らされながら、私は次なる獲物、黒ずんだ祭壇へと向かった。

 かつては美しい白大理石だったであろう祭壇は、長年の瘴気によって、まるで黒いタールでも塗られたかのようにその姿を変えてしまっている。


​「なんてこと…。女神様、さぞお嘆きだったでしょう。今、綺麗にしてさしあげますからね」


 ​私は祭壇に優しく語りかけると、用意してきた特製のアルカリ電解水を布に染み込ませ、そっと表面を拭い始めた。

 すると、まるで魔法のように黒い汚れがスルスルと布に吸い付いていくではないか。


 ​私の「浄化」スキルと、前世で培った清掃知識の合わせ技。その相乗効果は、私自身が思っている以上に絶大な効果を発揮していた。


 ​一心不乱に祭壇を磨き続ける。

 私の周りだけ、空気がどんどん澄んでいく。



 ​そして、一時間後。


​「……できましたわ!」


 ​私の晴れやかな声と共に、祭壇は本来の姿を取り戻した。瘴気の黒い衣を脱ぎ捨てた白大理石は、ステンドグラスの光を浴びて、神々しいまでに白く、清らかに輝いている。まるで、祭壇そのものが光を放っているかのようだ。

 ​あまりの美しさに、私自身もうっとりと見惚れてしまう。


​「……女神、降臨……」


 ​背後で誰かがそう呟いた。

 振り返ると、そこにいた騎士全員が祭壇の前に立つ私に向かって、敬虔な祈りを捧げるかのように片膝をついていた。


​「えっ!?ええっ!?」


 ​あまりの出来事に、私は目を白黒させる。


​「ど、どうしたのですか皆様!床はまだ埃っぽいですから、お膝が汚れてしまいますわ!」


 ​私が慌ててそう言うと、騎士の一人が感極まったように顔を上げた。


​「アリシア様……!あなた様こそ、我らが待ち望んだ浄化の聖女様、いや、女神様に違いありません!」

「め、女神!?」


 ​井戸の件で「聖女様」と呼ばれ始めたのは知っていたけれど、ついに女神にまでランクアップしてしまったらしい。

 お掃除が好きなだけの、ただの侍女なのに。


 ​そんな前代未聞の状況に、カイ様がすっと前に進み出た。


​「よせ。アリシアに無用なプレッシャーをかけるな」


 ​その静かだが有無を言わせぬ声に騎士たちは、はっと我に返り立ち上がる。

 カイ様はそんな彼らには目もくれず、ただまっすぐに、祭壇の前に立つ私を見つめていた。その蒼い瞳は、今まで見たことがないほどに、深く、そして熱を帯びているように見えた。


​「…見事だ、アリシア」


 ​カイ様はゆっくりと祭壇に近づき、その輝く表面をそっと指でなぞる。


​「君はいつも、私の想像を、期待を、はるかに超えていく」

「そんな…!私はただ、夢中で磨いただけですわ」


 ​私が照れて謙遜すると、カイ様はふっと息を漏らすように笑った。


​「そうだな。君はいつもそうだ」


 ​そして、私にしか聞こえないほどの小さな声で、ぽつりと呟いた。


​「…綺麗すぎて、目が離せない」

​「え?」


 ​今、何かおっしゃいましたか?と私が聞き返そうとした瞬間、カイ様ははっとしたように私から視線をそらし、少しだけ気まずそうに咳払いをした。


​「…いや、なんでもない。さぁ、帰るぞ。君も疲れただろう」


 ​そう言って、カイ様は私に背を向けて歩き出してしまう。その横顔が心なしか赤いように見えたのは、きっとステンドグラスの光のせいだろう。


​(綺麗すぎて、目が離せない…?まぁ!)


 ​私の頭の中で、その言葉がキラキラと反響する。


​(祭壇のことよね!私が磨き上げた祭壇が、あまりにも美しくて、見惚れてしまったのね!分かるわ、分かるわそのお気持ち!)


 ​カイ様の最高の賛辞を胸に、誇らしい気持ちで礼拝堂を後にした。

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