月の輝きが私を導く

佳上成鳴 カクヨムコンテスト参加中!

 

 満月が囁く。


「一族の血には逆らえないのだ……」


 その囁きが耳に響くとありさは耳を塞いで座り込んだ。


「誰か助けて……!!」


 佳伊が振り向く。佳伊はありさのいる所とは数キロ離れた場所にいた。しかし彼には確かに聞こえていたのだ。ありさの心の叫びが……。


 満月の夜。シンと静まり返った公園には動かなくなった死体が横たわっていた。

 その傍らにはありさの姿があった。


「ああ、また……殺した……」


 口元の血を拭った。ありさは泣いてもこの運命には逆らえないことを知っていた。けれども泣かずにはいられなかった。

 この人間にも人生があったはずだ。笑って泣いて喜ぶ権利があった。でも自分がそれを奪ってしまったのだ。

 どうして殺さないといけないのか?辛い……。

 その時、足音に気づき振り返る。そこには佳伊が立っている。公園の暗闇の中、佳伊は何も言わずにそこに立ってただありさを見つめていた。

 ありさはその顔を見てはっとする。その顔には見覚えがあった。

 佳伊はそこから忽然と姿を消した。まさに消えたのだ。


「鷺ノ宮佳伊……!?」


 ありさはどうしてあの場に彼がいたのか?それだけを考えて朝を迎えた。

 答えは出なかった。


 翌日、学校で休み時間に親友の香苗とのんびり過ごしていると香苗が突然口を開いた。


「ありさ〜あんたもうすぐ卒業なのに告白しないの?」


 ありさは飲んでいたミルクティーを思わず吹き出し、真っ赤になる。


「な……なにを……」


 焦ってそれ以上の言葉が出てこなかった。


「学校一のモテ男で人気者の生徒会長、競争率は高いんだからなんとかしないと!!」

 

 それはわかっている。しかし自分には秘密がある。だから何もしてこなかった。


「私には手の届かない人だよ〜」


 焦って答えた。でも……昨日彼に見られた。何故、消えたのか?そんな能力が彼にはあるのか?どうしてあそこにいたのか?わからない……。


 そう、彼は、2年目に突入した私の片思いの相手ー


「私は彼を『目撃者』として殺さないといけないの?この牙で」


 女子トイレの鏡で少し口を開くと鋭い牙が見えた。そう、ありさは吸血鬼なのだ。人間を狩って血を吸う……その自分が生きていく行動が嫌でたまらなかった。どうして自分が吸血鬼だからって人間を殺す権利があると言えるのか……?いや、ない。自分には人間を殺す権利なんかないのだ。

 そう思ってずっと苦しんできた。しかし、魔物は不死……死ぬ事も出来ずにずっと苦しんでいたのだ。もう心が限界を迎えていた。

 女子トイレから出てきて廊下を歩いていると佳伊が前から歩いて来た。その姿を見てドキリとする。いけない。何事もなかったように振る舞わなければ……そう思いつつ早歩きになってしまう。

 佳伊は何気ない顔で歩いている。鼓動が早くなる。佳伊に聞こえないだろうが平静を保たなければ……そう思って通り過ぎようとしたその時、佳伊がちらりとありさに目線を向ける。そして呟いた。


「助けを呼んだのは、君だろう?」


 驚いてありさは振り返り佳伊の方を見たが佳伊は何事もなかったかのように歩いて行ってしまった。

 

 なんですって…!?


 ありさは生徒会室のドアをノックした。「どうぞ」と佳伊の声がしたの中へ入るありさ。


「聞きたいことがあるの」

「はい」


 にっこりと笑う佳伊に思わず警戒してしまい、ドアに背を付けて動けない。どうしてあんなことを言ったのか聞きたくて来てしまったが、来てよかったのか?吸血鬼としての本能が佳伊が危険だと警鐘を鳴らすのだ。


「待っていたよ、染堂…ありささん」


 佳伊はカタリと席を立った。私の名前を知っている……?そんな馬鹿な。知ってるはずがないのだ。なのにどうして……。


「助けを呼んだのは君だろう?」


 佳伊が1歩踏み出して微笑んだ。ありさはパニックになり返事が出来ない。しかし……ここへ来たのはひとつ、確かめたいことがあったのだ。もしそうなら……ありさは頼みたいことがあったから。


「私…思い出したの」


 佳伊は笑顔で次の言葉を待っていた。


「不死の魔物でも殺すことのできる「始末屋」のこと」


 ありさの言葉に佳伊の顔色が変わった。そして鋭い視線をありさに向けた。ありさはその視線にどきりとする。これが恐怖からなのか恋心からなのかわからない……。ただ、佳伊の次の言葉を待った。


「──へぇ、そんなこと噂になってんだ……」


 少し考え込む佳伊。すると突然ふっと微笑む。


「そうやって話していると階段から落ちてきたとは思えないほど別人だね」


 ありさは予想外の言葉に思わず真っ赤になってしまう。まさか佳伊が覚えているとは思っていなかったのだ。


「ちゃあんと!覚えているよ」


 HAHAHAと笑う。


 ──私だって覚えてる……あれが好きになったきっかけだもの……。


 2年前のある日、私は階段を降りようとして足を踏み外してそのまま階段を落ちてしまったのだ。


「きゃあ……!!」


落下するありさの下には丁度通りかかった佳伊がいた。思わず佳伊はありさを受け止める体制を取った。そこへありさは見事に落っこちて佳伊を下敷きにしてしまったのだ。


「だ……大丈夫?」


 佳伊の声にはっとするありさは慌てて佳伊の上から移動して床に座り込んだ。


「ごごごごめんなさい!!階段踏み外しちゃって……!」


 そこから早口で言い訳を始めるありさの様子を見て佳伊は吹き出して笑い始めた。


「あ、あのー」


 少し怒り気味にありさが問いかける。どうして落ちたのかを説明してたのに笑うなんて失礼な!そう思った。しかし彼はくったくのない笑顔をありさに向けた。


「俺……落ちてきた女の子の下敷きになったの初めて!貴重な体験をしてしまった」


 と大笑いをした。とても綺麗な笑顔だった。


 なんだかその笑顔が印象に残って…


「あのあとも何度も君を見かけたよ。見かけるたびに転んでた」


 顔が真っ赤になるありさ。

 そりゃドジだけど……。そんなところばかり見なくても……。魔物らしくないって一族には言われるけど……転びたくて転んでたわけじゃないわ!


「だから、君の声が聞こえてきた時すぐにわかったよ。あの子の声だってね」


 赤くなるありさ。すぐに?私のこと、そんなに覚えていてくれたなんて。


「どうしてほしい?」

「え?」

「どうやって助けてほしい?お節介なこの手でよければ力になるよ」


 と手をヒラヒラさせる。その手がとても頼もしく見え自分の望みを叶えてくれるのはこの人しかいない、そう思った。


「鷺ノ宮くん……!」


ああ……やっぱり……やっぱりすき……!!


「私たち一族は満月になるとじぶんの意志とは関係なく吸血鬼になってしまうの……でも魔物は不死身だから死ねないし……どうにもならないの……本当は殺したくない。私は……人間が好きだもの」


 佳伊は考え込む。ありさの言いたいこと、それは……。


「それが君の……望み?」


そう、私の望みはー……


 綺麗な満月の夜。月の光以外はたいして明かりのない暗がりの公園で佳伊とありさはいた……。

 にっこりと笑うありさに対して佳伊は悲しそうな顔をする。ありさは意識がない。ただ獲物を狩る吸血鬼だった。それが佳伊には悲しくて仕方が無かった。


「エモノ……!」


 牙を見せた途端に佳伊がカッと目を見開く。両手を広げありさに向けると稲妻がパシパシと響く。佳伊の手から稲妻のようなものが出てきて2人を覆っていた。


「!?」


 ありさに稲妻が放たれる。ありさは苦し気な表情を見せた。


「く……!」


 ありさはよろめくが意識はないままだ。


 その時佳伊が手を差し伸べる。


「目を覚ませ!ありさ!」


 意識のないありさだったがその佳伊を見た途端自分の自我が沸き立ってくるのが分かった。


「おいで、ありさ」


 ぱん!と弾ける音が響き渡る。ありさは我に返り泣きながら佳伊を見た。

 もし、本当に魔物を始末出来る始末屋なら……叶えてほしい望みがある。どうしても、自分では出来ないから……。


「……鷺ノ宮くん……」

「望みを叶えに、きたよ」


 悲しそうな佳伊の表情を見て、ありさは自分の願いを叶えてくれるのだと悟った。いつか、そうなるのを望んでいた。自分の意志と関係なく人間を殺し続けるなら……と。


 私の…望みー…


「私を、殺して」


 佳伊はそっと目を閉じてありさの言葉を聞いていた。


「このままじゃ私……苦しくて……」


 ありさの目から涙がこぼれた。本当に辛かった。早く終わりにしたかったが方法が分からなかった。でも……その望みを叶えてくれる人がいたのだ。嬉しかった。ましてや大好きな佳伊の手で自分を終わりに出来るなら本望だ。


 佳伊はありさを見つめ、そしてにこりと笑った。 

 ありさもにこりと笑い佳伊を見つめた。


 佳伊がありさの周りから気を抜いていく。ありさは自分が最後を迎える時が来たのだと分かった。体から力が抜けていき、次第に体が砂へと変わって行っているのがわかった。


「安らかに眠れ……ありさ……」


 優しい声……。

 

「ありがとう…やっと眠れる…」


 おやすみ、ありさ。


 その言葉と同時にありさは完全に砂になって風に舞って行った……。

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