アメリカ最強!アメリカ最強!アメリカンゴオオオオオオオオオオオッーーーーー!!!!(タイトル未定)

信濃川珍歩

第1話 ギフト

 その日は雨だった。


 黒雲が空を覆い隠し、日中にも関わらず薄暗かった。

 管制室の光が薄暗い空を裂くように照らす。

 

「お婆ちゃん、お母さんとお父さんはもう飛行機に乗ったかな?」


 大きな丸眼鏡をかけた金髪の少女は、純粋な瞳で隣に座る老婆へと質問を投げかける。

 老婆は優しい笑みを見せながら少女の手を取り握る。


「えぇ、乗りましたとも。ほら、丁度あの飛行機ですよ」


 老婆の指差す方向を少女は追うように見る。


「早く帰ってくる?」

「どうでしょう。アメリカでの仕事が終わったらすぐに帰ってくると思いますよ」

「……早く帰って来てほしい」

「えぇ。二人で一緒に祈りましょう。【幸運】のギフトを持つ貴方の願いならきっと叶いますよ」


 そう言われた金髪の少女は両手を合わせて頭の中に願い事を思い浮かべる。


「―――早く帰って来てね」


 少女は顔を上げ空を見上げる。

 するとその時、飛び立った筈の飛行機が空中でグルグルと回転しているのが見えた。

 

「……え」


 明らかに制御を失っているであろうその飛行機は、風に乗った紙飛行機の様にコチラへと向かって来ていた。


「……まずい。逃げますよシャルロット!」

「え、う、うん!」


 戸惑いながらも、叔母に手を強く引かれて少女は駆け出した。

 しかし――――――その時にはもう既に遅かった。


 2107年 11月 11日

 イギリス アルフォンス空港にて

 マッキンジャー機が空港へと墜落

 機内の生存者0名 死亡者417名 

 空港側の生存者1名 死亡者102名 


 その日、シャルロットは空に――――――使を見た。

 

――――――


 ピッピッピッ!

 ピッピッピッ!


 ベッド棚の上に置かれたスマホから忙しなくアラーム音が鳴り響く。


「……ん……んん〜」


 ぴょんと跳ねた髪の毛が右に左にとメトロノームの様に揺れる。

 モソモソとパジャマを擦る音が果敢にアラーム音へ対抗する。

 しかし、それに反抗するかの様にアラーム音はより一層、けたたましく鳴り始めた。


「……分かったよ。起きますよ〜」


 「ふぁ〜」と大きく口を開けながら、両腕を伸ばしスマホのアラームを切る。

 少し癖っ毛気味の長い金髪を揺らしながらゆっくりと上半身を起こす。


 8:32


「……ん?」

 

 唐突に、非現実的な数字が見えたような気がした。


 ……まてまて、そんな訳ない。

 会社の入社式が午前9時からだから、今日は遅くとも7時30分には起きて準備をしなくちゃいけない。

 8時32分なんてそんなのっ……あるわけない。


 シャルロット・ウィンターは棚に置いてある大きな丸眼鏡を手に取る。

 手が震えているせいか、眼鏡のピントが少しズレてしまう。

 しかし、それでもなお非常な現実はしっかりと視界に映っていた。


「―――ヤバいッ!!!」


 シャルロットはベットから勢いよく跳び上がり、洗面所へと直行した。

 眼鏡を台座に置き、顔をバシャバシャと豪快に洗う。

 そして、乱雑に置かれていた櫛を手に取りサッサと髪をとかしながら、鏡で顔をチェックする。


「ま、まぁ……ヨシッ!」


 残念ながら、化粧をしている時間はない。

 サッサと歯を磨いて、急いで出ればギリギリ間に合う!……はず!


 最低限の支度を終え、シャルロットは部屋のドアに鍵をかける。

 そして、猛ダッシュで走り出す。


 「何でこんな大事な日にアラームの設定時間を1時間も間違えるですか!バカ!」


 過去の自分への文句を空に叫びながら、駅へと向かった。


――――――――――――


 駅に着くと、恐ろしいほどの人間が一つの波のように流れ動いていた。

 そしてそれは同時に「次の電車に貴方は乗れません」と告げる無慈悲な勧告でもあった。


「……嘘でしょ」


 身長が145cm程しかないシャルロットではどう考えても危険だった。人波に揉みくちゃにされ最悪の場合、圧死する。

 そんな可能性が脳裏を過り、シャルロットは右往左往としていた。


 どうしようどうしよう……

 タクシーを使う?


 シャルロットは直ぐさまにタクシーアプリを開き空席が無いかを確認する。

 しかし、画面には赤文字で『満席』の二文字がズラリと並んでいた。


 まずいッ!!!

 せっかくアメリカまで来たのに、このままだと、無職のままイギリスに帰る事になっちゃうよ!!!

 せっかく大学まで行かせてもらったのに!!!

 何やってんのよ私!!!

 

「―――おい、大丈夫か?」


 すると、唐突に何者かが後ろから話をかけてきた。

 シャルロットは咄嗟に振り返る。


「……え?」

「あ、いや。別に俺は怪しいもんじゃない」


 そこには身長が2m近いアフリカ系の男性が立っていた。

 頭は綺麗に剃り上げられたスキンヘッドで、丸太の様に太い腕には十字架のタトゥーが彫られていた。

 聳え立つ崖のように大きいその男は、サングラスを外しながら静かにこちらを見おろす。

 

「あ、あの……電車に乗りたいんですですけど、人が多くて……」

「急ぎか?」

「は、はい!今日は会社の初出勤日で……でも寝坊しちゃって」

「……は? 会社? ガキじゃないのか?」

「私はちゃんと大人ですよ!!!子供の頃、ちょっと色々あって寝不足気味だったせいで少しだけ小さいだけです!!!」

「そ、そうか……そりゃ……悪かったな」


 アフリカ系の男性は、たじろいた表情を見せながら頭を掻いた。


「ま、あれだ。お詫びと言っちゃ何だが協力してやるよ」

「協力?」

「あぁ」


 そう言うと、男はやや前傾姿勢になりながら右手を自身のお尻へと翳した。

 そして、大きな声で叫んだ。


「う、うんこが漏れる!!!!ァァァァァァァァ!!!」

「――――――は!?」


 周りにいた人達が一斉に反応し、こちらへと振り向いた。


「あぁ、クソッ!人が多くてこれじゃトイレに間に合わねぇ!あぁ、しょうがねぇ、この場でするしかねぇ!糞が飛び散っちまったら悪いな!」


 そう叫びながら、男は左手を自身が履いているジーパンへと寄せた。

 すると、近くにいた人達が途端に道を開け始めた。

 それはまるで、モーセが海を割った奇跡を見ている様だった。


「す、すまねぇ!」


 そう言うとアフリカ系の男はコチラに目配せをして来た。


「ナンシー!俺は膝が悪いんだ、補助を頼む!」

「え……アッ!はいっ!」


 突然、見知らぬ人間の名前を叫ばれたが、すぐさまにそれが自身のことを言っていることに気がついた。

 シャルロットは肩を貸す様に男の隣に並ぶと、避けた人混みの中を、そそくさと小走りで駆け抜けた。

 

――――――――――――


「ふぅ、何とか乗れたな」


 ガタゴトと揺れる電車の中、アフリカ系の大男は親指を立てながらコチラを向いた。


「……でも、まるでゴミを見るかの様な目で見られましたよ」

「まぁ、遅刻するよりかはマシだろ」

「……なんかすみません。変な事に付き合わせてしまって」

「あぁ、それなら心配しなくていい。俺も遅刻してたからな」

「……え?」


 シャルロットは顔を上げ男の顔を見た。


「いやぁ〜焦ったぜ、全く。朝っぱらから腹が痛くてトイレの住人になっててな」

「そ、そうなんですね」

「あぁ、うんこで遅刻して、うんこで救われたな」

「地産地消ですね」


 アフリカ系の男は右手をコチラへと差し出して来た。


「俺の名前はウェレ・ウォーカーだ」

「あっ、私はシャルロット・ウィンターです」


 二人は軽く握手を交わすと、座席へと腰をかけた。


「ところでシャルロットはオーストラリア人か?英語の発音的にアメリカ人じゃないだろ?」

「いえ、私はイギリス人ですね。こっちの会社でお世話になる予定でして」

「あ〜なるほど、ビジネスで来てる感じか」

「そうですね」


 そう言うと、ウェレは懐からタバコを取り出した。


「ウォーカーさん、車内は禁煙です」

「アメリカは自由な国だ。当然、法律を破るのも、他人に迷惑をかけるのも自由だ」

「そんな訳ないですよ!」


 シャルロットはウェレが持っていたタバコケースをヒョイっと取り上げた。


「……ヘイ、嬢ちゃん。ここアメリカじゃ窃盗は罪なんだぜ?」

「裁判でも起こします?あと、私は嬢ちゃんじゃないです!立派な大人です!」

「おっと、そりゃー悪かったな。謝るからタバコを返してく――――――」


 その時、後部車両から大きな爆発音が炸裂した。

 すぐさまに視線を向けると、乗客達が我先にとこちら側へ走って来ているのが見えた。

 そして、その更に後ろには黒い煙が立ち込めており並々ならぬ気配が漂っていた。


「……シャルロット、すぐに前の車両に移動しろ」

「わ、分かりました。ウォーカーさんは?」

「俺は様子を見てくる」

「危険ですよ!」


 ウェレはゆっくりと立ち上がる。

 その目には先程までのおちゃらけた雰囲気は一切なく、真剣さが宿っていた。


異界からの侵略者エクリプスの可能性がある以上、俺はTSGの人間だから行かねーと」

「TSG……The Star Guardians星の守護者。ギフト待ちの人達が集まって作る民間組織ですよね?」

「まぁ、そんなところだ。と、言ってもウチは無名だけどな」


 そう言うと、ウェレは前方から来る人だかりを器用に避けながら前へと進んで行った。


「……」


 どうする?

 このまま何も考えずに逃げ出す?

 そう、それが正解。正解なんだよ。

 余計な事に首を突っ込んだところで、他人に不幸を撒き散らかすだけ。

 私は大人しくしているのがきっと、他の人にとっての正解。


 後部車両へと体を向け移動しようとしたその時、凍ったかのように体が硬直してしまった。


「……」


 なんでだろう……理由は分からないけど、何か胸騒ぎがする……。

 行かなくちゃいけない、そんな気がする。


 シャルロットは踵を返し、何かに導かれるかのようにウェレの後を追った。

 

――――――――――――


 揺れる車内を前へと進んで行くと、ウェレの大きな背中が見えた。


「ウォーカーさん!」

「ッ!?何で来たんだ!うんこでもしたくなったか!」

「違いますよ!心配で後を追ってきたんですよ!」


 すると、前方から何者かの怒号が飛んできた。

 その声は発狂しているのか上擦っており、耳に突き刺さる鋭さがあった。


「ごちゃごちゃうるせーぞ!てめーら、全員皆殺しにしてやるよ!」


 視線を向けると、そこには茶髪の男と、一人の女性の姿があった。

 男は銃を突きつけながら女を人質にとっており、両者の体には爆発物のような物が巻き付けられていた。

 そして更に、奥側に見える乗務員室のガラスには真っ赤な血がべっとりと塗られており、中の惨状を否応にも想像させた。


「……そんな」

「どうやら相手は【異界からの侵略者エクリプス】じゃなくて人間みたいだな」


 体に爆弾を巻き付けた男は銃口をこちらへと向けてきた。

 それに反応し、ウェレは壁になるようにシャルロットの前に出る。


「何が目的だ?」


 ウェレは冷静な口調で問いかける。


「目的?ハハハ……」


 茶髪の男は人質に取っている女の胸を開いた手で揉みしだきながら愉快に笑った。

 その目は焦点が合っておらず、薬物でもやっているようだった。


「僕の目的はただ一つ――――――ギフテッドの皆殺しだ」


 茶髪の男はピタリと笑うのを止め、こちらを睨んで来た。

 しかし、その視線に一切怯むことなく、ウェレは口を開いた。


「……何故ギフテッドを皆殺しにしたいんだ?」

「ズルいから。あんたも思わないか?」


 手に持った銃を人質の女の顔にグリグリと押し付ける。

 女は涙を流しながら、恐怖に怯える目でこちらへと助けを求めていた。


「不公平なんだよ。ただ生まれながらにギフトを持っていたってだけで勝ち組。僕達ノンギフテッドは普通に生きているだけで罪、そんな目に見られて生きなくちゃいけない」

「ギフテッドは人口の四割程度だろ?ノンギフテッドの方が割合としては多いと思うが?」

「うるさいッ!!!」


 茶髪の男は天井に向かって銃を一発撃つ。

 それに反応し、人質の女の体はビクッと大きく跳ねる。


「割合の話なんてしてないんだよッ!!!もしかしてお前、ギフテッドなのか!?」

「……いや違う。ノンギフテッドだ」

「本当か?」

「あぁ。もし俺がTSGの人間ならギフトの力でとっくに問題を解決してるだろうよ」

「なら何故来た?」


 茶髪の男は疑うようにウェレの顔を見る。


「元軍人だからだ。民間人に危険が及びそうとなっちゃ動かないわけには行かないだろ?」

「……なるほど。なら後ろのガキは何だ?」

「妹だ」

「人種が違うが?」

「ちょっと訳アリの家庭なんだよ察しろよ兄弟」

「……ふーん」


 ウェレが一切の敵対的行動を見せなかった為か、茶髪の男は少しだけ警戒心を解いた。

 

「まぁ、どちらにせよ余計な事をしたら全部吹っ飛ばすからね」

「ギフテッドを皆殺しにすると言っても、これじゃー自爆テロしか出来なそうだが……どうするつもりなんだ?」

「当然、僕一人じゃできる事なんてたかが知れてるさ」


 そう言うと、茶髪の男は不敵な笑みを浮かべる。


「だけど―――僕の後に続く者達がいれば目的は達成されるだろう?」

「……成程。お前死ぬ気だな?」

「生きていても、死んでいても僕の人生にとっては同じ事さ」


 茶髪の男は懐から爆弾のスイッチと思しき端末を取り出す。


「まぁ、待てよ兄弟。ネオ・ヨークまでまだ時間はあるんだ、少しゆっくりしてからでもいいんじゃないか?」

「ハハッ、そんな悠長な事なんてしてたらTSGの連中が来ちゃうだろ? ネオ・ヨークには【猟犬《ハウンド》】の拠点があるんだしさ」

「……せめてその女だけは開放してもいいんじゃないか?」

「駄目だよ。コイツはギフテッドだ。一緒に連れて逝く」

「……」


 ウェレは視線を人質の女へと向けた。

 女は体をガクガクと震えさせながら、今にも気絶しそうだった。


 ……どうする?

 茶髪の男を殺す事は出来る。

 だが、それが爆弾の起動条件である可能性もある。

 人質の女を救いつつ、爆弾の問題を解決しなくちゃいけない。

 クソッ……俺だけじゃ厳しいか――――――ッ!?


 すると、ウェレの視線の端に、床をゆっくりと這いながら茶髪の男に近づく金髪少女の姿が映った。


「どうしたんだい?」

 

 茶髪の男はウェレの表情の変化を敏感に感じ取ったのか、訝し気な表情で問いかけてきた。


「あッ、いや……俺も死ぬのかぁ……って思ってな」

「フフッ。いいよ、ノンギフテッドだというのなら君は見逃してあげるよ」


 先ほどまでとは打って変わって、茶髪の男は落ち着いた口調で話をしていた。


「僕の話を聞いてくれたからね。だから君は見逃してあげる」

「……そうか」

「君の妹さんも一緒に――――――あれ」


 茶髪の男の視線がウェレから外れたその刹那、ウェレは腰のフォルダーから銃を引き抜き、とてつもない速度で発砲した。

 放たれた銃弾は茶髪の男の額を的確に捉え、男は一瞬にして意識を失い態勢を崩した。


「うわッ!!!」


 床を這っていたシャルロットはビクッと体を震わせ、咄嗟にウェレの方を見た。

 ウェレは倒れた茶髪の男から視線を外す事無く、爆弾が起爆しないかどうかを確認していた。


「――――――ふぅ、連動はしてなかったか」

「ウォーカーさん!なんでいきなり撃つんですか!」

「それ以外の選択肢がなかったからな。ってかお前は何してんだよ?」

「……こっそり近づいて銃を奪っちゃおうかと」

「銃を扱った事は?」

「無いです」

「……最近のガキは気合い入りすぎだろ」

「だからガキじゃないで――――――」


 その時、何処からともなくカチリカチリと、一定の間隔を刻む謎の音が聞こえてきた。

 二人は音のする方へと視線を向ける。

 すると、どうやら倒れた茶髪の男から音が聞こえているようだった。


「……ウォーカーさん、これはあれですか?」

「……あぁ、映画とかで良く見るあれだろうな」


 ウェレはゆっくりとしゃがみながら、茶髪の男の着ていた黒革のジャケットを慎重に脱がす。

 そこにはタイマー画面が付いた、爆弾が巻き付けられていた。


「……残り35秒。赤、青、緑の三本コード」

「ど、どうします?」

 

 ウェレは隣で倒れていた人質の女の方を見る。


「おい、あんたのギフト能力は?」

「あ、あ……水をちょっとだけ浮かせられます」

「なるほど」


 どうする?

 俺のギフト能力を使えば解決できるが、一般人の目がある以上簡単には使えない。

 電車の損壊は仕方ないか……二人を連れて後部車両に逃げる――――――はッ!?


 ウェレの視界にはまたもや信じ難い光景が映っていた。

 なんと、シャルロットが茶髪男の腰に巻き付けられた爆弾を手に取り、それを自身の頭上へと持っていっていたのだ。


「お、おい!何やってんだ!」

「た、多分大丈夫です! これくらいなら、の“不幸”で済むと思います!」

「……は?何を言って――――――」


 ウェレが最後まで言葉を並べるのを待たずにシャルロットは――――――爆弾を床に向かって思いっきり叩き落とした。


「おわっ!?」


 ウェレは咄嗟に人質の女の上に被さるように飛び込んだ。


「……え?」


 一瞬、絶望的な無音が辺りを支配した。

 しかし、訪れたのは『死』ではなかった。


 ウェレは視線を少し上げシャルロットの顔を見る。

 するとそこには、安堵した表情があった。


「あ、言い忘れていたんですけど私――――――【幸運】のギフト持ちらしいんですよね」

「……マジかよ」

「ただ……」


 シャルロットは床で倒れている茶髪男の方を見る。

 その表情には何処か悲し気な感情が見て取れた。


「私が【幸運】を得ると、その分誰かが【不幸】になっちゃうんですよね」

「……なるほど。それがお前のギフトの“代償”か」

「おそらくは……」


 電車が大きく揺れた。


「……あっ!そうだ速く電車を止めねぇと!」


 ウェレは直ぐさまに乗務員室へと駆け出した。

 しかしその時、再び電車が大きく揺れる。

 走っていたウェレは態勢を崩し床に膝を着く。

 

「ウ、ウォーカーさん! 大丈夫です……か?」


 シャルロットは前方のウェレの方を見る。

 するとそこには、ズボンが大きく裂けケツを丸出しにしているウェレの姿があった。

 そう、ズボンだけではなく、下着まで逝っていたのだ。

 外見に似合わない艶々としたお尻がこちらを向き挨拶をしていた。


「ウォーカーさん!!!」

「……なん……だと――――――」


 ウェレが困惑の表情を浮かべていると、電車が再び大きく揺れる。

 そして次の瞬間には、全ての服が【不運】にも破けていた。

 ポケットに入っていた財布やスマホがポトリと床に落ちる。


「……」


 ウェレは無表情のままシャルロットと人質の女の方を見る。


「「……」」


 女性陣二人はスッと視線を外す。

 しかし、そんな二人の反応をみてもなお、ウェレは表情を変えなかった。

 そして、静かな口調で諭すように言う。


「なぁ、人質にされてた女さんよ。あんたの名前は?」

「え? 名前? サラよ?」

「この【不運】がだと思うか?」

「え、何を言って……――――――ッ!!!」


 その瞬間、サラの脳裏に一抹の不安が過った。

 そして、その悪い予想は直ぐさまに答えとなってその身に訪れた。


「い、いやあああああああああああああああッ!!!」


 【不運】にもサラの着ていた服の縫い目が全て解けてしまった。


 ウェレは咄嗟に視線を外し、乗務員室へと向かった。

 そして、“代償”の元凶となったシャルロットは今後の裁判について考えていた。

           

――――――――――――

◇ネオ・ヨーク駅◇


 駅のホームには政府管轄の特殊部隊員達が盾を構えながら待機していた。

 そして電車が止まるや否や、メガホンを用いて降伏勧告がなされた。


「テロ犯に告ぐ。駅は完全に包囲されている。速やかに投降しなさい。さもなくば、武力による制圧を行う」


 すると、電車の出入り口に一人の男が見えた。

 そのアフリカ系の男は何故か服を着ておらず、股間を手で隠しながら出てきた。


「な、なんでお前がッ!?」

「あ、ウィーリーじゃん。チッす」


 ウェレは特殊部隊員のリーダーと思しき男に向かって目配せをした。

 

「見たところテロ犯は一人だ。茶髪の若い男で、丁度今電車の中で昼寝してるぞ」

「……」


 ウィーリーと呼ばれた眼鏡をかけた黒髪の男は、無線のスイッチを入れた。


「一気に内部へと侵入し、対象を捕獲する!対象の見た目は茶髪の若い男性。罠等が仕掛けられている可能性もある。各員最大限の注意を怠るな」


 そう言うと、特殊部隊員達は一斉に電車内部へと入って行った。


 暫くすると、電車内から茶髪の男が拘束された状態で連行されて来た。

 意識はまだなく、生きているのか死んでいるのかは分からなかった。

 そして、近くを歩いていた眼鏡をかけた黒髪の男がこちらへと近づいて来た。


「一応、非殺傷用の銃弾を使ってはいるが、頭に撃ったから死んでるかもしれん」

「いや、良くやってくれた。お前のおかげで大惨事にはならくて済んだ。政府の人間として感謝したい」

「俺も一応この国の人間だからな。ところで――――――」


 ウェレは電車の方に視線を移した。

 しかし、そこにはシャルロットの姿はなかった。

 

「……どうしたウォーカー?」

「あ……いや、あれだ。犯人はギフテッドを過度に敵視してたぞ」

「……なるほど、最近活動が活発化してる『NGW』の連中だろうな」

Non Gifted Worldギフト無き世界か……」

「まぁ、詳しい内容はこっちで調べる。お前は一旦、戻っていいぞ」

「調書はいいのか?」


 ウィーリーは苦笑いしながらポケットからスマートフォンを取り出した。


「今日は他にもまだ厄介事を二件処理しなくちゃいけない。見知った顔は後回しだ」

「ハッ、相変わらず大変そうだな」

「全くだ。お前が戻って来てくれたら少しは楽になりそうなんだがな」

「寧ろ仕事が増えちまうだろうな」


 ウィーリーは一瞬何かを考えるような仕草を見せる。


「……戻って来る気はないか?」

「ないな」

「そうか。気が変わったら気軽に連絡してくれ」


 そう言うと、手を左右に振りながら部隊員達の方へ合流しに行った。


「……」


 ウェレは軽く目を伏せる。

 

――――――――――――


『ねぇ、ウェレ!カイル! 二人はさ、将来の夢って決まってる?』


 黒髪の少女は瞳をキラキラとさせながら二人の友人の顔を見る。

 体には薄汚れた服を着ており、皮膚も所々汚れていた。

 しかし、それはここにいる全ての子供が同じであった。


『夢? そんなもん考えてどうすんだよ』


 アフリカ系の少年はめんどくさそうな顔で答えた。


『えぇ~、いいじゃん夢くらい見たって』

『ハッ、くだらねぇ。カイルもそう思うだろ?』


 その声に反応し、白髪の少年は口を開いた、


『……ヒーローになりたいな』

『おいおいおい、お前もかよ』

『カイル!いいじゃん!そうゆうのだよ! ウェレは?』


 黒髪の少女はテンションを上げながら、隣に並ぶウェレの背中をバンバンと叩く。


『……まぁ、強いて言うのであれば大金持ち』

『え~なんか面白くない!』

『いいだろ別に。金があれば俺達全員、裕福な生活が出来るだろ?』


 ウェレは辺りを見渡す。

 安物のテントが乱立するその様は、いわゆる“スラム”と呼ばれる場所であった。

 廃棄された車のタイヤ、中身のないドラム缶、何に使用したのか分からない注射器。

 とても衛生的とは言えない底辺の世界で、三人のストリートチルドレンは顔を見合う。


『……まぁ、確かにね』

『レインの方こそ何か、なりてぇもんとかあんのか?』

『あたし?』


 レインと呼ばれた黒髪の少女は人差し指を起こし、口元に当てる。


『ひ・み・つ♡』

『おい』


 ウェレは白髪の少年の方を見る。


『カイル、今日の飯当番はレインでいいか?』

『そうだね』

『ねぇ!!!』


 三人は何気ない会話を交わしながら、夕飯の支度を始めた。


――――――――――――


 どれだけこの世界が残酷で、苦しくても……


「――――――生きていかなくちゃいけねーんだよな」


 ウェレはゆっくりと瞼を起こした。

 すると、目の前にシャルロットの姿があった。


「あ。おはようございます」

「おう、目覚めのキスでもしにきたか?」

「違いますよ!ほらこれ!」


 シャルトットは一枚の大きな布を手渡してきた。


「ん?」

「早く何か着てください! 一体いつまで全裸で居るつもりですか!」

「あ……」


 ウェレは自身の格好を確認する。

 そして、直ぐさまに手渡された布を下半身に巻き付ける。 


「ふぅ。危うく警察に捕まるところだったぜ」

「本当ですよ!」

「まぁ、その時はお前も一緒だけどな」

「うっ……すみません」


 シャルロットは申し訳なさそうな反応を見せる。


「そういや、会社の方はいいのか?」

「……あ――――――アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 シャルロットはポケットからスマートフォンを取り出しスイッチを入れた。

 するとそこには、9:32と数字が並んでいた。

 

「そ、そんな……」


 震える手を何とか押さえながら、会社へと電話を試みた。

 ――――――数分後、シャルロット力なくその場で倒れた。


「お、おい!」


 ウェレは咄嗟に片膝を床へと付けシャルロットの様子を伺った。


「終わりました。私のアメリカ生活が終わってしまいました……」

「クビか」

「……はい。明日からもう来なくて良いと」

「……なんか悪い」

「いえ、私の意思で付いて行ったんです。後悔はありません」


 そう言うと、シャルロットは力無くヨレヨレと立ち上がった。


「あぁ、直ぐに不動産屋に連絡しないと」

「……」


 ウェレはシャルロットの手を掴む。


「……どうしました?」

「俺に良い考えがある」


 そう言うと、ウェレはシャルロットの手を引いた。

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