むじな 其の二
少女は、傍に立たれてからようやくこちらに気が付いた様子で、一瞬怯えた顔をすると、きゅっと唇を噛み、次いで鋭い犬歯を剥いて威嚇するように低く唸ってきた。しかし傷が痛むらしく、すぐまた泣きそうな表情に戻ると、抱えた右膝を鼻先まで持ち上げて顔を隠し、太腿の陰からじっと睨んでこちらの出方を伺う様子だった。
周囲には妙に甘酸っぱい匂いが漂っていた。見回すと、落果した山桃が落ち葉に紛れて夥しく転がっているのが見えた。頭上を見上げると、周囲を囲う木々の梢はわりかし高く、沢山の山桃がなっていた。が、葉に覆われていない立ち枯れた木もいくつか見えた。おおかた、山桃を取ろうと木登りしたところ、枯れた木の枝を足場にしてしまい、折れて落下して下の地面に激突したのだろう。落ちた先が木の葉と下生えに覆われた柔らかい地面だったから大事には至らなかったのだろうが、あんな高さから落っこちたんじゃ、いくら頑健な肉体を持つという山の
ぼくは少女のそばに屈み込み、まずは汚れを洗い流そうと、肩に提げていた水筒を手に取って吸い口から彼女の傷口に直接水を掛けた。
パチン、と鋭い音がした。平手で頬を打たれたのだと一拍遅れて理解した。意外なほど大きな音が林の中でこだまし、驚いた鳥たちが頭上でバサバサ羽音を立てて飛び立った。
水が傷口に染みて驚いたのだろう。顔を赤くして何事かを喚く彼女を無視して、ぼくはポケットからハンカチを取り出して端を湿し、傷口の泥と血を丁重に拭い取った。
清潔にした傷口に絆創膏を貼ってから、ぼくはハンカチの綺麗な方の端で彼女の顔の泥も拭ってやった。少女は最初嫌がる素振りを見せたが、本気の抵抗ではなかった。拭いながら、昔、幼い妹にもよくこうしてやったことをぼくは思い出した。妹が生まれたことで父は新しい母親と結婚したが、妹が三歳のときに離婚して、妹は母親に、ぼくは父に別々に引き取られた。それ以来妹には会えていないが、記憶の中にあるあどけない妹の面影と目の前の
そう、だから放っておけなかったのだ。
ぼくは不意に納得した。一人きりで泣いている少女を妹と重ねたから、いくら怖い
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