ひどく都合のいい幻想
環季 瞳
着信
夜の街に溶けていた彼の横顔は、
どこか現実味がなかった。
彼の横顔を見るのは、
いつも私の部屋を暗くしている時だった。
昨年の10月、肌寒い風が強くなる頃に彼への恋心を自覚した。
年が明ける頃には、もう彼への想いは
掌からこぼれ落ちていた。
思えば、会う時は、いつも “場面” だった。
私からの連絡、彼からの着信。
今思い返すとなんだか嬉しくなる。求められていた、なんて言う都合のいい解釈をしてしまう。
だが、場所と時間はだいたい、限定されていた。
それが心地よかったのか、苦しかったのか
いまでもよくわからない。
唯一した約束は煙のように消え、
秘密の匂いだけが鮮明に残る人だった。
未練。
その一言で片づけるには、あまりにも静かで、
痛みは薄れているのに確かに存在する感情だった。
ずっと前に掌からこぼれ落ちた想いを
また思い出して、彼にぶつけてしまった。
「最後に会いたい」
そう送ってしまった指先が、あの瞬間から過去にしがみついていた。
久しぶりに聞いた彼の声。
深夜の電話は気づけば4時間を超えていたと思う。
懐かしい声で告げられた秘密は、覚悟と諦めを行き来していたと後から思った。
でも私は、告げられたことに対し、幸せの予感はひとつもなかったのに、どこかで救われたような気がした。
「急にいなくなったの怒ってるくらい。お気に入りだった」
調子のいい彼の言葉だ。
でも過去の私が聞いたら心底喜んだだろう。
私が最後に望んだのは、ただ海辺で花火をする時間だけ。
今までワンルームで過ごしていた暗い部屋での関係は、もう無くて良かった。無いのが良かった。
火薬の匂いと海の潮風に、ほんのわずかな希望を燃やし、静かに散らすだけの夜。
そんな日を思い出として残したかった。
彼と初めて会った場所で最後を迎えたかった。
けれど当日、彼からの連絡は訪れなかった。
彼はもしかしたら、どこか危うい闇に足を踏み入れていて、私を汚さぬよう距離を置いたのかもしれない。
それは、ひどく都合のいい幻想だとわかっていても、そう思う方がまた、救いだった。
今も時折、彼に借りたことがある服のブランドを見かけると、胸の奥に微かな残光が灯る。
もう触れられない。
過去という名の、儚い火花。
ひどく都合のいい幻想 環季 瞳 @tamaki_hitomi
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