異世界でケモノ狩りを!

Kモブ

第1話:星の巡り合わせ

脳の奥で、モスキート音のような高音が鳴り響いた。

きらきらと光が弾け、ふわふわと浮かぶような感覚。

右も左も、天も地もわからない。世界が回転しているようだ。


——ここはどこだ。俺は、一体——


次の瞬間、視界を灼くほどの閃光が爆ぜた。

何かが、あの光へ向かえと囁く。

理屈ではなく、本能で、その声に従って手を伸ばした。





パチリ、と音がして。

見慣れない天井が、目の前にあった。


「ダリウス! この子、目を覚ましたよ!」


「本当か!? 水を——」


「待ちなさい、二人とも! まずは体の異常を——!」


——誰だ、この声は。ここはどこなんだ。


ぼんやりと上体を起こすと、そこには端正な顔立ちをした三人がいた。


一人は、金の髪を持つ青年。

太陽みたいにあたたかい赤の瞳。優しげな笑み。けれど、手にしたコップの水が盛大にこぼれている。服が濡れているが大丈夫だろうか?


一人は、桃色の髪の少女。白い花の髪飾りを揺らし、満月みたいな黄色の瞳で俺を見つめていた。あたふたしていて可愛いが落ち着いてほしい。


そして最後の一人は、茶髪の女性。落ち着いた橙の瞳、そして頭にはとんがり帽——魔女みたいだ。他の二人に比べ、年上のようで落ち着いて対応している。


三人とも、まるでゲームの登場人物のような髪色、顔立ち、服装…。

ここで俺は理解した。

——これは異世界だ。俺は、きっと、異世界に来てしまったのだろう。


「えっと、君。名前は? どこの星から来たの?」


金髪の青年——さっき『ダリウス』と呼ばれていた彼が話しかけてきた。


「……俺は、水瀬湊真(みなせそうま)です。地球から来ました。……ここは、どこ

ですか? あなたたちは?」


俺の言葉に、彼はわずかに目を見開き、やがて静かに口を開いた。


「……順に答えよう。ここは銀河系グレイヴ・アークの惑星アストルグラ。

その星にある国々のうち、小国がいくつも連合してできた国家——《エルネシア都市国家》だ。

聞き覚え、あるかい?」


ない。全くない。


「……いいえ」


予想していたのか、彼は小さく息を吐いた。


「だろうね。僕らも“地球”なんて星、聞いたことがない。どうやら、僕らは——君を遥か彼方の世界から召喚してしまったようだ」


遥か彼方。

その距離がどれだけ遠いのか、想像もつかない。


——俺は、家に帰れるのだろうか。


「……帰ることは、できますか?」


不安を押し殺して尋ねると、青年は奥の魔女のような女性へ視線を送った。

女性は無言で水晶球に手をかざす。

淡い光が灯り、部屋を包み、そして——静寂が支配した。


「……無理ね。」


冷たく、はっきりとした声が響く。


「少なくとも百光年の範囲には、“地球”なんて星は存在しないわ。」


まるで、死刑宣告のようだった。

どうしよう。知識も金もない。

知らない世界で、生きていけるのか。

この人たちを信用していいのか。

頭の中で、答えのない問いが渦を巻く。


「……どうして俺を呼んだんですか。俺は、どうすれば……?」


青年は真剣な表情で俺を見つめ、ゆっくりと頭を下げた。


「まずは謝罪を。——君をこの星に呼んでしまったのは、僕らの失敗だ。本当に、

すまない。」


そして、彼は静かに続けた。


「僕らがなぜ召喚を行ったのか説明しよう。……僕らの銀河は今、“ケモノ”と呼ばれる化物に襲われている。」


「ケモノ?」


「ああ。簡単に言うなら——えーと、君の世界に“犬”はいるだろうか?」


「……はい」


「よかった。その犬や、他の動物たちが、ある日突然、巨大化し、凶暴化し、人を襲

い始めた。

知能は人間並み、力は数十倍に。彼らを、僕らは“ケモノ”と呼んでいる。」


「……どうして、そんなことに?」


青年の瞳が、わずかに沈む。


「……この星は、百年前から急速に文明が発展した。

資源は枯れ、自然は壊れ、人は欲に呑まれ、国は互いを潰し合った。

そして——文明の根源であった《マナ核》が、戦争の中で破壊された。」


彼は拳を握りしめ、低く続ける。


「その砕けた欠片を——一匹の獣が飲み込んだ。

それが、“ケモノ”の始まりだった。」


「あっという間に異常個体へと成長したケモノを見て、他の動物も次々とマナ核を取り入れ、ケモノへと化していく。そして国家への侵略を始め、多くの国や街、村が滅びていった。」


思わず息を呑む。そんなに、強い化物が居るのか。


「……勿論、それに対抗するために、国家はあらゆる手を打った。」


青年の声は静かで、けれどその奥には切実な焦りが滲んでいた。


「冒険者パーティー、国営軍、最新兵器……おかげで、かろうじて今は均衡を保っている。だけどそれもいつまで続くかわからない。だから、他国や他の惑星にいる強者に頼ろうとしたんだけれども——」


そこまで言いかけたところで、魔女のような女性が言葉を遮った。


「星の巡りが悪かったのよ。」


低く呟き、水晶玉をそっと撫でる。


「召喚陣が狂った。想定していたよりも遥かに広範囲から——あなたを、拾ってしまったの。」


その言葉は淡々としていたけれど、どこかに罪悪感が滲んでいた。


「だから、君に願いたい。」


青年が一歩、俺の方へ踏み出した。


「どうか——僕らと一緒に戦ってくれないだろうか?」


空気が、張り詰める。


「……む、無理です!」


思わず声が上ずった。


「だって、俺、戦ったことなんてないし……それに、貴方がたが誰なのかも分からない!信用できるかどうかも——!」


青年は驚くでも怒るでもなく、真っ直ぐに俺を見た。


「勿論、知識ゼロのまま戦えなんて言わない!」


彼の言葉は真剣で、熱がこもっていた。


「ケモノへの対抗術も、武器の扱いも、全部教える!僕たちが全力で守る!信じられないならそれでいい。けど……もし旅の途中で、君が僕たちを“信じたい”と思えたら——その時は、一緒に戦ってほしい。」


その瞬間、二人の視線も重なった。

三対の瞳が、俺を見ている。真っすぐに、誤魔化しのない眼差しで。


——ああ、もう。そんな目をされたら断れるわけないじゃないか!


「……わかりました。」


静かに、けれどはっきりと口にした。


「ただし。俺の衣食住の保証、それと——この世界の知識を教えてください。できれば命の保証も。」


「もちろんだ!」


青年が太陽のような笑顔を浮かべ、勢いよく頷く。


「ありがとう!君が来てくれて、本当に嬉しい!」


「やったー!仲間が増えるんだね!」


少女が満面の笑みで飛び跳ねる。花の髪飾りがきらりと揺れた。

女性は穏やかに微笑みながら言う。


「私たちのせいで君をここへ呼んでしまったんだもの。できる限り、君が元の星へ帰れるよう努力するわ。」


俺の胸の奥に少しだけ温かいものが広がった気がした。


「そうだ、自己紹介をしておこうか。」


青年が軽く手を上げる。


「僕はダリウス・ヴァルト。この冒険者パーティー《アース・レギオン》のリーダーで、剣士をやっている。よろしく、ソウマ。」


「ウチはミア・フェンネル! ミアでいいよ!」


ミアが元気よく手を振る。


「弓使い担当!後方支援は任せて!」


「私はイリス・ノクティ。」


イリスは静かに名乗り、微笑む。


「占い師で、二人の保護者兼ブレーキ役。もしこの世界の文明や文化が知りたければ私に聞いて。いろんな国を渡り歩いてきたから、きっと君の助けにはなれるはずだよ。」


三人の顔を順番に見渡す。

完全に巻き込まれてしまったけど、不思議と悪い気はしなかった。


「……えっと、皆さん。よろしくお願いします。」


こうして、異世界アストルグラでの、俺の物語が——静かに、始まった。

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