琥珀色のきみと

ふかさわ らな

琥珀色のきみと


グラスの中の氷を鳴らしながら


テレビに映るカラーバーを

ぼんやりと 眺めていた


ふと 何かの視線を感じて

不意に窓の外を見ると


飲み干したはずの琥珀色が 

じーっと こちらを眺めている



何?


 沈んでますね


ええ お陰様で


 昨日は弾んでいたのに


ええ 気分屋なんで


 いろんな あなたがいる


そっちこそ いろんな顔を持ってるよ


 こちらは いつも同じ面をみせているのですけれど


いつも 同じ 

それってすごいスキルだ


 さあ どうなんでしょう


そこから眺めるこっちは

さぞマヌケにみえるんだろうな


 今夜は からみますね


……


 聞かせてください


……うんざりだ


 何に?


……自分に


 なぜ?


どこにでも飛んでいける 

そう思ってた


 いけないのですか?


生憎 こっちには重力があってね


 なるほど


もっと 早く

もっと 高く 

もっと 上手く と


 なのに?


昨日と同じを

保つことさえ できない


 いけませんか?


滑稽だろ


 そうはみえません


どうみえてる?


 楽しんでいるようにみえます


楽しんでいる?


 ええ


振り落とされまいと 必死なのに?


 味わっているようにみえるのです


味わう? 何を?


 苦しい を


ーーッ!


立ち上がり 罵声を浴びせようと窓を開けた瞬間


部屋の壁に バサバサと羽ばたく影


何だ?


影の主を 目で追うと


壊れたおもちゃのヒコーキみたいに


部屋中をグイングインと飛び回る コウモリ


腕を振り回して 追い落とそうとしても


ひらりひらりと かわされて


優雅に飛んでいる姿が 憎らしい


驚きと恐怖が 惨めさに変わり 

視界が歪んできた



ドカッ


突然 鈍い音をたてて


ランプシェードやエアコンにぶつかりだした


――必死に出口を探して もがいている――


風に煽られていたカーテンを掴み

窓を全開にして 待った




  もういちど攻撃されたら

  きっともう 飛べない


  どうしてこんな所に

  迷いこんだのか


  どこへ向かってるのか

  もうわからない


  ドカッ 


  ああ ダメだ 落ちる


  よろめいて

  軌道が狂ったその先の

  琥珀色の瞳と目が合った


  迷わずそこへ 飛び込んでいく



まるで スロー再生するかのように


闇を捉えた次の瞬間 

真っ直ぐこっちへ向かってくる


右のこめかみをかすめながら

ギリギリで旋回し 真横をすり抜けていく


その黒い塊が 真鍮へと変わっていくのを

わずかに開いた左目で追いかけた



青白い天井を見上げながら

窓の下に座り込む


壁のあちこちに 小さな傷痕と

微かに ケモノの匂い


力の抜けた左手から解かれたカーテンが

ひらひらと拍手している




ねえ 


こんな 伝え方じゃなくても 

いいんじゃない?


 ……


聞いてる?


恨みをこめて振り返り

見上げたそれは


琥珀色から 

いつもの月に 変わっていた




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