第36話 氷の国 ― 風の帰り道

シオン新王の戴冠から三日。

 氷の国を覆っていた霧はすっかり晴れ、空はようやく本来の青を取り戻していた。


 城の医務室。

 ベッドの上でルーガが上半身裸のまま、包帯だらけの体をしかめっ面で見下ろしていた。


「……なぁアウリスさん。

 俺、本当に“治療された”んだよな? “焼かれた”んじゃなく?」


 アウリスが苦笑すると、隣の椅子で腕を組んだエリナがむすっと言う。


「止血に一番早い方法を選んだだけよ。

 文句あるなら、今からもう一回焼く?」


「や、やめてくれエリナさん! まだ香ばしい匂いしてんだよ俺の体!」


 アウリスは吹き出しながらも、心底ほっとしていた。


「でも……生きててくれて、本当に良かったです。

 あの時、間に合わなかったらと思うと……」


 ルーガは照れくさそうに鼻を鳴らす。


「……ったく。アウリスさんに言われると弱ぇんだよな。

 ほら、泣くな泣くな。焼き鳥になっても生きてんだから上等だろ?」


 エリナがじろりと睨む。


「だから“焼き鳥”って言うなっての。……ほら、傷はもう閉じてるわよ。

 終わったわよ、焼き鳥さん」


「エリナさん!? おい! 言ったな!?」


 医務室に笑い声が満ちた。

 短い間だったが――ここでの時間は、確かに彼らの絆を深めていた。


 


 ◇


 

 その日の午後。

 城門前には、帰国準備を整えたアウリスたち三人が立っていた。


 彼らを見送るため、シオン新王が護衛を連れて姿を現す。

 新しい白衣の王装はまだ身体に馴染んでいないが、瞳だけはしっかり王のものだった。


「……本当に、ありがとう。

 君たちがいなければ、この国は取り戻せなかった」


 エリナが明るく手を振る。


「シオン。あんたが踏ん張ったからよ。あとは任せるわ」


 ルーガも胸を張った。


「王様、怪我すんなよ? 焼いて治す奴、ここにはもういねぇからな!」


 シオンは堪えきれず笑い、アウリスの方を見る。


「アウリス。……君には、感謝してもしきれない。

 王として、胸を張って国を守るよ」


 アウリスも笑って頷いた。


「……王の護り人として、護衛につけて光栄でした。

 またいつでも呼んでください。すぐに駆けつけます」


「うん。必ず。また会おう」


 シオンは手を差し出し、アウリスが固く握り返す。


 離れた国で得た友情と信頼は、確かに存在していた。


 

 ◇


 馬車が動き出す。

 雪原の白が遠ざかり、王城の塔がゆっくり小さくなる。


 エリナが窓の外を見ながら言った。


「……終わったのね、本当に」


「そうだなぁ……生きて帰れるとは思わなかったぜ」


 ルーガが息を吐き、アウリスは空を見上げた。


 氷の国でずっと塞がれていた灰の空ではない。

 どこまでも続く青。


(……空って、こんなに高かったんだ)


 アウリスは小さく呟いた。


 そしてその風は、セレスティアへの帰り道を優しく押していた。

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