第35話 氷の国 ― 白き戴冠式

王城前の広場に、白霧がゆっくりと晴れていく。

その中心に掲げられたのは――砕け散った“旧王”の仮面だった。


ざわめきが走る。

膝をつく者、泣き崩れる者、信じられないと呟く者。

長く閉ざされていた氷の国に、初めて“終わり”の風が吹いた瞬間だった。


アウリスは静かに見守っていた。

(……終わった。やっと。)


シオンが一歩前へ出る。

蒸気がふわりと立ち上り、その肩に淡く光を落とした。


「……皆。どうか聞いてほしい。」


その声だけで、広場にいた全員が息を止めた。


「父……アルディウス王はここに倒れた。

 しかし――この国を混乱に追い込んだすべてを、

 “氷の国の民”の罪だとは思っていない。」


ざわめきが大きく揺れる。

シオンは、胸に手を当てて続けた。


「今日まで王に従った者たちを……私は決して責めない。

 生きるために仕えるしかなかった人々だ。

 だから――誰一人、処罰することはしない。」


沈黙。

次の瞬間、嗚咽があちこちで漏れた。


「第二王子……いや、シオン様……」

「なんて……お心の広い……」


革命派の老人までもが涙を流し、

かつて氷で何度も凍らされた民が、

この日初めて“温かい涙”を流した。


エリナは小声でつぶやく。


「……あんた、本当に……いい王様になれそうね。」


アウリスは胸の奥が少し熱くなるのを感じた。

(あぁ……この人なら……この国は変われる。)


ルーガが鼻をすすりながら呟く。


「……くそ、なんで涙が出んだよ……冷気のせいか……?」


三人の前で、シオンは少しだけ笑った。


「アウリスさん。エリナさん。ルーガさん。

 本当に……ありがとう。

 あなたたちがいなければ、僕はここまで来られなかった。」


アウリスは一歩前に出て、胸に手を当てた。


「王の護り人として……護衛につけたこと。

 僕には……光栄すぎる任務でした。」


エリナは腕を組みながら言う。


「シオン。王になってもさ……変に気取んなよ?

 困ったら呼べ。すぐ来てやる。」


ルーガは笑って背中を叩く。


「おう。いつでも来いよ、シオン王。

 飛んで迎えに行ってやるからな!」


シオンは目を細め、強く頷いた。


「……ありがとう。三人とも。」


白い城門が開き、

広場に祭壇が運ばれてくる。


氷の国の戴冠式は、

“霧と光の王冠”をかぶることで始まり、

“蒸気と風の祝福”で終わる――古い儀式だ。


シオンが祭壇へ歩み出すと、

霧が左右に割れ、

空の色が少しずつ明るくなっていった。


「氷に閉ざされた国を……今日で終わらせる。

 これからは、風も、火も、命も……すべてを受け入れる国にする。」


民衆が涙で頬を濡らしながら、

胸に手を当ててひれ伏した。


王冠が静かにシオンの頭へ――


ふわり、と置かれた瞬間。

厚い霧が一気に晴れ、

雲間から光が差し込んだ。


誰かが呟いた。


「空が……こんなにも……高かったなんて……」


アウリスは思わず空を仰いだ。

その青は、氷の国には長らく存在しなかった“自由の色”だった。


こうして――

氷の国に、新しい王が誕生した。


そして、白き戴冠式の光は、

ゆっくりと国中に広がっていった。

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