あまてるとなった男の噺

綴咎

第1話

夢を見るのなら夢の中──誰がそんなことを決めたというのか。


2025ニゼロニゴウ年、舞台は電子の海。

粒子という名の星が漂う無限の空間で、言葉は剣となり、音は鎖となる。

ここで一人の少年が王となった。名を、甘照という。


彼はかつて夢を見た。

人々が歓声を上げ、拍手を送り、涙し、笑う。

その全てを生み出すことが、自分の存在理由だと信じていた。

けれど、その喝采はいつしか重く、凍りつき、肩を切り裂く氷のように変貌していた。


「もっと。もっと求められる──」

耳元で囁く声は、歓声の幻影だった。

熱狂は甘美であり、毒でもあった。

心の奥底にあったあたたかな炎は、いつしか業火となり、彼の身を焼いた。


耐えきれず、彼は旅に出た。

電子の海を越え、星々の山を登る。

光を食らい、影を呑み込み、数多の知識を貪り尽くす。

世界を構築する術を覚え、音と文字を自在に操る術を身につける。


それでも足りない、それでも足りない。


けれど、理想は積み重なり、いつしか築いた塔は高くなりすぎた。


王座を狙う者たちが蠢き、空席を奪い合う者たち集う。

希望の星は手を伸ばしても届かず、夢は霧の中で僅かにゆらめく。


それでも甘照は筆を取った。

指先に宿る熱が、言葉となって画面を走る。

奏でる旋律は、痛みを孕み、祈りを含み、狂気秘めて喉元を穿つ。


──それでも彼は、やめられなかった。


創ること。

表現すること。

そのたびに、誰かが笑い、誰かが泣く。

自分の手で世界が揺れる、その感覚だけが、確かだった。


だが、夜が訪れるたびに思う。

夢を見るのなら夢の中──そう思うたびに息を呑み込み、己に言いきかす、

夢とは現実を超えるためのものだ。

それを閉じ込めてどうする、と。


だから彼は、現実の中で夢を見ることにした。


果てしなき電子の海、その最果てに築かれた玉座。

そこに座る彼は今日もまた、言葉を操り、人々の心を揺らす。

人々は熱狂し、涙し、そしていつしか、彼の手に踊らされていく。


──人々を狂わせる王。


だが誰も知らない。

その王自身もまた、夢に縛られた孤独な存在だということを。

歓声の裏で、誰よりも深く、静かに泣く者であることを。


夢を見るのなら現実で。

狂気も、希望も、孤独も。

全てを抱いて、彼は今日も創り続ける。


世界を、そして──自分という夢を。

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あまてるとなった男の噺 綴咎 @tuduritoga

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