あまてるとなった男の噺
綴咎
第1話
夢を見るのなら夢の中──誰がそんなことを決めたというのか。
粒子という名の星が漂う無限の空間で、言葉は剣となり、音は鎖となる。
ここで一人の少年が王となった。名を、甘照という。
彼はかつて夢を見た。
人々が歓声を上げ、拍手を送り、涙し、笑う。
その全てを生み出すことが、自分の存在理由だと信じていた。
けれど、その喝采はいつしか重く、凍りつき、肩を切り裂く氷のように変貌していた。
「もっと。もっと求められる──」
耳元で囁く声は、歓声の幻影だった。
熱狂は甘美であり、毒でもあった。
心の奥底にあったあたたかな炎は、いつしか業火となり、彼の身を焼いた。
耐えきれず、彼は旅に出た。
電子の海を越え、星々の山を登る。
光を食らい、影を呑み込み、数多の知識を貪り尽くす。
世界を構築する術を覚え、音と文字を自在に操る術を身につける。
それでも足りない、それでも足りない。
けれど、理想は積み重なり、いつしか築いた塔は高くなりすぎた。
王座を狙う者たちが蠢き、空席を奪い合う者たち集う。
希望の星は手を伸ばしても届かず、夢は霧の中で僅かにゆらめく。
それでも甘照は筆を取った。
指先に宿る熱が、言葉となって画面を走る。
奏でる旋律は、痛みを孕み、祈りを含み、狂気秘めて喉元を穿つ。
──それでも彼は、やめられなかった。
創ること。
表現すること。
そのたびに、誰かが笑い、誰かが泣く。
自分の手で世界が揺れる、その感覚だけが、確かだった。
だが、夜が訪れるたびに思う。
夢を見るのなら夢の中──そう思うたびに息を呑み込み、己に言いきかす、
夢とは現実を超えるためのものだ。
それを閉じ込めてどうする、と。
だから彼は、現実の中で夢を見ることにした。
果てしなき電子の海、その最果てに築かれた玉座。
そこに座る彼は今日もまた、言葉を操り、人々の心を揺らす。
人々は熱狂し、涙し、そしていつしか、彼の手に踊らされていく。
──人々を狂わせる王。
だが誰も知らない。
その王自身もまた、夢に縛られた孤独な存在だということを。
歓声の裏で、誰よりも深く、静かに泣く者であることを。
夢を見るのなら現実で。
狂気も、希望も、孤独も。
全てを抱いて、彼は今日も創り続ける。
世界を、そして──自分という夢を。
あまてるとなった男の噺 綴咎 @tuduritoga
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます