寒暖差

要想健琉夫

   

 寂れたプラットフォームには寒さも寂しさも、打ち消すような暖かい陽光が射し込んでいた。――身体を纏う心地の良い寒気は射し込む陽光によって打ち消されていた。

 家作健かさくけんは暖かい駅のプラットフォームで通学の列車を待っていた。プラットフォームに身体を晒しながら、解釈不一致の陽光に晒されていた。健は解釈違いの冬の訪れに辟易していた。

 健は秋が消え去った今年の季節に已むを得ず、納得をしている振りをしていた。納得をしている振りをしている、健には必然的に胸の内に不平が溜まっていた。

 健は秋を消した上で、この冬らしくない快晴の空模様に不平を並べていた。快晴の冬を冬だとは認めていなかった。

 そうして、不平不満を並べている健の元には通学の列車がやって来ていた。健はようやく不平不満だらけの陽光から逃れられることに、細やかな喜びを感じながら、列車に乗車した。

 車両に乗り込んだ健は奥のドアの側に駆け寄り、つり革を掴みながら、片手に文庫本を開いた。

列車が本来発車する時刻に列車は発車していなかった。健は文庫本による読書に耽っていると、その内に車両の電気が消えていたことに気が付いた。健は本を読む手を止めることなく車両に響くアナウンスを耳にしていた。どうやら停電が起こっていたようだった。

列車には緊張が走っていた――それとは相反して、健は普段経験出来ない状況に静かな昂りを見せていた。


 存外にも早く列車の電気は復旧した。停電から復旧した列車は最寄り駅を発車して、目的地の駅にへと向かって行った。非日常的な体験を経た健は既に日常に引き戻されていた。

 ドアの車窓からは馴染みしか無い景色が流れていた。健は文庫本を閉じてから車両に響くアナウンスに耳を澄ませた。

「次はYです――次はYです――」

馴染みのある車窓からの景色にも、既に目的地の面影が見えていた。健は何時も一緒に登校することになる友人を思い浮かべて、彼と登校する為に足取りを遅めようかと考えていた。

途方も無い考えに思い悩んでいると、列車のドアが開いた。健は胸に下げたリュック・サックを背中に回して6番線の階段へと歩みを進めた。6番線の階段を下っていると健は後ろからする声に振り向いた。

「健! はよ行こ!」

「おお……判った」

馴染みのある声に振り返ると其処には何時も登校を共にする有叶が居た。健は有叶ゆうとの声に反応して有叶と共に残り数分で逃すことになった急行列車に乗り込んだ。


 急行列車に乗り込んでから数分間が経っていた。健と有叶は眼前に流れる車窓からの眺めを目にしながら断続的な雑談をしていた。列車での雑談にも、列車からの景色にも終わりが見え始めると、健と有叶は右側のドアに駆け寄って、列車を降車した。健は有叶の列車の遅延を嘆く声を降車する合間も、耳に通していた。

 出口への階段と改札を越えて、健と有叶はプラットフォームを後にした。改札を越えた先には見覚えのある顔触れ二つが並んでいて、有叶は健を連れて、一瞬その顔触れを通り過ぎる振りをした。しかし、有叶は彼らを通り過ぎることはせずに彼らに話し掛けた。

 健は有叶以外の二人の友人に挨拶をしてから、彼らに付き添って共に駅を後にした。階段を下り、四人にして交差点の信号を待っていると、健の肩に手が掛けられた。振り返った健は其処に立つ好青年を見合わせて口にした。

「おお。健やん!」

好青年は静かに頷いた。健は微笑しながら好青年に挨拶した。青年の名前は健と同じ読み書きの名前であった。

 健たち四人に加えた健を含めた五人は有叶が用を足すのを見届けてから、高校に行くことに相成った。

 閑所にて用を済ませた有叶に同行した一同は有叶に導かれて、無事高校に到着した。席に着いた健は同行してきた四人とそれぞれ談笑したりしていた。

 談笑に華を咲かせていると、何時の間にか二十分を指していた秒針は三十分に止まっていた。健たちは授業が始まったことを確認して、自身の端末を取り出したりした。授業が始まり、担任が前に出ると、右側で有叶が皆に雑談を吹っ掛けていた。健はそのような具合の有叶に聞き耳を立てながら他の友人に眼を合わせたりしながら授業を受けていた。

 授業が進んでいる中で、健は自分の身体の異変に気が付いた。冬のような温度の屋外――屋内だというのに健の体温は異常なまでに暖まっていた。――その暖かさは熱病に近い物だった。健がそのような異変に気が付くと健は次々に自身の身体で起こっている異変について気が付いた。

 妙に暖かい熱病染みた体温の向上、体調に関係する身体の気怠さ、溢れ出て詰まった鼻水、猛烈な喉の痛み。健は途中から掛け始めたマスクを濡らしながら、自身の体調を危惧していた。異変を含んだ視界から見える世界はただひたすらに冷酷だった。

 重なる体調不良の症状に帰還を言い渡された健は、高校を出て、交差点を引き返していた。健の視界から見える世界はどこまでも冷たかった。熱病に侵される人間を前にしても人々の態度は何時も通りだった。――健にはそれが冷たく思えた。


 一日の時を経ても、プラットフォームには陽光が満ちていた。一日の休みから復帰した健は肌寒い空気を纏いながら、また駅のプラットフォームにやって来ていた。

 今日も当たり前のように学校があった。健は通学するための列車を待っていた。

 前日の健は体調不良に悩まされていた。一昨日から引き摺っていた体調不良と向き合っていた。しかし、健の患った体調不良の病状は二錠の風邪薬により完治し、健はこうしてまた学校に通うことになっていた。

 プラットフォームに列車が駆け寄り、そのまま停車した。列車に乗り込んで、何時ものように奥側のドア付近に詰め込んでから、健は両手に文庫本を開いた。続く快晴には特別感を見出すことは出来なかった。


 列車がプラットフォームに近付くと、次第にドアが開いた。健は他の乗客たちと同じように列車を降車して、階段を下って行った。

 階段を下った先は6番線のプラットフォームだった。健は通学時に決まって6番線を利用する――其処には見慣れたことによって発生する、厭らしさが不思議と漂っていなかった。

 乗車する何時もの定位置に着いて、文庫本を開いて、読書に耽っていると、聞き馴染みのある声が聞こえた。

「よお」

「おお。おはよう」

 健は有叶と顔を合わせてから文庫本を仕舞って、学校が始まることを予感していた。


 またプラットフォームに列車が停車すると、ドアが開かれた。健と有叶は列車を出て、階段を上がって、改札を出た。改札を出た先にはまた見知った顔触れが一人居た。

「よお」

「おお。おはよう」

 健と有叶がもう一人の友人と出会ってから――彼らが雑談をしている隙にもう四人が会話に加わった。必然的に訪れた孤独に苛立ちを覚えていた健はそれを隠すよう振舞いながら他の七人と共に高校にへと向かった。

 何度も渡った交差点を渡って、健を含めた八人は一つのビルディングに入っていった。それから、エレベーターに乗り込んで目的地へと向かって行った。

 エレベーターのドアが開かれると、健たちは挨拶を口にした。そうして案内に従って一つの教室に入って行った。今日はイベントのためメインスペースは使えないようだった。一つの教室に数個の不平の声が挙がり、一同は自習を始めた。


 一限の自習は終わりを迎えた。教室から出た一同は変わり果てたメインスペースを見渡した。無数の椅子が並べられ、装飾が施されていた。丁度明後日はハロウィンであった。

 全員が分かれて、席に詰め込んでいき、健は途中で合流した友人二人を通して席に着いた。健はイベントを楽しみたい気持ちと、人間関係の暗愁とに板挟みにされていた。

 三時間ほどのイベンドは既に終わっていた。健は存外にもイベントを楽しめて、満足気な気分に浮かれていた。

 イベントを終えた健は学校を出て、友人の清史郎せいしろうと近くのショッピングモールのフードコートに行くことに相成った。健は久しぶりの清史郎との二人の会話に関わり合いに若干の戸惑いを覚えながら、清史郎との交流を楽しんでいた。

 地下へのフードコートへと続く階段を下り、入口を越えて、健と清史郎は順当にフードコートへの道程を辿って行った。混在する点々とした人々の間をすり抜けていきながら、健と清史郎は思い付く限りの雑談をしていた。

 フードコートに着いて、二人で席に着くと、健と清史郎はこれから何をするかについて話し合った。清史郎は一度学校に戻って自習をするようだった。健は最初から家に帰るつもりであった。お互いのすることも決まり、二人は何かを口にしながら雑談をすることになった。

 席から立ち上がり、荷物を机に置いて、健と清史郎はファーストフード店に向かった。清史郎が先に注文を熟して、健も次に注文を熟した。お盆を手に取った二人は元の席に戻っていった。

 ハンバーガーを咀嚼する中で、健は清史郎に交流しているグループの中で、人数が増えたことについて言葉を掛けた。健がふと零した不平に清史郎が共感した。健は仲間が居たと云う僅かな安心感を味わった。


 六日間の日々を過ごしていると、十月は終わろうとしていた。健は寝起きしてからも憂鬱を払拭することが出来ていなかった。窓から見える曇天に健は身を挺したいと思っていた。

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寒暖差 要想健琉夫 @YOUSOU_KERUO

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