第3話 聖剣抜いちゃいました
サヴァラニアの郊外にひときわ人が集まっている一角があった。
郊外といっても、まだまだ俺の知ってる地元の州都より栄えているのでこの表現が落ち着かないが、とにかく郊外。
周囲は石の柵で二重に覆われていて、一種の信仰のスポットとなっているのはすぐわかった。
その中心に集まっているのは、主に武人たち。
おそらく身なりがいいのが騎士階級で小汚いのが在野の冒険者だな。
さらに外側には大量の野次馬が集まっている。
野次馬目当ての飴売りまで立っていた。肩から飴の入った箱を提げて売っている。
「これが聖剣か」
「しっかり岩に刺さってるな」
「これ、刺さるというよりも一体化してるわ……」
そんな武人たちの声が聞こえてくる。
その前に岩に刺さった剣があった。
「間違いなく、あの露天商が言ってたやつだな」
このサヴァラニアは剣都と呼ばれることがある。
その理由は聖剣が都市の中にあるから。
ここに大都市ができる前の時代から、この地には聖剣伝承があった。
伝承の中身は極めてシンプルだ。
古代の勇者がこの岩に剣を刺して、「次の勇者だけが抜けるだろう」と言い残して去っていった。たった、それだけ。
以来、多くの剣士や腕力自慢の者たちが挑戦しては敗れ去った。
いかにも力持ちといった風貌の上半身裸の男が挑戦している。
「ふんっ! ふんっっっ!」
半裸の男の血管が浮き上がる。
だが、剣はびくともしない。
これはなかなかのものだな、と思った。
実のところ、剣を飲み込んだ石とか大木の伝説はけっこうある。
とくに多いのは剣を飲んだ大木の系統だ。
別に意外な魔法の力が働いているとかではない。
木というのは、そこにちょっとした障害物があってもそれを内側に入れて平気で成長してしまうのだ。小さな石像が横に生えていた木にいつしか飲み込まれたなんて話は枚挙にいとまがない。
半裸の男は荒い息を吐いて首を横に振った。諦めたらしい。
「ダメだ、これ……。完全に岩と一体化してやがる……」
聴衆から笑い声が上がる。
たしかに常時、挑戦者がいそうだし、これまで誰も成功者がいないというなら、失敗しても恥にはならない。記念にやってみようという人間が多いのもうなずける。
俺はしばらく聴衆に交じって、観光地を眺めることにした。
岩の大きさだけなら俺が祭りで運んでいた巨石と大差ないな。まあ、岩を持ち上げるのがここの目的ではないから無意味だが。
問題は剣の刺さっている箇所だ。
剣を握りやすいように二段だけ木の階段が設置されているが、常識的に考えれば刀身部分は1メートル程度か。1メートル半の刀身があるものもあるはずだが、かなり使いづらいし、持ち運びにも邪魔だ。背負う形で運ぶことはできても抜きづらい。
なら常識的な長さの剣か。だったら引き抜けなくもなさそうだが……。
むしろ、真上に引き抜こうとするから失敗するのか?
少し興味が湧いた。
やってみるか。
俺は自然発生していた、聖剣を抜く挑戦者の列に並んだ。といっても自分を入れて3人だけだ。
「こんなの無理だって!」
俺の一つ前に並んでいた男が泣き言を言った。これで次は俺の番だ。
「おっ、こいつもそこそこ胸板厚いな」
「冒険者か? 農民でも力自慢はいるしな」
そんな声が聞こえてくる。こんなことなら神官の平服でも着て旅をするべきだったかもしれない。
まあ、神官扱いされる意味もないんだが。ラジェナ神殿なんて固有名詞を知ってる人間は誰もいないし。
俺は聖剣の刺さった岩の前に立つと、目を閉じて――
パンッ!
と強く手を叩いた。
破裂音がほどよく響く。
「あっ? なんだ?」
「一回きりの拍手?」
「虫でもいたんじゃねえのか?」
「こういう宗教儀礼もあるんじゃねえの?」
たしかにそういう宗教儀礼もあるらしいが、ラジェナ神の信仰とは何も関係ない。
とはいえ、モノとの対話を怠るな、という教えはラジェナ神殿にはある。
この場合、それの亜種だと言っていい。
目的は手を叩くことではなくて、叩いたあとの反響音のほうだ。
跳ね返ってくる音は、その場にどんなものがあって、どんな形状で、どんな硬さなのか、すべて教えてくれる。
それはラジェナ神殿で学んだ。
モノを識(し)れ。
その意識を忘れなければ、巨石であろうと運ぶことができる。どこに力を入れれば適切かわかるからだ。
当然、あまりにも非力で軟弱では話にならない。巨石のほうから浮いてくれるわけじゃない。それでもコツがわかれば自分の50の力を100や150にすることはできる。
その対話の前段階が反響音の確認だ。
これは巨石だけど、真ん中が割れている。
剣が入ってるんだからそうでなければおかしい。
ただ、剣をどんな力で押し込んでも岩の中に貫通させて差し込むことはできない。岩はパイ生地じゃない。当然ここの岩も硬いと反響音が教えてくれている。
ああ、亀裂がそんなふうにできてたんだな。
元々大きな裂け目があり、その裂け目に剣がはまった――ということらしい。
しかも大きく曲がった裂け目に、大きく曲がった剣が刺さった。
古代にこの土地でも使われていた湾曲した刀身の剣。それが奇跡的に奥まで刺さった。
真上から引き抜こうとしても巨石に引っかかる。
鞘から引き抜くように、優しく運んでやれば、あるいは……。
「おっさん、ずっと目を閉じてるな」
「マジで宗教儀礼か?」
「まあ、聖剣の岩を拝んでる奴もいるけどよ」
おっと。あまりじっとしていると、マナー違反か。
俺は目を開けて、引き抜きやすいように設置された二段の階段を上がる。
上手くいくかはわからない。普通に考えれば難しい。ただ、真上に力任せにやるよりは、【理(ことわり)】に従って行動するほうがいいだろう。
俺は剣の持ち手をつかむと、少し息を吸い込んで、吐くのととともに引いた。
無理をしない。聖剣と岩の形に沿って、剣を引く。
さあ、岩から出てきていいんだぞ!
腹に力を入れる。
「くうううううっっっっっ!」
唸り声が自分の腹から出ている。
そのまま湾曲した剣が出てきて――ついに最後まで抜けた。
「あっ、聖剣、抜けたな……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます