第2話 この大都市を拠点にする!

 大きな革袋を背負って、俺はラジェナ村を後にする。

 早朝にもかかわらず、同僚に当たる神官たちも、村の人たちも集まってくれていた。





「元気にやれよ」

「これも勉強だ。外の世界たくさん見てきな」

「アレックス君、気をつけてね」





 俺はできるだけ一人ずつに声をかけていった。田舎の神官に一番大切なのは感謝を忘れないことだ。周囲にいけ好かない奴と思われたら生きていけない。コミュニティの数が少ないから、ほかのコミュニティに移動するわけにもいかない。



「赤子の時に神殿で拾われて以来、長らくお世話になりました。しばらく修行の旅に出ます」


 もし神殿で拾ってもらえなかったら、俺の人生は赤ん坊の時点で終了していただろう。感謝しかない。





「これもまた成長だよ。若いんだから、ちょっと恋愛で失敗するのもいいものさ」

「苦しいことも長い人生で見たら楽しいもんだよ。気を張ってやりな」





 感謝はもちろんしてるんだけど、とくに村のおばさんたち、俺を子供だと思ってませんか……? 何度でも言うけど、36歳だぞ?










 村を出てしばらく歩くと、左右が畑地ばかりになる。

 それが終わると山が迫ってきて、急な下り坂に入る。



 これでラジェナ村を完全に出たことになる。高台の小さな平地がラジェナ村だ。閉鎖された場所というのは言いすぎだが、主要な街道は通ってないし、行こうと思わなければラジェナ村にたどり着くことはまずないだろう。





 さて、これからどこに行くか。

 言うまでもなく、目的地はない。そもそも大僧正が俺に与えた任務は「見聞を広めろ」だ。ということは近くの町に滞在しているようじゃダメだろう。


 最低でも遠方の町、できればかなりの規模の都市まで出かけるべきだ。




「となると、州都で何泊かして戻りましたっていうのじゃダメだよな……」




 身寄りのない俺は神殿で育てられてそのままラジェナ神殿の神官になった。

 神官にあこがれたというより、それぐらいしか選択肢がなかった。



 だから、ゆかりのある場所も村しかなかったのだけど、仕事で州都に行くことぐらいはある。街道に合流したら三日ほど歩いてようやく到着する。


 逆に言うと、知ってる町というと州都しかない。途中の街道の宿場は町と呼んでいいか怪しいレベルだしな。





「どうせなら、州都とは逆を行くか」





 進路を南側にとることにした。街道をずっと進むと海のある州に入るはずだ。

 そこから西に10日だか二週間だか歩いていくと王都にも着くという話だし、途中に有名な伯爵の本拠である大都市もあるという。





「まっ、大都市って言っても州都に毛が生えた程度のものだろ。州都で人口3000人ぐらいだったっけな。その数倍ぐらいか?」








 俺は街道をだらだら歩いては宿に泊まり、また進んだ。大河を渡るのに苦労した(浅いから歩いて渡れるという話だったが、運悪くものすごく増水していた)以外はさほど困ることもなく、歩き続けた。





◇◆◇◆◇






 そして、出発から11日後、アプー伯爵の本拠である都市サヴァラニアに到着した。



 その感想は――





「なんだこれ……。デカすぎるだろ!」





 という芸のないものだった。




 人生初の大都市だったので、たとえるものがなかった。



 アプー伯爵はいくつもの州を所領に持っている大領主で、このサヴァラニアは伯爵の所領における首都の役割を担っている。


 人口は一説には3万人を超えるかもしれないという。



 州都の数倍だろうと言ってすみませんでした……。全然、規模が違う……。





 最初は地元の州都ぐらいだなと思ってたら、それがサヴァラニア郊外の寂れている部分だった。サヴァラニアの目抜き通りは人の数が多すぎて上手く歩けないぐらいだ。




 暇そうにしている乾物の露天商のおっちゃんがいたので、質問してみた。





「あの、俺は田舎者なんですが、ここって今日は祭礼の日だったりします?」


「いんや。何もない日だよ。まっ、田舎者からしたらびっくりするよな。本当の祭礼の日は王都からも観光客が来るぜ。一日歩き通せばどうにか着く距離だしよ」





 俺は決めた。

 ここにしばらく逗留しよう。

 見聞を広めるにはこれ以上最適の場所はないだろう。





 あと、ここなら地元のラジェナ神殿のご利益を布教する意味もありそうだ。

 なにせ人が多いからな。100人に1人が興味を持ってくれてもなかなかの力がある。布教という要素を入れれば、一人で都会で暮らしてるだけでも、一応神官として仕事をしてることになるだろう。




 といっても、無許可でおおっぴらに布教活動なんかやると、この土地の神官や聖職者からクレームが入るかもしれないから確認はとりたいが……。





「あの、このへんでメジャーな宗教っていうと何ですかね?」

「あんた、マジで何も知らねえんだな……」





 バカにしてるというよりは驚いているという調子で、露天商のおっちゃんはピンと弦のように伸びたヒゲをはじいた。





「デカい都市だし王都も近いからいろんな宗教が入ってきてる、でも、やっぱりこのへんだとマイト教だな。総本山の大聖堂も近いしよ」

「ああ、歩き回ったり走り回ったりする修行があるところですね。修行が肉体的にハードだってよく聞きます」





 ラジェナ神殿の修行は少なくとも走り回ることはなかったからな。どちらかというと、静かに対象に向き合うものが多かった。





「マイト教の神聖騎士団はこのサヴァラニアも歩いてるからな。あいつらは聖職者の立ち位置のくせに武人でもあるから血の気が多い。とくに無許可の辻説法なんかは領主の配下でもないのにケンカ売りに来る。まっ、ケンカは見る分には楽しいんだけどよ」





 気をつけよう……。いきなりケンカに巻き込まれると困る。


「ところで、あんた、こっちも暇だからいいけどよ、できれば何か買っていってくれよ――って、その身なりは旅人か。じゃあ乾物なんていらねえよな」





 露天商のおっちゃんの前には干したキノコのようなものがたくさんカゴに入ってある。おそらく水に戻して食べるか、スープ作りにでも使うんだろう。





「申し訳ない。ド田舎の神殿の神官なんですが、少しは都会を見ろと追い出されたわけです」


「神官? 腕が太いから冒険者にしか見えなかったけどな……。じゃあ……サヴァラニアが別名『剣都』と呼ばれてることも知らねえのかな?」



 剣都? 完全に初耳だ。響きからすると軍事都市みたいだが。



「知らなそうだから教えてやるよ。この大都市でも有名な観光資源だしな」



 おっちゃんはとある観光地を楽しそうに教えてくれた。

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