ダンジョン最下層に転落した冒険者は、階層踏破ボーナスで世界最強になる
小白水
転落
あれは五年前。
裏山でいつものように山菜を集めていたときのこと。草を掻き分けて僕の方ににじり寄ってくる足音が僕の耳に届いた。
「なんでこんなところに、モンスターが……!」
振り返ると、狼型のモンスターが目と鼻の先にいた。
その牙も、その爪も、触れただけで僕の命を簡単に奪ってしまうくらいに鋭い。
狼は目の前の無防備な
「大丈夫か? 坊主」
しかし、その牙が僕の首に届くことはなかった。
「ちょっと待ってろ。おじさんがアイツをやっつけてやるからな」
大きな手でわしゃわしゃと僕の頭を撫でつけて、おじさんは僕をその大きな背中で庇ってくれた。
その手のぬくもりは、僕の心に渦巻いていた恐怖を溶かして、代わりに安らぎを与えてくれた。
「【エンチャント・ブレイズ】ッ! 豪炎斬!」
おじさんの片手には大きな直剣。炎を纏った一閃はモンスターを切り伏せた。
あんなに怖かったモンスターを、たった一撃で。
恐怖で早鐘を打ち続けていた心臓は、違う理由で高鳴っていた。
「おじさん……誰?」
「ただの冒険者だよ」
その背中は、今まで見た中で一番大きくて。
その声は、今まで聞いた中で一番優しくて。
その姿は、誰よりも格好良かった。
***
目が覚めると見えるのは決まって安宿の天井。
僕の意識は憧憬から現実へと一気に引き戻される。
「はぁ……」
その背中のあまりの遠さに、思わず口からため息が漏れた。
僕の毎日はこうして始まる。
あのおじさんの背中を追いかけるように冒険者になって、早二年。その間に上がったランクは一つ。E級に上がってから一向に上がることはない。
才能ある冒険者──それこそSランクになるような人たちは一か月も経たずに、一般の冒険者でも半年くらいで、駆け上がっていくその道を、二年。
嫌でもわかる。僕には才能がない。
だけど、憧れたあの人に少しでも近づくために、ただひたすらに僕は
窓の外には天を衝く巨塔。世界中でこの町にだけしかない天然の建造物。
──ダンジョン。そう呼ばれるあの摩天楼には、数えきれないほどのモンスターと富が眠っている。
「今日も潜るのか?」
「はい」
ダンジョンの門番をしているジエンさんは、僕よりもずっと体が大きくて僕なんかよりずっと強そうに見える。
「気をつけてな。お前を見てると……」
「息子さんを思い出すん……ですよね?」
「ああ」
曰く、僕と同い年の息子がいるらしく、ジエンさんはいつもこうして、気にかけてくれる。
「わかってます。探索するのは一階層だけですから」
「ああ、そうしてくれ。上のほうが稼ぎがいいのは俺も分かってるが……命に代えられるものなんて無い」
ジエンさんはどこか遠くの誰かを見ているようだった。
「すまんな、いつも引き留めて」
「いえ、僕のことを心配してくれるのはジエンさんだけなので、うれしいんです」
「そうか。頑張ってくれ。こんなオッサンに言われても暑苦しいだろうけど、応援してるからな。じゃあ行ってこい!」
「はいっ!」
半ば張り手のような後押しを背中に受けて、僕は慣れ親しんだ魔窟へと足を踏み入れた。
中へ踏み入れると、僕を迎えるのは石造の通路。
どういうわけか、ダンジョンの中は窓もないのに明るい。晴れでも曇りでも雨でも、同じ明るさで僕たちを照らしている。
魔術的な光だという話だが、詳細は分かっていない。
ダンジョン一層に出現するのはゴブリンやスライムのような、小柄なモンスターのみだ。一言でいえば『誰でも倒せるモンスター』。
冒険者になることができる年齢なら男女問わず負けることはない。
この上なく貴重な僕の収入源だ。あとは、町の外へ出て薬草を集めるか、届け物などの簡単な業務をするか、それくらい。
いつものように群れからはぐれたゴブリンに狙いを定めて、襲い掛かる。卑怯だけど、正面から戦うと時間がかかって宿代すら稼げなくなってしまうから、こうするしかない。
無事にゴブリンを倒し終え、次の獲物を探しているときのことだった。
「きゃぁぁ!!」
「助けてくれ!」
一階層では普段聞くことがない悲鳴が僕の耳に届いた。
駆け寄った先にいたのは、巨大なモンスター。僕の四倍はあろうかという人型が男女二人パーティーを追い詰め、じりじりと距離を詰めていた。右手には僕の身の丈の二倍くらいはあろうかという棍棒が握られている。
図鑑で見たことがある。確か……。
「トロール? でも、何で一階層に⁉」
助けを呼ばなければ……! でもどうやって。そもそも、第一階層にトロールを倒せる冒険者がいるのか?
トロールが棍棒を振りかざす。
助けを呼んでる暇なんてない! 助けに行かなきゃ!
でも、僕が助けに行ってどうなる……? 勝てるはずなんてない。
「……勝てるはずなんてない。だけど!」
──大丈夫か? 坊主
僕のあこがれた冒険者は、誰かを見捨てたりなんてしない! こんなところで、立ち止まったりしない!
気づけば走り出していた。振り下ろされる棍棒の方へ、恐怖に顔を染める
「間に合えぇぇ! 【身体硬化】ッ!!」
瞬間、僕の体は硬直する。トロールの全力を受けても斃れないほど頑丈に、背後に庇った二人を守れるほど固く。
すんでのところで滑り込んだ僕の体は、上から振るわれる棍棒を受け止めた。
「逃げてっ!」
後ろの二人に声をかける。視線は眼前のモンスターに注いだまま。
二人が逃げられたかどうかを確認する暇もなく、二撃目。今度は横なぎに。
「ぐッッッ……!!」
固いだけの僕の体は、いとも簡単に吹き飛ばされて、石造りの壁へと叩きつけられた。
ぱらり。石壁の一部が剝がれて、僕の前に積もった。
ぱらり。さらに大きな塊が僕の前に落ちてくる。
「grrrrrrr!!!」
トロールは既にさらなる殴打の構えに入っていた。痛烈な打撃が僕をさらに深く壁へと打ち付ける。何度も、何度も。
その度に、僕の身体は壁のより深くへと楔のように打ち付けられてゆく。
【身体硬化】のせいで何度殴っても傷一つつかない僕に、トロールは苛立ちを隠せない様子だった。
そして同時に、僕が動けないことを理解しているようでもあった。
僕の唯一のスキル【身体硬化】は、絶対の防御であると同時に、僕を縛る鎖でもある。スキルを使っている間、僕は一切体を動かせない。固い人型サンドバックになる以上のことはできない。
これまでとは違う大きな予備動作。明らかにこれまでより強い一撃を叩き込みに来ている。
そうして振るわれた一撃は──砕いた。
僕ではなく、ダンジョンの壁を。
壁の奥にはさらなる空間が広がっていた。
そしてそこには、床が存在しなかった。つまりは穴、天へと伸びるダンジョンの、誰も知らない奈落へとつながる大きな穴。
僕は大量の瓦礫と共に地底への一方通行へと投げ出された。
「君たち、大丈夫か!?」
「俺たちを助けてくれた子が、下に……!」
落ち行く僕の目に飛び込んできたのは、増援の冒険者たち姿だった。
「あぁ、よかった」
こんな僕でも、誰かを守ることができたんだ。
そう思うと、僕は幸せだった。目標だった背中に一歩近づいた気がした。
僕を飲み込む濃密な闇とは裏腹に、僕の心は晴れやかだった。
「……でも、あのおじさんにお礼言えてないなぁ」
それだけを心残りに思いながら、僕は地の底へとただひたすらに落ちて行った。
そして、その時は訪れた。
轟音、そして衝撃。
トロールの攻撃も耐えきった【身体硬化】だが、すべての衝撃を受けきれるわけではない。長い落下の衝撃は僕の背中を痛烈に打ち抜き、意識を刈り取ろうとした。
その中でぐしゃり。何かがつぶれた音が僕の耳に確かに届いた。
硬質化した僕の身体でも耐えきれなかったのか、あるいは何かを踏みつぶしたのか。
『──深淵の魔境第二十一階層、階層踏破ボーナスを手に入れました。闇魔法が使用可能になりました』
何の前触れもなしに無機質な声が頭に響いて、薄れゆく僕の意識を無理やりに覚醒させた。
「階層踏破ボーナス……? 闇魔法……?」
『深淵の魔境第二十二階層、階層踏破ボーナスを手に入れました。封魔の籠手を手に入れました』
僕の質問に答えるそぶりなんて全く見せずに、声は僕の頭に響き続ける。
『深淵の魔境第二十三階層、階層踏破ボーナスを手に入れました。経験値を3000手に入れました。レベル30に到達しました』
『深淵の……』『深淵の……』『深淵の……』
「ッ……! 頭が……割れる!」
重なる大量の声に僕の頭蓋は、痛みという形を以って悲鳴を上げ始めた。
『階層踏破ボーナスを、階層踏破ボーナスを、かか階層踏破ボーナスを』
僕の悲鳴なんてお構いなしに、声は響き続ける。そしてそのたびに僕の頭は悲鳴を上げる。頭蓋骨を万力で締め付けられるようだった。鼻から血が出ている。
「もう……ダメだ……」
『かかかか、階層踏破ボーナスを……』
薄れゆく意識の中で、無機質な子守歌が僕の脳内に響き続けていた。
『──スキル【重量操作】を手に入れました』
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