もう少しずっとこれからも

遠山ラムネ

もう少しずっとこれからも

図書室の棚の間に見飽きた輪郭を見つけて、なんの気なしに近寄った。

けどその視線の先に違和感を感じて、一瞬、声をかけるのを躊躇ためらった。


赤本……は、いいとして。

その、そのあたりって私大の……


気配を感じたのか振り返る。真顔のまま、そいつはちらちらと手を振った。



「お前、それ、志望校?」

「あー、うん、まだ、だけど。あんたは?決めた?」

「いや……」


上滑りする会話の最中も、そいつの視線は本棚に戻る。視線がなぞるあたりは、やはり、有名私大の……


「お前、それ、そこって」

「うん」

「出んの?東京に」

「うん、そのつもり」


俺たちはいわゆる、腐れ縁の幼馴染だ。なんて、ここら辺の奴らなんかみんな、多かれ少なかれ幼馴染なんだけも。

こいつは特に家が近くで、ごくごく小さい頃からずっとそばにいた。

だから、なんか、このままずっと続くような気がしていた。


「あんたは?残るの?ここに」

「あ、いや、どう、なんだろうな、まだあんま、考えてなくて」

「ふーん」

「金も、かかるし」

「そうだね。反対される?」

「や、どうだろ、ちゃんと話したこと、ないし……」


反対されるだろうか。どうだろう、分からない。


ぐるぐる、ぐるぐる、急激に混乱気味の頭は思考がおぼつかない。


ええ、こいつ東京行くの?

まじで?そんなこと一度も……


俺たちは腐れ縁の幼馴染で、それ以上でも以下でもなくて、ここに、恋愛感情など、たぶんあったことはなかった。

なかったけど、だからって、なんの意味もなかったと、言い切れるのか?


ずっと一緒に育って。これからもずっと、近くにいるような気がしていた。漠然と、なんの根拠もないまま。その未来を、煩わしいとも、つまらないとも思わないまま。

疑ったことすらなく。


「お前、は、どう思う?」

「ええ?なにが?」

「だから、俺、の大学とか。東京行き、とか」


目の前の幼馴染は、ちょっと目を大きくしてじっと見返してくる。


やべぇ、呆れられてんな、これ


そんなの自分で決めなよと言われるのを、覚悟してたんだけど。


「大学、は別でもいい、と、思う」

「え」

「東京、大学たくさんあるし」

「そ、うだよな」


そんなことを、真顔のまま言うので、思わず頷いた。

こいつの真意は、いまいち、掴みきれなかったけど。


「今度親に、ちょっと言ってみる」

「うん」


一緒に東京行くか?なんて、改めて確認するのは、今はまだなんか違う気がした。


「じゃあ俺ー、そろそろ予備校だからー」

「うん、またね」


ちらちらと、顔の横で手を振る。

その見慣れた輪郭を、もう少しずっとこれからも、見続けていたいなんて考えたことはなかったけど。


東京……東京、かぁ

いやぁ、親の説得、て、できんのかな

分っかんねぇぇ



ちょっと面倒なことになりそうだぞと、げんなり考える。

きびすを返して歩き出す、その一歩目は、だけどちょっと浮ついたステップ。



Fin

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

もう少しずっとこれからも 遠山ラムネ @ramune_toyama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画