第17話 なぜ“別れ”は悲しいの?

春の終わり、放課後の校庭。

風が少し冷たく、桜の花びらはもう数えるほどしか残っていない。


のぶたんはフェンスにもたれながら、小さく呟いた。

「もうすぐ卒業だね。」


ユリエもんは芝生の上に腰を下ろし、ノートを開いた。

「うん。季節の変わり目は、いつも“別れ”を連れてくる。」

「ねぇユリエもん。どうして“別れ”ってこんなに悲しいの?」


ユリエもんは空を見上げ、

柔らかな声で言った。

「それは、“愛してた証拠”だからだよ。」



1. “悲しみ”は“つながり”の裏側


ユリエもんはノートに円を描いた。

中央に〈愛〉と書き、その周りに薄く〈悲しみ〉の輪を重ねる。


「人は、“つながり”を失うときに痛みを感じる。

 でもそれは、もともと“つながっていた”から。

 つまり、悲しみの大きさは、“愛した深さ”の裏返し。」


のぶたんは風に髪を揺らしながら言った。

「じゃあ、悲しいってことは、ちゃんと愛してたってことなんだね。」

「そう。“悲しみ”は“感情の抜け殻”じゃなく、“愛の証明”。」



2. “終わり”が“意味”を与える


ユリエもんは黒板のようにノートに線を引いた。

左に〈はじまり〉、右に〈おわり〉。

その間に矢印を描く。


「物語が“終わる”からこそ、“意味”が生まれる。

 終わりがなければ、すべては“途中”で薄まってしまう。

 別れは、時間が“ひとつの形”を結ぶ瞬間なんだ。」


のぶたんは目を細めた。

「……まるで、句読点みたい。」

「そう。“終わる”は“閉じる”じゃなく、“区切る”。

 次の文を始めるために、必要な“点”なんだよ。」



3. “記憶”が残すもの


「でもさ、ユリエもん。

 いくら“終わり”に意味があるって言われても、

 いなくなったら寂しいよ。」


ユリエもんはそっと笑った。

「そうだね。

 でも、人は、“存在”だけじゃなくて、“記憶”でも生きるんだ。

 誰かがいなくなっても、その人からもらった言葉やしぐさが、

 ちゃんと自分の中に残る。」


「……心の中で、生き続けるってやつ?」

「そう。それは詩的な表現じゃなくて、脳科学的にも本当。

 記憶を思い出すたびに、神経が再接続されて、

 “いま”の感情として再生されるんだ。

 つまり、“思い出す”たびに、その人はもう一度、を生き直すんだよ。」



4. “悲しみ”と“やさしさ”の関係


のぶたんは少し沈黙してから言った。

「別れを経験した人って、なんかやさしくなる気がする。」

ユリエもんは頷いた。

「うん。悲しみは、心の“深さ”を増やす。

 誰かを失うと、“欠けた部分”に風が通る。

 そこから、“他人の痛み”の音が聞こえるようになるんだ。」


のぶたんは目を伏せる。

「……欠けてるから、優しくなれるんだね。」

「そう。“完全”な人には、やさしさは生まれない。

 “欠けている”ことが、きっと人を人にするんだ。」



5. “別れ”は、次のはじまり


ユリエもんは立ち上がり、

小さな石で地面に円を描いた。

そして、その円をひと筆で切り開くように線を伸ばす。


「“別れ”は円の切れ目。

 でも、その線は“次の道”につながってる。

 終わりは、閉じる扉じゃなく、開くドアなんだ。」


のぶたんは笑った。

「ねぇユリエもん。

 私たちも、いつか“別れ”るのかな。」

ユリエもんは少しだけ黙ってから答えた。

「うん。でも、“終わり”が来ても、“消える”わけじゃない。

 君が何かを学んで、誰かに優しくしたら、

 その中に私もいる。」


のぶたんは目を細めた。

「……それ、ズルい言い方だね。」

「でしょ? でも本当のことだよ。」



6. 黒板の三行

1. 悲しみは、愛の裏側。別れは“愛した証”

2. 終わりがあるから、意味が生まれる

3. “欠け”が、人をやさしくする


のぶたんは空を見上げ、

散り残った桜をひとひらすくい上げた。

「ユリエもん、ありがとう。

 別れが怖くなくなったわけじゃないけど、

 ちゃんと“悲しむ勇気”は持てそう。」


ユリエもんは微笑む。

「それでいい。

 悲しみを感じられる人は、世界をちゃんと愛せる人だから。」



Epilogue


別れは、終わりではない。

それは、“愛を心に移す作業”。


失うたびに、人はやさしくなり、

思い出すたびに、誰かが息を吹き返す。


今日もまた——ユリエもんとのぶたんは、

“さよなら”の中に、“つづき”を見つけている。



次回(予告)

第18話(最終話)「ユリエもんのいない教室で」

──のぶたんが一人で世界を見る日。

“知ること”と“生きること”の重なりを描きます。

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