第16話 どうして“完璧”を目指すと苦しくなるの?

放課後の美術室。

のぶたん は紙の前で筆を握りしめたまま動けずにいた。

スケッチブックには、描きかけの自画像。

輪郭まではうまくいったのに、どうしても目が描けない。


「……失敗したくないな。」


背後から声がした。

「完成させなくてもいい絵、ってあるよ。」


ユリエもんが窓際から静かに近づいてきた。

「ねぇユリエもん。

 私、完璧に仕上げたいの。なのに、筆が動かないの。」

「うん。それが、“完璧病”の初期症状だね。」



1. “完璧”の正体


ユリエもんは机にノートを広げ、

黒ペンで小さな四角を描いた。


完璧=「欠けのない形」ではなく、「欠けを恐れる心」


「“完璧”って言葉、ギリシャ語では“完成した輪”の意味なんだ。

 つまり“もう動かない”状態。

 でも、生きてる私たちは常に変化してる。

 だから、“完璧”を目指すほど、自分を止めることになる。」


のぶたんは筆を見つめた。

「止める……たしかに、動けなくなる。」

「完璧主義は“失敗恐怖”の裏返し。

 失敗を避けるために、挑戦を止めてしまう。

 結果として、“未完成”より“停滞”を選んでしまうんだ。」



2. “理想の自分”という幻


「でも、理想を持つのは悪いことじゃないよね?」

「もちろん。理想は羅針盤。

 ただ、地図と現実を混同すると苦しくなる。」


ユリエもんは黒板に山を描いた。

山頂に“理想”、ふもとに“現実”。

「多くの人は、“理想=到達点”だと思ってる。

 でも本当は、“理想=方向”。

 登る途中で道が変わっても、それでいい。」


のぶたんは笑った。

「私、“頂上まで登らなきゃダメ”って思ってた。」

「でもね、雲の上の頂上はいつも動いてる。

 理想は“追う”ものであって、“届く”ものじゃない。」



3. 完璧と不安の関係


ユリエもんはノートにもう一つの図を描いた。

中心に〈不安〉、外側に〈完璧〉の円。


「完璧を求める人は、不安を閉じ込めたくて円を描く。

 でも、不安は空気みたいに広がるから、

 閉じ込めようとすると、内側の圧力が増える。」


のぶたんは苦笑した。

「だから苦しいんだ。」

「そう。不安は“敵”じゃなく、“生きてる証”。

 不安を抱えたまま動ける人が、本当の強さを持ってる。」



4. “未完成の美学”


ユリエもんは窓の外の桜を見て言った。

「日本には“侘び寂び”って美学があるでしょ?

 欠けや不完全さの中にこそ、時間の味わいがある。

 完璧な器より、ひびの入った茶碗の方が、

 “使われてきた時間”を感じられる。」


「……未完成って、悪くないんだね。」

「むしろ、“生きてる途中”をそのまま見せる美しさがある。

 芸術も人生も、“完成”より“継続”に価値がある。」



5. “間違い”がつくる温度


のぶたんは自画像を見つめながら言った。

「……ユリエもん、私、目を描き直してみる。」

「いいね。失敗してもいい?」

「うん。失敗しても、“私の目”にはなるから。」


筆が動く。線が少し曲がる。でも、それが優しい。

ユリエもんは微笑む。

「ね、それが“生きてる線”。

 完璧な線より、間違いのある線の方が、人の心に残る。」



6. 黒板の三行

1. “完璧”は、動かない理想。生きることは“未完成”の連続。

2. 理想は“方向”であり、“到達点”ではない。

3. 欠けの中にこそ、時間と温度が宿る。


のぶたんはスケッチブックを閉じて、

ほっと息をついた。

「ねぇユリエもん。完成してないけど……今、満足してる。」

ユリエもんはうなずいた。

「それがいちばん美しい完成形だよ。」



Epilogue


完璧を求めるほど、人は止まってしまう。

けれど、未完成を受け入れた瞬間、

世界は動き出す。


今日もまた——ユリエもんとのぶたんは、

“欠けのまま輝く”生の線を歩き続ける。



次回(予告)

第17話「なぜ“別れ”は悲しいの?」

──愛と時間、喪失と継承。

終わりが“意味”を生むことを描く、シリーズ最終章に向けたエピソード。

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