転化
林刺青
転化
双極性障害の診断が下された途端に、周囲の人からの僕に対する評価は“愚かで怠惰なヤツ”から“苦しんでいる可哀想な人”へと切り替わっていった。
診断の前後で僕の意識は連続していて、苦痛の強度はそう変わらない筈なのに。
そうしてめっきり優しくなってしまった皆さんのご厚意に甘える形で何度目かの長い休暇が与えられ、僕はベッドの上に重い身体を一週間ほど横たえていた。
酷く怠惰な人間そのもの。他者を害していないだけ多少マシではあるが、良くない思考は絶えず脳内を回り続けている。
希死念慮、希死念慮、希死念慮。
ほんの少し残された正気が、危うい所まで深入りしてしまわないように敢えて主語の大きな話題を思考の回転の中に放り込み、撹拌して希死念慮の濃度を薄めようと試みる。
僕が生きている意味はあるのか?
生命とは性病である。その病気は特にヒトに対して強い幻覚作用を発現し、その症状には“意識”と言う名前が付いている。そうした幻覚たちが恣意的に切り取った主観の集合を、我々は世界として認識している。そんなモノをどうして心の底から信用出来るのだろう。
僕なんて存在しない方が、僕に関わってしまっている全ての人にとって有益ではないか?
“この宇宙の広さを考えれば、個人の悩みなどちっぽけなモノである”
月並みな励ましの言葉であるが一理あるのではないかと思った。しかし結局、今の僕の精神にはネガティブに作用するだけだった。
ああ、死にたい。
——結局は惨めなだけである。哲学擬きの浅慮による苦痛の矮小化の試みも、それに対して自覚的である様な自分への言い訳も。
惨め?
よく考えてみれば懐かしい感覚だった。そもそも、他者からの扱われ方に不満を持つというのもここ最近は全く無かったような気がする。
僕は自分の内のナルシシズムの存在、或いは復活に気付き、“ほんの少しだけ”物憂げな気分になった。
きっとこの後、愚かな事をして他者を害してしまうのだろう。
午前4時。既に眠気は失われ、身体は軽くなり始めていた。
転化 林刺青 @884sisei
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