第4話 ​🖤 緋の絆(あけのきずな)

 安田京一郎、ガンで余命幾ばくもない。かつて、飯山海子って女と凶悪事件起こすが、殺人だけはしていない。海子は殺人鬼、8人殺していて拳銃自殺。海子のもとにいくために……


 →キーワードは胃がん

​ 病院の白いシーツの上で、安田京一郎は死を待っていた。

​告げられた余命は、もはや数字ではなく、乾いた風となって彼の肺腑を通り抜けている。主治医が何度繰り返したか知れない病名は、今や京一郎の代名詞になっていた。胃がん。その癌細胞が、彼の体内を静かに、だが確実に侵食し尽くしていた。

​「……あと、三ヶ月、といったところでしょうか」

​医師の声が遠い。京一郎の頭の中には、すでにその言葉の意味は届かない。あるのはただ一つの想いだけだ。

​飯山海子(いいやま うみこ)。

​彼女の名前を心の中で反芻するたび、血の匂いが蘇る。十年前に世間を震撼させた、あの凶悪事件。マスコミは彼らを「地獄のカップル」と呼んだ。京一郎は、強盗、監禁、傷害の罪を負った。だが、ただ一つ、彼の心臓を刺すように光る真実があった。

​殺人だけは、していない。

​第一章:海子の影

​あの日、京一郎が愛し、盲目的に従った女、海子は、純粋な殺人鬼だった。

​彼女の目は、獲物を見定める獣のように冷たく、そして獲物を屠る瞬間は、まるで芸術を鑑賞する子供のように無垢に輝いた。犠牲者の数は八人。海子は、京一郎が見ていないところで、或いは見て見ぬふりを強要された状況で、次々と命を奪っていった。

​京一郎は知っていた。海子の心の奥底に巣食う、深淵の闇を。彼はその闇を愛し、守ろうとした。それは罪か。いや、狂気だ。

​事件の終焉は、唐突だった。追いつめられた海子は、廃墟となった倉庫で、愛用の拳銃を自らのこめかみに当てた。

​拳銃自殺。

​そのニュースを聞いた時、京一郎は逮捕監禁されていた留置場で、生まれて初めて、涙を流す代わりに、笑った。歓喜ではない。安堵でもない。それは、彼女の「完成」を見届けた者の、静かな諦念の笑いだった。

​第二章:再会への渇望

​十年が経ち、癌は京一郎の命の砂時計を逆さまにした。

​刑期を終え、自由の身となった京一郎を待っていたのは、病室の冷たい空気と、自分の体という牢獄だった。だが、彼には希望があった。

​海子の元へいく。

​「海子……お前は、俺を待っているか」

​もし地獄があるのなら、海子は間違いなくその最深部にいるだろう。そして、京一郎の行く先もまた、そこしかない。

​彼はベッドの上で、衰弱しきった指先で、枕の下に隠した古い写真を取り出した。十年前に海子と一緒に撮った、ぼやけた写真。海子は、あの事件が始まる直前、どこか寂しげな笑みを浮かべている。

​第三章:最後の旅路

​京一郎の旅路は、既に始まっていた。

​抗がん剤治療を拒否し、点滴の管を引き抜いた。僅かな財産と、一枚の写真、そして、病で痛み始めた身体だけを抱えて、病院を抜け出した。

​目指す場所は、海子が拳銃自殺した、あの廃墟の倉庫。

​胃の激痛が走るたび、京一郎は立ち止まり、壁に手をつく。しかし、その痛みが彼を現世に繋ぎ止める鎖のように感じた。この痛みこそが、彼がまだ海子の魂にたどり着いていない証拠だ。

​最終章:緋の再会

​倉庫は、十年経っても変わっていなかった。冷たい埃と、湿ったコンクリートの匂い。

​京一郎は、海子が最期を迎えた場所に、膝から崩れ落ちた。

​「海子……やっと、ここまで来た」

​彼は、もう立っていることもできず、床に這いつくばる。胃からの激痛が、彼の意識を何度も奪おうとする。

​その時、遠くで、微かな声が聞こえた気がした。

​「遅いよ、京一郎」

​幻聴か。それとも、意識の終焉か。京一郎は、最後の力を振り絞って、微笑んだ。

​「そうか……待たせてしまったな」

​彼の視界が白く濁り始めた。体内の全ての痛みと苦しみが、一瞬で消え失せる。軽くなった体。自由になった魂。

​彼は、最後に強く目を閉じ、そして、もう一度目を開いた。

​目の前には、十年前と変わらない、無垢な笑顔を浮かべた飯山海子が立っていた。

​彼女は、京一郎の手を取り、囁いた。

​「さあ、行きましょう。京一郎。私たちが、永遠に一緒になれる場所へ」

​京一郎は、ただ頷いた。

​彼らの魂が、緋の空の下、どこまでも深く、暗い闇へと消えていく。

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