第2話 了解
慎一は、直人に連絡を入れる時、
用件を詳しく書いたことがなかった。
「今、少し話せる?」
それだけでいい。
理由を書かなくても、直人は聞かない。
それを、慎一はもう知っている。
その夜も、同じだった。
駅のロータリーに停まった車に乗り込むと、
直人は軽く顎を引いただけで、
「お疲れ」とも言わなかった。
エンジンがかかる。
ラジオはつけない。
沈黙は、いつの間にか二人の了解事項になっていた。
(助かるな……)
慎一は、シートに深く背中を預ける。
家に帰る前に、
何も求められない時間がある。
それだけで、息ができた。
「……悪いな」
慎一が言うと、直人は前を見たまま答える。
「別に」
それ以上、会話は続かない。
でもその「別に」が、
拒絶じゃないことを慎一は知っている。
街灯が、フロントガラスを流れていく。
慎一は、直人の横顔を盗み見る。
昔から変わらない。
感情を表に出さない顔。
でも、ハンドルを握る指先だけが、少し硬い。
(わかってくれてる)
慎一は、そう思う。
自分が直人を友達として必要としていること。
それ以上は、望んでいないこと。
言葉にしなくても、
行動で伝わっているはずだと。
「由紀がさ……」
慎一は、ぽつりと妻の名前を出す。
直人は、何も返さない。
でも、耳を塞がない。
「最近、ちょっと冷たくてさ」
慎一は苦笑する。
「まあ、俺が悪いんだけど」
直人は、少し間を置いて言った。
「……そう思ってるなら、いいんじゃない」
その言葉に、慎一は安心する。
責められない。
踏み込まれない。
ちょうどいい距離。
(やっぱり、友達だ)
慎一は、そう結論づける。
直人の中に、
自分への特別な感情があることを、
慎一は昔から知っている。
でも、直人は線を越えない。
迎えに来るだけ。
黙って、送り届けるだけ。
それが、
友達でいようという意思表示だと、
慎一は信じていた。
家の近くで車を降りる時、
慎一は振り返って言う。
「ありがとな。助かった」
直人は、軽く笑う。
「寝ろよ」
それだけだった。
慎一はドアを閉め、
車が去っていくのを見送る。
その背中を見ながら、
なぜか一瞬だけ、胸がちくりとする。
でも、すぐに打ち消す。
(考えすぎだ)
自分たちは、
ちゃんと大人だ。
ちゃんと、友達だ。
慎一はそう思いながら、
玄関の鍵を開けた。
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