5.結と悟と、黒崎と〜②〜

水城の言葉に、図書室の空気がぴん、と張り詰める。


「黒崎の“本隊”が来るわ」


道都がすぐに立ちあがり、寛も場所を空けるように移動する。


「本隊って……黒崎以外にも?」


水城は短く頷いた。


「黒崎が動く時はいつも“影”がついてくるの。

 あれは汚染――記録に触れて歪んだ残滓。

 黒崎は長い年月、その闇に身を置いてきた」


あかりは唇をかみしめた。


(黒崎さん……そんなものまで抱えてるの……?)


その表情を読んだように、水城が優しく言う。


「でも安心して。

 黒崎本人は、もうあなたに手を上げない。

 ――あなたが、さっき“あの人の止まりかけた記録”を繋いだから」


あかりは小さく息を飲む。


「記録……?」


悟はその横顔を見て、静かに目を伏せた。


水城は悟に向き直り、ゆっくりと言った。


「悟君。

 そろそろ……自分のことを話すべきよ」


悟は薄く笑い、目を閉じた。


「悟君……?」


寛が半泣きで指をさす。


「お前まさか“実は俺、配合ミスで生まれました”みたいな怖い告白じゃねぇだろうな!?」


「似てるけど違うよ、寛君」


悟は苦笑し、それから――あかりの方へ向き直った。


あかりは胸がざわめくのを感じる。


悟の体から、光の紙片がふわりと舞い始めた。


本が破れていくような、静かな光。


寛「わああっ!? 悟、光ってる!! これ消えるやつ!? 昇天!? どっち!?」


道都「寛、まず口閉じろ。五月蝿い」


悟は肩を震わせつつも優しく微笑んだ。


そして言った。


「僕はね、あかり。

 本当は――人間じゃない」


あかりの心臓が跳ねる。


水城が言葉を添えた。


「悟君は“図書室が生んだ守護者”。

 記録を維持し、未来の選択者を導く存在よ」


悟は静かに続ける。


「僕は――結さんが最後に残した“願い”を核にして生まれたんだ。

 結さんは事故で、黒崎さんの手で命だけは助かった。

 でも……その代償に、大切な記録のいくつかを失ってしまった」


あかりの喉が震える。


悟は優しくあかりを見る。


「水城先生と黒崎さんは、もう二度と誰も傷つけない仕組みが必要だと思った。

 ――“状況が把握できて、動いて守れる存在”を。

 その願いと記録庫の力が混ざりあって……僕が生まれた」


光が悟の体にまとわりつき、紙の紋様が浮かぶ。


「だから僕には、過去がない。

 生まれた時から“役目”だけがあった。

 あかり、君を守り、選択へ導くことだけがね」


あかりの目に涙がにじむ。


「悟くんは……私のお母さんの……願い……?」


悟は静かに頷く。


「君を幸せに、自由に選ばせてあげたい――

 それが結さんが最後に残した願いなんだ」


水城が補足する。


「悟君は長く存在できるような構造ではないの。

 記録と願いと呪いから生まれた“仮初めの命”。

 本来ならとっくに消えていたはずだった」


寛が声を震わせる。


「じゃあ……悟……消えちまうのか……!?」


悟は優しく微笑む。


「大丈夫。

 あかりの選択を見届けるまでは、僕は消えない。

 それが――僕が存在している意味だから」


道都が拳を震わせた。

寛も珍しく、泣きそうになりながらも

「……ふざけんな。勝手に消えるなんて……」

そう呟きながら俯いている。


悟はほんの少し照れたように笑った。


そしてあかりに歩み寄る。


手を伸ばしかけて――

光が指先を削るように震えたため、悟はそっと手を引っ込めた。


「……触れたら、壊れそうで」


あかりは涙を拭って叫ぶ。


「壊れないよ!!

 悟くんは悟くんだよ……!

 私が触れたって、消えるわけない……!」


悟の目が揺れ、初めて“人の弱さ”が宿る。


「……あかり。

 本当はね。

 君の選択を聞くのが少し怖いんだ」


あかり「え……」


悟「僕は選ばれたいわけじゃない。

 でも……君と過ごすうちに、感情が生まれた。

 期待してしまう自分が、どうしようもなく怖い」


あかり「悟くん……」


悟ははっきりと言った。


「僕は“物語を見守る記録”。

 でも今は――

 “君に生かされている、ひとりの男”でもある」


水城が静かに息をついた。


「……以上が悟君の正体。

 結さんが残した“最後の守護者”」


道都が悟に背を向けながら呟く。


「……なら、なおさら守ってやらなきゃな」


寛が鼻をこすりながら言う。


「悟がいないと困るのは俺だしな……

 宿題全部一緒にやってくれたし……」


悟は照れ笑いする。


水城の表情が凛と引き締まる。


「――説明は以上。

 もう来るわ」


扉の向こうから黒い影がじわりとあふれ始めた。


「黒崎の“影喰い”」


悟は光を集め、あかりの前に立つ。


消えかけていても、その背中はまっすぐだった。


「行こう、みんな。

 これが――あかりの“選択”へ向かう道だ」


あかりは三人の背中を見つめ、胸に強い鼓動を感じた。

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