2.真実の矢、放たれる
黒い風が吹き荒れ、ページのざわめきが空間を満たす。
黒崎の手から放たれた魔力が波紋のように広がり、図書館の壁という壁を染め上げていく。
照明は次々と消え、静寂の中に低い笑い声だけが響いた。
「この図書館は……私のものだ」
黒崎の声は冷たく、確信に満ちていた。
「させるものですか!」
あかりは矢を構え、足を踏み出す。
真実を見抜く射手――その力は、彼女の瞳に宿る。
光の粒が視界を満たし、世界が一瞬だけ透けて見えた。
だが、すぐに視界が歪む。
「……っ!?」
目の前の景色がゆらりと揺れ、道都の姿が二重に見えた。
「道都くん……!?」
「幻覚だ、あかり!」
道都の声が遠くから響く。
「黒崎の魔術は、心を惑わせる類だ!目に見えるものを信じるな!」
あかりは息を詰め、瞳を閉じた。
初めての本格的な戦闘を経て、体中に緊張と疲労が残っている。
けれど心は、わずかに揺れながらもしっかりと定まっていた。
自分の中にある、静かな光を感じる。
「……見抜くのよ、私」
再び目を開いたとき、彼女の瞳は金色に輝いていた。
射手座の紋章が胸元で脈打つ。
偽りの像が溶け、真実の輪郭が浮かび上がる。
黒崎の幻術の裏に隠された、ひとつの魔法陣が――。
「そこ……!」
あかりの矢が放たれた。光の軌跡が空を裂き、幻術の中心を貫く。
バチッ、と火花が散り、空間が震えた。
途端に、図書館の景色が現実に戻る。
黒崎の顔がわずかに歪んだ。
「なるほど……“真実の矢”か。協会でも滅多に見られない力だ」
道都がすぐに横に並び、あかりを守るように立つ。
「君の力がなければ、今頃ここは完全に飲み込まれていた」
あかりは深呼吸し、矢を下ろす。
戦いを終えた緊張の余韻が心と体に残る。
初めての戦闘だった――怖かった、痛かった、それでも戦えた自分に、少しだけ誇らしさも混ざる。
「でも……寛と悟が……!」
あかりは振り返り、奥の通路を見つめた。そこからは、まだ戦いの音が微かに響いている。
黒崎はゆっくりと歩み寄る。
「仲間を思うのは結構だが……もう遅いかもしれないな」
その一言で、あかりの胸が締めつけられた。
「……そんなこと、言わないで」
震える声で返すと、黒崎は愉快そうに笑った。
「君たちの“守護”ごっこなど、いずれ崩れる。人の心は脆い――真実など、残酷なだけだ」
「違う!」
あかりは弓を握りしめた。
「真実は、誰かを救うためにある!」
彼女の言葉に呼応するように、弓が再び光を放つ。
「道都くん!」
「合わせる!」
二人は息を合わせた。
道都が詠唱を始め、蒼い魔法陣が床に広がる。
「双子座の鏡よ、真実を映し出せ――!」
透明な結界が黒崎を包み込み、彼の魔力の流れを一時的に固定した。
「今だ、あかり!」
あかりは矢を番え、全身の力を込めた。
「――射抜け!虚偽を裂く光!」
放たれた矢が、黒崎の結界に突き刺さる。
轟音とともに黒い霧が弾け、空気が一瞬にして浄化された。
煙の向こうに立つ黒崎は、薄く笑いながら手を下ろした。
「……面白い。確かに君たち、ただの学生ではないようだ」
「あなたの目的は何なの!」
あかりの問いに、黒崎は背を向けた。
「この図書館に眠る“始まりの書”――それがあれば、全てをやり直せる。 過去も、未来も、運命すらもな」
「そんなものを使えば――」
道都の言葉を遮るように、黒崎は黒い煙の中へ姿を消した。
「また会おう、守護者たち」
静寂が戻る。
残されたのは、焦げた空気と本棚のきしむ音だけ。
あかりは弓を下ろし、深く息を吐いた。
「……怖かった。でも、見えたの。嘘の奥にある、本当の形が」
戦いを終えた実感が、心に少しずつ重みとして残る。
初めての戦闘で受けた恐怖と、それでも戦えた自分の強さ。
胸の奥で、矢の光とともに、射手座としての覚悟が確かに根付いた。
「それが君の力だよ。射手座の異能――“真実の眼”」
道都が微笑んだ。
けれど、その瞳の奥にはわずかな陰が宿っていた。
黒崎が言った“始まりの書”。
それは、彼自身が長く探していた禁断の本――図書館の最奥に封印されている“原初の記録”。
彼は小さく呟く。
「やっぱり……あいつの狙いは、そこか」
その声は、雨音にかき消されるほどの小さな決意の響きだった。
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