3.生徒会長の重圧

翌日、あかりは偶然、道都の生徒会長としての一面を目撃した。

昼休み、職員室近くの廊下を歩いていると、生徒会室から声が聞こえてきた。


「会長、これは無理です!予算が全然足りません!」


副会長らしき男子生徒の声。


「予算がないなら、他から削減するしかない」


道都の冷静な声。


「でも、どこを削減すればいいんですか!?各部活はもうギリギリで運営してるんですよ!」


「無駄を省けばいい。各部活の予算を見直し、本当に必要なものだけに絞る」


あかりは興味を持って、生徒会室の扉の近くに立った。中の様子は見えないが、会話は聞こえる。


「会長は冷たすぎます!部活の予算を削ったら、みんなが困ります!」


「困るのは分かっている」道都の声は相変わらず冷静だった。「でも、学園全体の予算には限りがある。全ての要求を叶えることはできない」


「それは分かってますけど…もう少し、柔軟に考えることはできないんですか?」 


「感情で判断してはいけない」


道都は厳しく言った。


「生徒会は、学園全体のことを考えなければならない。一部の生徒の要望だけを優先するわけにはいかない」



「…分かりました」


沈黙の後、副会長が諦めたように返答した。


「では、予算案を修正して、明日までに提出します」


「頼む」


足音が近づいてきた。あかりは慌てて、廊下の角に隠れた。生徒会のメンバーたちが、疲れた表情で部屋を出ていく。


「会長、厳しすぎだよな」

「でも、間違ったことは言ってない」

「そうだけどさ…もう少し、人間味があってもいいのに」

「会長は、あれでいいんだよ。感情で判断されたら、それこそ困る」


メンバーたちの声が遠ざかっていく。

あかりは生徒会室の扉を見た。中からは、もう声は聞こえない。


そっと覗くと、道都が一人、机に向かって書類を整理していた。その背中は、どこか寂しそうだった。


あかりは生徒会室に入った。


「瀬野先輩」


道都は驚いて振り返った。


「結城?どうしてここに?」

「通りかかって…大変そうでしたね」


道都は溜息をついた。


「ああ。予算会議はいつも揉める。みんな、自分の部活のことしか考えていない」


「でも、先輩は正しいことを言っていたと思います」


道都は苦笑した。


「正しい?」道都は椅子に深く座った。


「正しいかもしれないが、それで誰も幸せにならない」


「そんなことありません」


道都はあかりを見た。


「僕は、みんなから嫌われている」


道都は静かに言った。


「冷たい会長、融通の利かない会長、人間味のない会長。陰でそう言われている」


「でも、先輩は学園全体のことを考えて判断しています」


「考えているだけでは、足りない」道都は立ち上がった。


「生徒会長は、みんなを幸せにしなければならない。でも、僕にはそれができない」


あかりは道都に近づいた。


「先輩は、十分頑張っています」

「頑張っているだけでは、意味がない」

「いいえ」あかりは道都の手を取った。


「先輩の頑張りを、ちゃんと見ている人もいます。私とか」


道都の目が僅かに見開かれた。


「君は…」


「先輩は、誰よりも責任感が強くて、誰よりも真面目で、誰よりも学園のことを考えています」あかりは微笑んだ。「それを、私は知っています」


道都は何も言わなかった。ただ、あかりを見つめていた。


その青い瞳に、何か別の感情が浮かんでいた。

「ありがとう、結城」道都は小さく笑った。「君がいると、少し楽になる」


その時微かにあかりの胸が高鳴った。


道都の、本当の笑顔。それを見られるのは、自分だけかもしれない。

そう思うと特別な気持ちになり、ほんの少し柔らかい表情を浮かべた。


「先輩、今日のお昼ご飯、食べましたか?」

「いや、まだだ。仕事で忙しくて」

「じゃあ、一緒に食べませんか?私、お弁当持ってきてるんです。半分こしましょう」

道都は少し驚いた表情を見せた。「いいのか?」

「はい。先輩は働きすぎです。ちゃんと食べないと」


道都は微笑んだ。


「…では、お言葉に甘えるとしよう」


二人は生徒会室で、あかりの弁当を分け合った。

簡単な卵焼きとおにぎりだったが、道都は美味しそうに食べた。


「美味いな」

「本当ですか?」

「ああ。手作りの温かさがある」

あかりは嬉しくなった。

「今度、もっと作ってきますね」

「いや、無理はしなくていい」道都は優しく言った。「でも…機会があれば、また頼む」


二人は笑い合った。

その時間は、あかりにとって確かに、少しずつ心の縮まるような……そんな特別なものだった。

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