第5話 節奈は反社に脅されかかった
なんだ、これは?
ただ私を車に乗せて、駅前のワンルームマンションの前で停車し、缶のお茶を渡しただけで終わり。
脅しでも軟禁状態にあったわけでもない。
ひとつの脅しに違いない。言うことを聞かなかったら、これだけでは済まないぞ。
もっとひどい目にあわせるぞという、脅しの前触れ、宣戦布告なのだろうか?
あいつらは反社? いや、そんな証拠はどこにもない。
監禁されたわけでもないし、暴行を加えられた事実もない。
要するに、あいつらと関わったからには、もう節奈はあいつらの子分である。
これからあいつらの言うことを聞けという、脅しに似た合図なのだろうか?
節奈の思考回路の範疇では、わからない、いや想像すらつかない。
そういえば、反社は法律の網の目をかいくぐって、合法的に犯罪まがいのことをするという。
節奈は、その仲間に入れというのだろうか?
そしてこれは、その為の見せしめであり、逆らう真似をすると、どんな危害を及ぼすやら想像もつかないだろうという、予告なのだろうか?
節奈は、自分が今まで未体験の別世界に無理やり連れて行かれそうな、不気味な予感にかられ、背筋が寒くなった。
「なあ、節奈、またアカデミックに行こうよ」
昼休み、気楽な調子で村木が誘ってくる。
節奈はあの一件以来、今まで日常だと思っていたことが、いかに気楽な幸せであったということを痛感していた。
自分は今まで、陽だまりに包まれて生きてきた幸せな人種だったに違いない。
最近の節奈はひきこもり気味である。
「えっ、どうして? 勉強だったら家でもできるじゃないの」
「そりゃそうだけどさ、でも、あーいうのって、ちょっぴりスリルがあるじゃん。
この前担当だったつばきさんって、色気ありそうだし」
「わかった。村木君って色気が目的なんだね。もうエッチ」
節奈はわざと冗談を飛ばし、村木の笑いを誘った。
そうしなければ、恐怖感で自分が壊れてしまいそうだった。
「おいおい、節奈。元気ないぞ。なにかあったのか?」
もちろん節奈は、反社まがいとの一件を口外するわけにはいかない。
わざと強がりのポーカーフェイスをつくり、何気ない物言いをした。
「えっ、なにもないよ」
しかし、やはり村木は年配男性である。
「そうかあ、でもなんとなく怯えているような感じがするぞ。
ひょっとして、エッチ関係か?」
「えっ、またどうして?」
「だいたい女が堕ちていくのは、男関係だって。
女性受刑者は全員が男絡み、そして半分は既婚者だとな。
もちろんそのなかには、子供のいる女性も含まれてるよ」
節奈はためいきをついた。
「そういうものかなあ。そういえば、麻薬の売人は男性だものね。女性は麻薬を吸わされた挙句、売春という道に堕ちていく一方だものね」
村木はうなづいた。
「今日も、二世俳優が逮捕されたなあ。どうしてなのか?!
麻薬っていうのは、アメリカの貧民街が流行るというがなあ」
節奈は、村木の言葉に同調した。
「ヒップホップダンスなどのストリートダンスは、差別された若者が、麻薬などの犯罪に走らないためだというわ。
今流行りの、大きな穴のあいた色のあせた古びたジーンズも、ボロは着てても心は錦といって、貧乏=犯罪者じゃないぞということを証明するためのものだというわ」
村木は考え込むように言った。
「日本と違って外国は差別がひどいものなあ。
今でこそ黒人のことをアメリカ人というが、昔は黒人は奴隷だったものなあ。
想像もつかないよ。
でも、日本は今は平和だけど、自殺や麻薬が流行るということは、日本人の心は戦争一歩手前かもしれないな」
節奈は思わず同調した。
「そういえば、2025年は離婚率過去最高、子供の不登校率過去最高、いじめ件数過去最高、それに伴うかのように自殺件数過去最高、特に小学校低学年の自殺が、十年前の六倍になっているというわ。
しかしなぜか、四十歳代女性の妊娠率が、二十代女性を上回ったというわ」
村木はウームとうなった。
村木は口を開いた。
「これは聞いた話だけど、麻薬は疲労回復だけでなく、うつ病を治す働きがあるんだよ。
また一時的に集中力が高まり、物覚えがよくなったり、頭の回転が速くなったりすることもあるわ」
節奈は思い出したように答えた。
「戦争中はヒロポンなる麻薬が流行ったらしいわ。
ミヤコ蝶○も心身ともにスーッとするために打ってたってテレビで発言し、お叱りを受けていたわ」
村木は思いついたように言った。
「ひょっとして順風満帆に生きてきた奴よりも、貧困とかいじめとかで苦労した奴の方が、最後の時点で勝利したりしてな」
節奈は大きくうなづいた。
「それは言えるわ。経営者はアホボンでは成り立たないって」
「まあだいたい、坊ちゃんとかお嬢ちゃんとかいう言葉が、褒め言葉とされるのは二十歳まで。二十歳過ぎたらからかいの言葉でしかないな。
苦労知らずの世間知らずイコール、騙されてあたり前という同義語だよ」
「それじゃあ、今のうちに苦労しておいた方がいいのかな?」
しかし、節奈には苦労というのがどういうものなのか、見当もつかなかった。
怪訝そうな顔をする節奈に村木は答えた。
「この世は愛想で始まり、都合でマッチングアプリの如く、魅かれ合う。
愛想のいい人は善人で、お互いの都合が合えば、つきあおうと決心する。
これが詐欺師のやり口だよ」
節奈は感心したように、村木を見上げた。
「そうねえ、今流行りのホスト問題なんてまさにその通りね。
最初は女性に愛想よくして、都合のいい人になり、金をむしりとる」
村木は答えた。
「そういえば、NHKの報道番組で言ってたな。
『女性客に、肝臓や腎臓を売ってこい(臓器売買)お前の身体が五体不満足になろうと知ったことか』
『海外売春をしてこい』ゾーッとする話だな」
節奈は思わず
「あっ、その番組、私もリアルタイムで見たよ。ブルブル状態になっちゃった」
村木は同調して答えた。
「オレもゾーッとしたけど、でも引っかかる女性はやはり世間知らずが多いな。
それと社交的でなく、親友の少ない女性、まあそれもこの頃は、少子高齢化で仕方がない話であるが。
ホストに無理やりシャンパンを入れられても
『君のために入れたんだよ』と言われると納得しているうちに、十万円のシャンパンがいつしか五十万円のプラチナシャンパンになり、あげくの果てに百五十万円のシャンパンタワーに値上がりしてしまう」
節奈も同調したかのように言った。
「そういえば『店に来てくれなければ君との関係も終わる』だの
『君と結婚して店を経営しよう』と持ちかけ、なんと実家に押しかけ婚姻届けまで書くというわ」
村木はこぶしを握りながら言った。
「女は金の成る木であり、金ヅルとして奪い取ろうとしか思っていない。
口のうまいホストがある風俗嬢に発した言葉
『金を貢いでくれなければ、お前と会ってる意味がないじゃん』
どうして、女は甘言に引っかかるのかなあ?!
あっ、長居させてゴメンよ。節奈はオレの話を聞いてくれるから、ついつい話しすぎちゃった。この続きはまたな」
節奈は村木の言葉の意味を考えながら、家路に着こうとしていた。
そのとき、なんと未有先輩とバッタリ出会った。
「久しぶりだね。節奈にあやまらなきゃいけないことがあるよ。
私のおかげで、下っ端反社から脅しにあったみたいなことを聞いたよ。
といっても、もちろん私は関与したわけではないけどね」
節奈は思わず
「まあ、あのときはビビりました。
だって、急に車に乗せられワンルームマンションの前まで来さされたんだから。
レイプされるんじゃないかとビビりまくったわ。
まあ、実際には缶のお茶を渡されただけで終わったけどね」
未有先輩はほっとしたような顔をして
「まあ今の時代は、ネットがあるので、つぶやきといった形でネットに書いても、拡散し炎上する恐れがあるから、滅多なことができないね。
マスメディアも悪い奴、事件を起こしそうな奴に対しては、格好のネタとばかり、徹底的に調査して叩くからね。うっかりしたことはできないよ」
節奈は答えた。
「別に未有先輩が悪いわけじゃないですよ。こんなことって、現代の女性なら誰でもありうることですよ。
それよりも下っ端とはいえ、反社を直接見ることができて、社会勉強になりましたよ。今まで私が見たこともない世界だったからなあ。
あーゆー人って独特の雰囲気がありますね。威圧感というか、底知れぬ暗さというか、でも初めは優しいといいますね」
未有先輩はうなずいた。
「まさにその通り、あーゆー輩は最初は優しいんだよね。それで女をひっかけて、あとは金にするんだよね。麻薬を打たせて風俗行き、あっ今は、コロナの影響で流行らなくなっちゃったから、ネットストリッパー行きだよ。
ネットストリッパーというと、ネット上の動画でヌードを見せることだよ。
北朝鮮で流行っているというがね」
節奈は思わず眉をしかめた。
「確かにネット上だと肌が触れあうことはないけれど、その代わり世界中に配信されるかもしれない。顔出しだったらどうなるんでしょうね。
一生が台無しになりそう」
未有先輩はふと言った。
「私とつきあっていることで、節奈に迷惑をかけるんだったら、私はこの場で身を引くよ。私にとって節奈は初めての友情を築ける友達だった。
私は反社組長の愛人の娘だということは、誰にも内緒にしていたし、それを知られたくないために勉強も頑張った。
しかし節奈なら素顔をさらけだしてもいいと思ったんだよ」
節奈は答えた。
「私の人生、平凡で平和で温室育ちのお嬢ちゃんって言われたことがあったわ。
でも未有先輩と出会ってから、いろんな世界を知り、いろんな人をみて社会勉強になりましたよ。
これで詐欺にひっかかったり、悪党の餌食にならずにすみそうです。
これからも、未有先輩と友達でいて下さい」
未有先輩は照れくさそうに笑いながら
「そう言われば嬉しいよ。
ところでここだけの話だけど、今流行りのアカデミック学習塾のつばきっていう女性講師、知ってるかな?」
つばきというと、村木兄さんがゾッコンになりかけのアカデミック学習塾の女性講師である。
つばき講師は、なんとも色気のあるいやその色気を売り物にしてみたいなので、有名人だったりしてね。
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