第3話 節奈は聡明な大人に成長しつつある
レディーコミックの世界じゃないが、やはり女性はセックスを愛の絆と信じ、男性に肩を組まれると、ラブホテルに行ってしまう傾向がある。
しかし結婚前のセックスは、愛じゃなかったんだ。
ただの欲望の道具でしかない。
また、セックスで女性の心身を縛ることにより、売春に利用する大人のなんと多いことか。
まあそういった大人に限って、最初は優しいのが通例である。
節奈は、以前NHKの報道番組で見たホストの言葉が頭を駆け巡った。
売掛金が遅れた女性客に向かって
「腎臓や肝臓を売って金にしてこい。お前の身体が五体不満足になろうとおれ達の知ったことか!」
「外国で働いてこい(海外売春の勧め)!」
男って怖い。
男なんて簡単に信用しちゃダメだ。
節奈は、この会話を聞かなきゃよかったとも思ったと同時に、セックスに対する厳しい戒めのように感じた。
まさに「あなたは姦淫してはならない」(十戒)であり、結婚前のセックスは同棲も含め、女性にとって不利なだけだと痛感した。
未有先輩は、きっぱりと宣言するかのように言った。
「節奈、私は、敵方の反社に狙われる危険性があるから逃亡生活に入るかもしれない。ラインだと居場所がばれる恐れがあるから、ときどきメールで連絡するかもしれない。だから居場所は聞かないでほしい」
未有先輩のいきなりの発言に、節奈はどう反応していいのかわからない。
「逃亡生活!?」
節奈は、今まで体験したこともない別世界の現実に、ただただポカンとしたような口調で答えるしかなかった。
「三月になれば、私は今寺高校を受験するつもりだよ」
「未有先輩なら合格間違いなしだと思うわ」
節奈は、そう励ますしかなかった。
「未有先輩にはいろいろお世話になりました。
未有先輩がいなかったら、私の人生、どうなってたかわからなかったです。
悪党に騙され、取り返しのつかない道に堕落してたかもしれないなんて思うとゾーッとします」
節奈は、勉強嫌いだった小学校時代とは違い、今は勉強好きの優等生になっていた。
教師からも、期待の目で見られている。
未有先輩は答えた。
「たとえお世辞でも嬉しいよ。節奈と私とは、しょせん住む世界が違うけど、私もこれで人の役のたつことができたなんて、光栄の至りだよ」
節奈は思わず笑いながら答えた。
「そんなあ、お世辞なんて。私は社交辞令がいえるほど、世渡り上手じゃないですよ。未有先輩との友情を、忘れることはないでしょう。
そうしたら、たとえ高齢者になっても詐欺師にひっかかることはなさそうですね」
未有先輩は深刻な顔で言った。
「詐欺師というのは、高齢者を相手に、話し相手から一見親身になってくれるという友情を装ってすべてを奪っていく。
結婚詐欺のことを赤詐欺というけれど、引っかかっちゃダメだよ」
そう言いながら、未有先輩は節奈にやわらかく、少し黒ずんだバナナを渡した。
「私は今これを食べて生活してるんだ。
バナナのもやし炒めって、ポン酢をかけたら結構おいしいよ。
当分の間、会えないかもしれないが元気でな」
未有先輩は、節奈に手を振って別れを告げた。
節奈が初めてみる、未有先輩の子供のような無防備かつ無邪気な表情だった。
「私、今寺高校を合格したよ」
三月の下旬、未有先輩から節奈に電話報告があった。
「うわっ、おめでとうございます」
節奈は無条件に、未有先輩の合格が嬉しかった。
「喜んでばかりはいられないよ。一応、公立高校だから校則はそう厳しくないけど、進学校だから勉強についていくの、難しそうなんだ」
「でも未有先輩って、根性レディーだからそれを克服できると思いますよ」
未有先輩は笑いながら答えた。
「根性レディーなんて、初めていく言葉だね。
節奈も、根性をもって悪いことには手を染めず、詐欺師にはひっかからないようにね。悪党のやり方は、まず恵まれない子に親切にして、親友になったとたん、一度にやさしさの仮面を外し、恐喝や売春など悪事を強要するからね。
可愛いとかきれいだとか、うわべだけの甘い言葉にだまされちゃダメだよ。
あっ、節奈は化粧しなくてもこのままで十分アイドル一歩手前の可愛い系だよ」
節奈はまた笑いながら答えた。
「あと、二年したら私も今寺高校に入学するつもりです。
未有先輩にはいつまでも、良き先輩でいてほしいです」
「ああ、早くその日がくるのが待ち遠しいよ」
未有先輩は後姿から手を振りながら、別れを告げた。
それから、二か月後、初夏の風が吹く季節が訪れた。
繁華街を歩いていると、テニスウェアのミニスカートの女性たちがたむろしている。
今、流行ってはいるが、問題になりつつあるキャッチガールである。
さすがに、ひと昔のようにキャミソールのような、きわどい衣装に身を包んではいない。というのも、連れていくのはキャバクラやサロンのような男の遊び場ではなくて、なんとパソコン塾である。
パソコンをマンツーマンで家庭教師をするという、新手の塾が現れたのだ。
学習塾というと、小中学生がいく進学塾というイメージがあるが、現在は求職中の若者から実年層が多いため、格安の値段でゲーム感覚で学力を身につけようとするものである。
英語検定、漢字検定、簿記検定、あとは法律の基礎をパソコンを使ったゲーム感覚で学ぶのである。
逆に、格安なので未成年者は入場禁止である。
来年から高校無償化であり、公立高校とは一桁違う私立高校も無償化になるという時代でなので、経済的に優遇されつつある未成年者は、入場禁止としているという大義名分が公表されている。
しかしこのことも、さまざまな疑惑が生まれつつある。
大人の学習塾というのは表向きで、実際客層は、アフター要するに店外デートが目的なのではないかという疑惑である。
しかしそれはあくまで疑惑の範囲内であって、店外で会っているという現場を見た人はいない。
もちろん学習塾だから、飲酒禁止、いや教室ではパソコンにこぼすと支障がでるから、缶ジュースさえも禁止であるし、21時が最終授業である。
警察も手の出しようがない。
実際には、女子高校生や大学生が、バイト感覚で講師にしているらしい。
当然、偏差値の高い高校が、有資格者しか講師の資格は与えられない。
しかし、ブラウンのスーツとはいえ、胸の開いた白いブラウスは講師という堅いイメージは感じられない。
世の中が不景気だと、こういう新手の摩訶不思議なものが出没するのだろうか?
しかし、やはりこういうきわどい系の新手商売というのは、法律を研究し、警察の厄介にならないように工夫がこらされている。
水商売の場合、一万件のうち、一件でも警察沙汰になると法律が改正される恐れがある。
昔は風俗案内所や風俗求人雑誌なるものが存在したが、いずれも取り締まられてしまった。
単なる専門学校なのか、風俗系なのか、それは今のところ明確ではないが、いずれ時とともに暴露されるだろう。
節奈は中学二年生になった。
成績はトップだったが、優等生=品行方正、模範生とみられる。
残念ながら、節奈はそれが窮屈だった。
「おーい、節奈ちゃん」
クラスの風紀委員の男子、村木が節奈を呼びだした。
「なあに、またノート見せてくれって言うの?」
村木は少し不服そうに言った。
「じゃないよ。オレの兄貴がお前と会いたいって言ってるんだ」
節奈は怪訝そうな表情をし、目をパチクリさせた。
「どういうこと? 私は村木君の兄貴のことは知らないよ」
村木は説明するかのように言った。
「小学校の修学旅行のとき、オレを迎えにきてくれた兄貴と一度だけ、会ったというより、見かけただろう?」
「えっ、覚えてないよというより、まったく知らないよ」
節奈は不思議だった。
全く見ず知らずの人が、自分の存在を知っていて、会いたいと言っている。
有名人でもあるまいし、不思議としか言いようがない。
新興宗教の勧誘なのかな?
社交性のない人だったら、ホイホイついて行きそうであるが、その裏には金銭が絡んでいるケースが多い。
「実はオレの兄貴は、節奈とアカデミックに行きたいと言ってるんだ」
アカデミックというと、お色気専門学校などと異名をつけられているパソコン塾だが、この頃は英会話や中国語など語学学習や法律一般、心理学にも手を広げている。
たとえば「いてもいなくてもそう影響を及ぼさない、雇われ管理職というのは、一見聞こえはいいが、その実、都合の悪いことや、異常事態が勃発すると、その雇われ管理職に責任を負わせようとする裏が潜んでいる」とか
「ときおり女性の場合、入社時から課長待遇といったケースがあるが、それは裏を返せば、クライアントからセクハラまがいのことをされても、訴えることはできず、ひたすら我慢するか、自分の手で解決しなさい。
水商売の女性如く、それを逆手にとってクライアントを増やしなさい。
といったケースもありうるから要注意!」
などという、心理学も教えているという。
正直いって、千尋も興味はあった。
学校では教えてくれない、世の中の裏を勉強できそうである。
「そうね、実は私も一度、アカデミックに行ってみたいと思ってたんだ」
「じゃあ、今度オレと兄貴と節奈とで三人で行ってみようよ」
節奈はラッキーと思った。
今週の土曜日の午後二時に、繁華街のデパート前で待ち合わせすることになった。
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