試合終了のあと新しい試合が始まる(後編)

すどう零

第1話 有名反社組長の愛人の娘に危害が及びそう

 中学二年の節奈は未有先輩と出会ってから、新しい世界を体験し、今まで予想もつかなかった人生を歩みそうな予感がしていた。

 実は未有先輩は、有名反社 信田連合の組長の愛人の娘という宿命を背負って生きていた。

 お世話になった未有先輩の誕生日プレゼントをデパートで選んでいると、急に背後から声をかけられた。


「あんた、未有さんの後輩かい?」

 男性の声に振り向くと、そこには二十五歳くらいのイケメン男性が立っていた。

 スラリとした長身をピンクのブラウスで包み、長い脚を黒いズボンで覆っている。

 うわっ、かっこいいな。まるで俳優みたいだ。

「はい」

 怪訝そうな返事だけをすると、男性は去って行った。

 何者だろう?

 ひょっとしてこういうのが、インテリ反社というのかもしれない。

 ということは、未有先輩にも危害が及ぶのだろうか?

 節奈は、やばい予感がした。


 そうなったとしても不思議はないだろう。

 未有先輩は、マスメディアを賑わわせている信田連合組長の愛人の娘なんだから。

 反社の本当の敵は、身内間だという。

 組長の命令には絶対服従。そして内部抗争も勃発して当たり前。

 そうなれば誘拐事件のように、人質にとられるということも考えられる。

 節奈は、背筋が凍るような予感がした。


 翌日、未有先輩の家に行った。

 鍵はしまったままだが、管理人さんらしき人がうろうろしている。

「私は管理人だけどねえ、この家の親子は、家賃だけ振り込んでどこかへ行ってしまったんだよ。行き先は、私が知る由もない」

 昨日から、行方不明らしい。


 節奈は、どうしたらいいのかわからない。

 しかし、いろんな情報をキャッチし、私に出来る限りのことはしてみようと決心した。

 このことは、未有先輩に対する御恩がえしでもあるが、同時に節奈の正義感から生じる感情でもあった。


 節奈は、未有先輩に会いたかった。

 いや、どこでどうしているのだろう。元気でさえいてほしい。

 未有先輩の誕生日プレゼントに買った十字架のネックレスのリボン包みをもって、たたずんでいた。

 始めは小銭入れにしようと思っていたが、なぜか十字架のネックレスに人生の救いのよなものを感じて選んだのだった。


 アクセサリー部門で十字架がいちばんの人気だという。

 そのつぎは、スカルや星やハートなど、時代によって変わるが、なぜか時代が変わっても十字架が圧倒的人気であるという。

 十字架とは元は処刑道具で、イエスキリストが人類の罪のあがないのために処刑されるための道具だったという。

 だから、罪を犯した人間でも反省し、イエスキリストの十字架を信じれば更生できるという。

 幸い、節奈はいわゆる万引きなどの悪さをしたことがなかった。

 しかし、今の時代、自分を救ってくれる大人だと思って会いにいったら、オレオレ詐欺の受け子の如く、犯罪グループの仲間に引き込まれ、取り返しがつかなくなることもある。

 

「悪魔はいつも光の御使いのようなやり口をする」(聖書)

 この人は自分に優しくし、話し相手になってくれるから善人、でも自分を無視する不愛想な人は悪人だなんて、そんな表面で人を見てはならない。

 その点、未有先輩はいろんな人を見てきているから、人を見る洞察力も養われているだろう。


「この世には悩みがある。しかし私(神)はこの世に勝っている」(聖書)

 どんな悩みがあろうとも、イエスの十字架を信じればきっと道は開けてくるに違いない。

 節奈は、急に自分が力強くなったような気がした。


 しかし、節奈は学校と未有先輩の部屋しか居場所を知らない。

 そうだ、未有先輩の母親はうどん屋を経営しているという。

 しかし、そのうどん屋の場所も、いや名称さえ知らない。


 翌日、節奈が登校すると、なんと未有先輩も学校内の廊下にいた。

「未有先輩、どうしたんですか? 家にいってもいなかったし、私、心配したんですよ。あっ、これはささやかだけど、私からの誕生日プレゼントです」

 節奈は、リボン包みを未有先輩に渡した。

「嬉しいよ。誕生日プレゼントなんて小学校三年のとき以来だよ」

 そう言いながらも、未有先輩の顔はほころんでいる。

「今の私の居場所は、人に教えるわけにはいかない。

 最初に言っただろう。プライペートなことはお互い踏み込み禁止だって」

 節奈はちょっぴり寂しい気がした。


 たぶん未有先輩は、節奈の想像もつかない殺伐とした世界に住んでいて、節奈を自分と同じ危険に巻き込みたくない一心で、そう言ってくれてるのかもしれない。

 また、未有先輩にしたら、大した苦労もなければ危険にさらされることのない節奈の日常を別世界とはわかっていても、ちょっぴりの妬みが生じることも考えられる。

 節奈は、未有先輩の節奈に対するいたわりや思いやりと同時に、未有先輩自身のちょっぴりの自己保身を感じた。


 一度、未有先輩の母親の経営するうどん屋に行ってみたい。

 そうだ。その前に私も料理をして、一品料理を提案してみよう。

 そうすれば、未有先輩の母親の手伝いができるかもしれない。

 ゆくゆくは、節奈のアイディア料理が、うどん屋のメニューとして登場したらラッキーだな。

 たとえばうどんの出汁を生かした、天かすとキムチの入った洋風おからとか。

 キムチの適度なピリ辛感と、天かすのパンチが効いている。

 これだったら一品料理としてもいけそうな気がする。


 そのとき、緊急ニュースが飛び込んできた。

「今日未明、○市の歯医者で信田連合の幹部が撃たれました。

 幹部は軽傷だったが、連れの女性が重傷を負っています」

 夕方の報道番組であわただしく、キャスターが話している。

 幹部と連れの女性の写真が画面に大きく映っている。

 連れの女性というのは、なんと未有先輩の母親である。

 節奈は絶句した。と同時にこれは、明らかに未有先輩にも危害が及んでいたのではないかと憂慮した。

 未有先輩の母親は決して悪党ではないのに、なぜ重傷を負う羽目になったのだろうか?


 翌日、未有先輩が学校の廊下で節奈に言った。

「節奈、ニュースで見ただろう。おかんが撃たれて重傷なんだ。

 その理由は聞かないでほしい。

 一応、私は親戚に引き取られることになったよ。

 学校は今まで通りに、通うがね。

 勉強だけは頑張って、今寺高校に進学するつもりだよ」

 今寺高校といえば、上から二番目の進学校である。

 節奈は未有先輩に質問した。

「中学までの勉強は、テキストを丸暗記すればOKだというわ。

 しかし、数学はどうやって丸暗記するんですか?」

 未有先輩は答えた。

「そうだね、テキストのあとは、ドリルを最低3回リピートすれば、丸暗記できるよ。数学はね、問題と公式とをひもづけするんだ。

 この問題には、この公式がでるというふうにね」

 節奈には目からうろこがとれたような、新しい発見だった。

「数学の方程式問題は、チンプンカンプンだったけど、これなら私にもできそうですね。まさにグッドアイディア thank you very muchです」

 今まで陰鬱な黒雲が立ち込めているような、憂うつな表情の未有先輩に、初めて光が射し込んだように、和やかな笑いがでた。

「私、今からおかんの見舞いに行くんだ。もしよかったらお供してくれないかな?」

「オフコース」

 またもやおどけた表情の節奈に、未有先輩はいつもの明るさを取り戻したようだった。見舞いにこられた未有先輩が暗い表情だと、未有先輩のおかんまでが余計な疑心暗鬼が生まれてしまう。

 節奈はちょっぴり安堵した。


「ねえ、お嬢さん方、道を教えてもらいたいんだけどね」

 一見、やさしそうなもの言いで、節奈たちに声をかけた男がいた。

 あっ デパートで未有先輩の知り合いと言って、声をかけてきたイケメン男である。

 未有先輩はその男を見た途端に、血相が変わった。

「あんただね、おかんを撃ったのは!」

 男は無言のままである。

「なんだよ。反社の愛人のガキが、ごたごた言うんじゃないよ」

 節奈は唇を噛んだ。

 男は背を向け、去って行った。

「いつかおかんの敵をとってやる」

 未有先輩の復讐をにおわせる言葉に、節奈は思わず戒めた。

「未有先輩、復讐なんて辞めた方がいいですよ。ああいう輩は、いつか天罰が当たりますよ。

 第一、そんなことをして、お母さんが喜ぶと思いますか?」

「いや、私はおかんの敵と刺し違えてもいい。

 だいたい、節奈に私の気持ちがわかるわけないじゃん。

 小さいときから苦労してきた私の心の傷など、想像もできないはずだよ」

 節奈は、未有先輩の目を見据えて言った。

「正直いって、私には人の気持ちどころか、自分の気持ちさえわからないときがあります。でも、私でよければ、話を聞くことができますよ」

「じゃあ、ひとつ約束だよ。私のこと、嫌いになったりしないか?」

「うーん、私は今の未有先輩が好きです。

 でも過去の上に現在が成り立っていますよね。

 だから、未有先輩の過去がなんであろうと、今の未有先輩にまっとうに生きていってほしいと思うんです」

 未有先輩は、深呼吸しながら言った。

「節奈も知っているように、私は有名反社組長の愛人の子なんだ。

 そして、この前の和服姿がその組長の本妻なんだ。

 これからは組長というよりも、旦那と呼ぶね。

 旦那は一応、生活援助のために、おかんにうどん屋を経営させてくれたが、うちのおかんといえば、料理はいまいちで、店も繁盛はしていない。

 そこで旦那の命令で、本妻が指導教育にきてくれたってわけさ」

 えっ、本妻が愛人に、うどん屋の指導教育をしにくる?

 不思議としかいいようがない。

 本来は自分の浮気相手の女性を憎み、妬みはしても、指導教育などしにくる筈がない。

 しかし普通の家庭の奥様とは違い、反社組長の嫁=組員からみると姐さんである。

 組長の姐さんなど、誰でも務まる筈がないという自信とプライドがなせる技なのだろうか?


 節奈が以前読んだ実話系雑誌には、こんなインタビューが出ていた。

「男が外で流すつらい涙と、女が家で流すせつない涙は、試験管かなにかで測ればきっと同じ分量にちがいないと思うわ」

 男が外で流すつらい涙というのは、反社同志の抗争のことで、女が家で流すせつない涙というのは、浮気された夫に対する腹立たしさと、若い女に対する嫉妬心なのだろうか?

 反社の妻というのは、苦労だらけだという。

 夫の浮気、子供がいじめや差別にあったり、ときには敵方に人質にとられることさえあるという。

 なかには、心の安らぎを求めるため、教会にいく人もいるという。

 未有先輩は話を続けた。

「反社組長の子供が書いた本を読んだけど、勉強だけは平均点以上をとらなければ、反社組長の息子=不良のレッテルを貼られるだけだ。

 基礎学力さえあれば、未来はなんとかなる筈よ」

 


 




 

 


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