同族喰い
彼女は俺に馬乗りになった。少女の体重が、俺の腰に深く沈み込む。
すらりとした体躯には似合わないほどの肉付きの良い白い太腿が、俺の両脇を容赦なく挟み込んだ。
体重があるなら幽霊じゃないか
俺は場違いな感想を抱いていた。
彼女は俺の耳元に口を寄せた。
彼女の吐息が耳に当たる。甘い微かな花のような香りがした。
「健一か。大きく育ったな」
「何を…」
続けようとした言葉は声にならない悲鳴になった。
彼女は身を深く屈め、俺の首筋に唇を押しつけていた。
柔らかな唇の感触が、まず優しく触れ、ゆっくりと開く。舌が、ぬるりと這い出す。熱く湿った舌面が、俺の皮膚を覆い、生ぬるい体温を俺の皮膚に刻み付けた。
「立派に育ったな。そしてじっくり熟れている」
彼女は耳元で囁いた。
背筋に痺れるような感覚が走ったが、それは快感ではない。恐怖だ。
全身が総毛立ち、脳が危険信号を発する。
熱い疼きが下腹部に広がる。俺の体が、裏切るように反応し、硬く張りつめていく。
いや、生命の危機を本能的に感じているからこそ、体が反応しているのか。
「フフ」彼女が笑いをこぼし、俺の首筋をあまがみした。
痺れるような快感が、首から頭へと伝わる。その瞬間だけ、恐怖を忘れてしまいそうになる。
「趣味ではないが、おびえる人の顔は中々そそるものがあるな。」
彼女は俺を見下ろしながら笑みを浮かべた。
「なあに、取って食うわけじゃないさ。ちょっと味見しただけだ」
「ふざけ……!!」
俺は焦りと恐怖のままに体を跳ね上げさせようとしたが、 体が言うことを聞かない。
「落ち着けよ。私があんたの名前をしばっているのさ。逃げられないよ」
蝋人形のような完璧な造形美の顔が俺を見下ろす。その目の奥に嗜虐的な光が見えた気がした。
「やはりお前の体は旨いな。狙われるのも当然だ。」
「え……?」
彼女の言葉に混乱してしまう。
「あんたは、妖怪にとってのご馳走なんだよ」
「何を……」
「あんたの生気、血、肉、全てが妖怪にとって極上のご馳走なのさ」
彼女は俺の頬を両手で挟み、顔を近づけた。彼女の吐息が俺の顔に降りかかる。
「妖怪って…」
あのおとぎ話とかに出てくる、あの妖怪?
「その顔、信じてないな…仕方ないか。現代人は傲慢だからな」
彼女は小さくため息をついた。生暖かい息がかかる。
「まあいい。お前はそういう星の下に生まれた存在なんだ。今まではお前の父の加護で、妖怪たちも手を出せなかっただけだ」
「父さん……?」
俺の頭は混乱していた。
「そうさ、あんたの父親はあんたが妖怪から狙われないようにあんたに加護を授けてた。自分の命を削ってな。」
少女の話に理解が追い付かない。
「だが浩二がこの世を去ったことでそろそろその加護も切れる。ちょうど今晩な。これからはお前は常に妖怪に狙われることになる」
「そ、そんなの信じられるか!!」
俺は叫んだ。しかし少女は意に介した様子もなく言葉を続ける。
「別に信じなくてもいいさ。ただ事実は事実だ。」
「そんなわけ……」
俺は否定しようとするが、言葉にならない。
「でも安心しろ。私がお前を守ってやる。」彼女はそう言って俺の頬をなでた。
「守る?」
「ああ、私はあんたの父に頼まれたからな。あんたを守ってくれって。」
「父に?」
「ああ、だから私はお前を守ってやる。私にも利点があるからな」
彼女は自身の腹をさすった。
「私は同族喰いだ。あんたによって来る妖怪は全て私がいただく。」
「同族……?」
「そう、私は妖怪喰らいの妖怪だからな。」
彼女はそう言って笑った。
「そんな訳でよろしく。」
俺は呆然と彼女を見つめることしかできなかった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます