--第5節「創世航路への鍵(深層区画への潜行)」
アークレインの中央塔——そこは、千年の間誰の足も踏み入れなかった禁区。
リクは、AI〈コーラル・シード〉の光案内を頼りに、階層を降り続けていた。
壁の内側を流れる光子管が青く瞬き、金属の階段を照らす。
冷たい空気が肺に刺さるたび、眠っていた都市が少しずつ“息を吹き返している”のを感じた。
——〈ここから先は防衛層だ。封鎖コード“Ω-LINE”が発動中〉。
AIの声が微かに震える。
「それを解除する鍵が、さっきの欠片か。」
リクは懐から六角結晶を取り出す。
触れた瞬間、銃の紋章と同調し、指先が淡く光を放った。
——〈コード認証。特異個体 C-113、アクセス承認〉。
轟音とともに、封鎖壁が円を描くように解けていく。
眼下に現れたのは、巨大な“空洞”。
海上要塞の最深部に、もうひとつの都市が沈んでいた。
「……下に、都市がある?」
——〈正確には、“アークレインの影”。開発中止となった実験都市だ。スキル制御核を再構築するために、創造者たちは二重構造を作った〉。
リクは無言で飛び降りる。
落下の途中で、足元に展開した誓約コードが青い陣を描く。
衝撃を吸収し、静かに着地。
そこには、光の途絶えた無人の街が広がっていた。
通りを覆うガラスの天蓋。建物の壁に刻まれた紋章。
そして中央に鎮座する、黒い石柱。
柱の先端には“鍵孔”のような穴があり、まるでリクを待っていたかのように微かに光を帯びていた。
リクは近づき、六角結晶を嵌め込む。
瞬間、石柱が共鳴した。
空気が震え、海上全体が低く唸る。
——〈起動コード“GENESIS-LINE”確認。創世航路システム、再稼働開始〉。
AIの声が、どこか遠くで響く。
周囲の建物に刻まれた紋様が順に発光し、まるで血管のように光が街全体を駆け巡る。
リクの目の前に、球状の光体が浮かび上がった。
その中に、複雑なスキル構造が展開される。まるで“天球儀”を思わせる幾何学。
銃士スキルツリーの奥深く——そこに、新しい分岐が生成されていく。
——〈新誓約スキル、候補発生〉。
AIが読み上げる。
リクは無意識に手を伸ばす。
脳裏に、ひとつの言葉が刻まれた。
《誓約:虚空再演(ホロウ・リプレイ)》
説明文が淡く浮かぶ。
——発動条件:魂圧50%以上消費。
——効果:直前の行動記録を“現実層”に再投影し、結果を上書きする。
——制約:成功すれば世界因果に干渉、失敗すれば使用者の存在記録を失う。
リクは目を細める。
「……なるほど。世界そのものを巻き戻す力か。だが代償がデカいな。」
——〈誓約とは常に双刃。汝が選べば、それが世界を変える〉。
リクは笑った。
「選ぶさ。制約を超えるのが、俺のやり方だ。」
手を光に差し入れると、誓約が刻印のように右腕へ吸い込まれていく。
銃の紋章が脈動し、内部構造が変化した。
《ルーメン・スパイン》が一瞬、光を帯び、黒い外装の下で新しい紋が走る。
——〈新誓約スキル登録完了。称号“再演の銃士”付与〉。
「称号? ……なんかゲームっぽいな。」
AIがわずかに間を置いて答える。
——〈この世界そのものが、創造者の作った“シミュレーション層”だからだ〉。
リクの視線が鋭くなる。
「つまり……俺たちは、スキルという枠の中で動かされている?」
——〈そう。だが“誓約”だけは例外。誓約は、創造者の想定を超えた“自由意志”の証〉。
その言葉に、リクの胸が高鳴る。
“制約”が祈りなら、“誓約”は反逆。
人が与えられた枠の外へ出る唯一の鍵。
空間が再び振動し、光体がゆっくりと収束する。
要塞全体が共鳴を始め、外の海が波を立てた。
海面に浮かび上がる巨大な紋章。——それは、“航路”。
——〈創世航路、開示完了。次なる座標:西方大陸、“エテルナ・ヴェイル”。〉
AIの声が静かに告げる。
リクは銃を背にかけ、深く息を吐いた。
「やっと……見えてきたな、スキルの始まりの場所が。」
——〈銃士リク、汝の誓約は更新された。航路を越えるたび、制約は試練となる〉。
「望むところだ。」
彼は階段を上り始めた。
光が背後で消え、深層都市が再び眠りにつく。
だがその中心には、確かに灯が残っていた。
それは、かつて創造者が夢見た“神への道”の残響。
そして今——
ひとりの誓約者が、その続きを歩き始めた。
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