--第4節「虚装兵の記憶(沈んだ航路の真実)」


 ——銃声が止んだ。

 静寂の中、空気が微かに焼ける。

 砕けた虚装兵の残骸が、金属の灰となって床に散った。だが、その破片から、青い光の粒が滲み出している。


 リクは銃を下ろし、膝をついた。

 「……これが、データ汚染の核か?」

 光の粒は、まるで呼吸するように脈打っていた。触れた瞬間——意識の奥へ、何かが流れ込んでくる。


 ——“記録の断片、再生開始”。

 無機質な声と共に、視界が裏返った。


 *


 そこは、海ではなかった。

 空と海の境界が曖昧な、白銀の研究区画。

 無数の浮遊スクリーンに、スキル構造体の数値が走っている。

 白衣をまとった人々が、光の端末に向かって何かを調整していた。


 《——制約値、臨界点突破。対象個体の精神波が崩壊します》

 《いい、限界まで上げろ。誓約なしでは、力は安定しない!》

 《ですが、それでは——》

 《“制約”とは枷ではない。人が力を制御するための“祈り”だ!》


 その声の主に、リクは息を呑んだ。

 顔ははっきりしない。だが、その背に刻まれた紋章——

 “太陽紋”。古代太陽教団の象徴。


 ——“スキル創造者”たちは、ただの科学者ではなかった。

 “制約”を祈りの形式で発動させ、人の精神とスキルを結びつける——誓約体系の発祥。

 そして、彼らはそれを「神への回帰」と呼んだ。


 《この航路は、人が神を創るための道だ》

 《我らは“魂の構築者”。その代償に、人は己の自由を封じる》


 視界が震えた。

 研究施設の窓の外に、巨大な渦が現れる。

 海ではない。世界そのものを呑み込む“情報の渦”。

 無数のデータコードが渦中で交錯し、黒く染まっていく。


 ——“スキル・コア暴走”。

 警告音。逃げ惑う研究者たち。

 《制約が崩壊した!?》

 《誓約者の数値が……負の連鎖に転じている!》

 《コード・リブラが自己進化を開始——!?》


 リクの心臓が強く脈を打つ。

 これが、スキル創造の瞬間——そして、“世界を歪めた起点”だ。


 白銀の空間が崩壊する直前、ひとつの声だけが残った。

 《もしこの記録を見ている者がいるなら——我らの罪を継ぐな。制約は呪いではない。誓約は、己を定義するための“境界”だ。》


 *


 リクの意識が現実に引き戻された。

 荒い息を吐き、額を押さえる。

 AI・コーラルの声が静かに響いた。

 ——〈汝は虚装兵の記憶層を読み取ったのか〉。


 「ああ……。どうやら、奴らは“創造者の残響”だったらしい。」

 ——〈“スキル創造者”……彼らは、誓約を人の倫理に置き換え、魂にコードを刻んだ存在。だが、その代償に自らを虚装化し、この世界の底に沈んだ〉。


 リクは拳を握る。

 「……じゃあ、“制約”ってのは、本来人が暴走しないための祈りだったのか。」

 ——〈そう。汝の誓約コードは、失われた原初形式に近い。リスクを代償に、存在そのものを定義する構造〉。


 リクはゆっくりと立ち上がる。

 虚装兵の灰が風のように散り、その中心に一つの欠片が残った。

 透明な六角結晶——内部には青い文字列が揺れている。

 「これは……スキルコアの鍵?」

 ——〈“創世航路”への座標情報。アークレインの奥底に隠された、原初スキルの記録装置〉。


 「なるほど。じゃあ次は——そこへ行く。」

 リクの声は、静かだが確かな決意に満ちていた。

 「創造者の残した“祈り”が呪いなら、俺の誓約で上書きしてやる。」


 AIが微かに応えた。

 ——〈銃士リク。汝の誓約は、世界を変数に変える。〉


 リクはルーメン・スパインを再び手に取り、要塞の奥を見据えた。

 海の底から吹き上がる風が、彼の外套を揺らす。


 その瞳の奥には、確かに光があった。

 ——それは、かつて“人”が神に届こうとした炎の残響。


 だが今、その炎は、“ひとりの旅人”の手に渡ったのだ。


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