花の魔女と共に。With the Flower Witch Forever .

砂嵐番偽

共に、ずっと。



「母様!洗濯、終わりました!」


「ありがとう、ルル。私の愛しい子」


「えへへ!」


 私——【花の魔女、ローラ】の家の前に、生贄として捨てられていたルルと出会い、早10年。


 彼女はすくすくと育ち、私の腰ほどの身の丈から、いつの間にか私を頭二つ分も追い越していた。

 肉付きも健康的になり、髪も私の真似をして、長く伸ばしておさげにしている。

 読み書きも教えた。

 彼女は勉強を嫌がらず、寧ろ積極的に書斎にこもり、熱心に勉強をした。

 13歳となった今では、もう役場などで大人と仕事をできるくらいになった。


 ルルは昔から、私の言う事に何でも素直に従ってくれた。

 ——ただ一つのわがままを除いて。


「母様、私を魔女にしてください!」


 5年前から、ルルは自分を魔女にしてほしいと私に懇願するようになった。


 きっかけは、私が5年前に魔法を使った時。

 ルルの目の前で、荒地を魔法で美しい白百合の花園に変えた光景は、強く彼女の記憶に刻まれたのだろう。


 その日から、彼女は魔女に憧れるようになったのだ。


「ルル……魔力を持っていない人間は、魔女にはなれないって、前に話したわよね?」


 だけど、ルルは今のままでは魔女になれない。

 魔女になれるものは、先天的に魔力を持つ者だけ。

 だけどルルは、生まれた時から


「で、ですが母様! この本には、魔力を持たない人間が魔女になったお話が書いてあります!」


 ルルが持ち出したのは、古いお伽話が書かれた本だった。

 魔女に憧れる普通の女の子が、一人の魔女に弟子入りし、苦難の末に魔女になるというお話だ。

 主人公の女の子は、ルルと同じく魔力を持たないただの人間だった。

 それでも、素敵な魔法でみんなを助ける偉大な魔女に憧れ、自分も魔女になってみんなの役に立ちたいと決心し、魔女の弟子になるのだ。


 本の中では、魔女が女の子に普通の人間では耐えきれない量の魔力を流し込み、苦しみながらも耐え、体に魔力を定着させようとする一幕がある。


「ルル、これはあくまでお話の出来事よ。本当にはできない事なの」


「母様……」


 いや、本当は魔女になる方法は

 その方法とは、を飲ませる事。

 ですが、魔力に適合できなかった場合は魔力が暴走し、死に至るリスクがある。


「それに、私はルルには魔女ではなく、立派な大人になってほしいのよ。みんなから慕われて頼られる、そんな大人にね」


「……母様……」


 それだけではない。魔女になるという事は、人間としての寿命を手放すことになる。

 私は既に120歳を超えていて、真っ当な人間の寿命はとっくに過ぎている。


 ……私が人間として生きていた頃の友人は、皆既に墓の下で安らかに眠っている。

 魔女となる事は、より多くの別れ、悲しみを経験することになる。

 大切な娘であるルルには、そんな思いはしてほしくない。


「さあ、今日は算術のお勉強をしましょう。 立派な大人になりましょうね、ルル」


「……私にとって立派な大人は、母様以外にはいません。立派な大人になるという事は、魔女になる事以外に他なりません」


「ルル……」


「……でも、私は母様を困らせたくない。もう、魔女になりたいと言うのは諦めますね」


 ルルは、私に微笑みながらそう言った。

 だけど、その笑顔はどこか困ったように出しているように見えた。



       ♪



 ルルが魔女を諦めると言って早数日。

 あれからルルは、魔女になりたいと言わなくなった。

 以前は、毎日のように言っていたのに……。


「……ふぅ、今日も頑張りました、母様!」


 ルルは、変わらず毎日の家事と勉強を続けている。

 だけど私には、以前にはなかった陰りが見えるように思えた。


 ……原因は間違いなく、申し出を断った事。


 初めてルルが魔女になりたいと言ってきた時、本当は嬉しくてたまらなかった。

 私の魔法に憧れて、私のようになりたいと子に言われて、心が躍らない親がどこにいるだろうか?


 けど、ルルの魔力量を確かめた時、ルルに魔力がない事を知った私は、





 ——ルル、貴女は魔女になる事はできないわ。





 あえて突き放し、魔女にならないように今まで説得してきた。


 ……その結果、ルルは夢を諦めたのだ。私はホッとするべきなのだろう。


「……母様?」


「——ああ、ごめんねルル、ちょっとボーッとしちゃった。いつも頑張って偉いわね、ルル」


「……はい」


 どこか寂しげに笑みを浮かべるルルを見ていると、本当にこれでいいのかと疑問に思ってしまう。


「……ねぇルル? 貴女、魔女になりたい?」


「……え?」


 気がつけば、私はルルに問いかけていて。


「私は、貴女が魔女になりたいと初めて聞いた時、とても嬉しかった。魔女になってからも、人間だった頃にもなかったわ」


 ルルは、静かに私の言葉を待っていた。


「でも、貴女が魔女になる事は、命の危険を伴うわ。下手をすれば、私は貴女を失う事になるかもしれない。……私は、そんなの耐えられない」


 そう言って、私はルルの手を両手で優しく包みこむ。


「貴女は、私にとってかけがえのない存在よ。お願いだから、私を一人残して逝くだなんて、そんな事、考えないで……」


 そう口から言葉が出た後、涙で視界がにじんで、かわいいルルの顔がぼやけてしまった。

 ああ、みっともない。子供の前で涙を流すなんて。


「母様」


 すると、ルルは包んでいた私の手から離れ、


「——えっ、ルル?」


 私の頭を抱えるように、私を抱きしめていた。


「そんな貴女だからこそ、私は魔女になりたいのです。魔女になって、貴女と同じ時を生きたいのです」


 私の頭上から、ルルはそう言った。

 あのやせ細ってか弱かった幼子が、いつの間にか私の頭一つ、二つも上の身長になっていたのだなぁと気が付いた。


「このまま魔女にならなくても、私は幸せに生きていくことはできるのでしょう。ですが、いつかは母様を、一人で……残してしまう事になります。そう思うと、私は耐えられません」


 合間に鼻水を啜りながら、ルルはそう言ってくれた。


「母様……いえ、ローラ様。貴女は、死の淵にいた私を、ここまで育ててくださいました。私にとってローラ様は、ただの母親というだけではなく、私にとって代えがたい、もっとも愛する人なのです。どうか、これからの長い時を、貴女と共に歩んでいくことを許していただけませんか?」


 それは、懇願と言うよりも、人生を賭けたプロポーズのようにも聞こえた。


 ……そこまで言われてしまっては、私も迷う事はもうない。


 私はその言葉を聞きながら、近くにあった儀礼用のナイフを取り出した。


「ローラ様。私、初めて魔法で生み出すのは、白百合の花がいいです。私、初めて貴女の魔法を見た時の事を一度も忘れたことはありませんから」


「ルル、私も貴女と共に生きたい。願わくば、また一緒にあの白百合の花を見ましょう」


 そう願いながら、私は自分の指先をナイフで切った。

 傷口から、魔女の血が溢れてくる。


「ああ、ローラ様……」


 ルルは、私の指を甘美な蜂蜜をなめるかのように、そっと口に含んだ。

 そして、死への恐怖か、魔女となる喜びからか、美しい輝きの涙を流していた。


 そして、しばらく血を与えていると。


 徐々にルルの体に走り始める、魔力の奔流。


「ああ、熱い……!」


「ルル!」


 ルルの体の中では、今までなかった魔力が暴れまわっている。

 これを御して、魔力を自分の物とすることで、初めて魔女になる事ができるのだ。


「耐えて、ルル……!」


「ローラ、さ、ま、はなれ……あぶ、な……!」


 もしルルが失敗すれば、暴走する魔力が周囲を巻き込み破壊しつくす。

 ルルは、その心配をしているのだろう。


「いいえ、離れないわ! 最後まで、貴女の傍にいるから!」


「……!ローラさ、ま!」


 今にも破裂しそうな、膨張する魔力。

 それでも、私は臆することなく、ギュッとルルの手を握った。


「……う、うああああああ!!」


 ルルが今まで聞いたことのない悲痛な叫びをあげ、同時に、魔力の輝きが爆発の如く鮮烈に広がる!


「ルルっ!」


 思わず目を瞑ってしまうほどの、強烈な輝きの後。


 ようやく目が慣れ、ぼんやりとした周囲を見直してみると。


「……ああ、ルル!」













「……ローラ様……?」









 ルルは、がっくりと項垂れながらも、肩で大きく息をしていた。


「ローラ様……、私……は……」


「ええ、ええ! 儀式は成功したのよ! 貴女は、魔女への一歩を踏み出せたの!」


「……ふふ、うれしいです、ローラ様……これで、一緒に……」


 そこまで言って、ルルは目を閉じ、ゆっくり寝息を立て始めた。




「……ルル、今はゆっくりお休みなさい。 そして、いつの日か、貴女も魔女になり、いつまでも私と共に生きていきましょう……」




 愛おしい顔の額にそっとキスをし、ルルをそっとベッドまで運んだ。

 ルルは、とても穏やかな顔で寝ていた。


「ふぁ、ああ……」


 ふと安心して肩の力が抜けると、私も眠くなってきた。

 満足そうに寝息を立てるルルを見た後、私も眠気に従いベッドの傍らに体を預ける。


「ルル、いつまでも……一緒よ……」


 まどろみの中、ルルと共に生きる未来を思い浮かべながら、私は意識を手放した。



       ♪



「母様、起きてください! 今日は魔女集会の日ですよ!」


「……う~ん、もう少し寝かせて……」


「ほら! 今日は私を他の魔女様に紹介してくださるんですよね? 母様の身だしなみが整っていなければ、私恥ずかしくなってしまいます!」


「はいはい……」


 あれから立派に魔女になったルルは、私から名前を継承し、三代目の【花の魔女】となった。

 今日は、魔女集会にて他の魔女に初めてルルをお披露目するのだ。


「母様!」


「うん?」


「私は、これからも母様と一緒に生きます!」


 ルルは、そう言って向日葵のようなまぶしい笑顔を浮かべた。


「……ええルル、私もずっと、貴女と共に生きるわ。ルル、私の愛しい人」


「……! はい、ローラ様!」


 私たちの間に咲いた花は、永遠に輝きを失うことはありません。


 人と違う時間の中で、私たちはこの白百合の花を大切に愛でるのです。


 共に、ずっと——

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