第3話 快感
夜の洞穴は静かだった。
いや、正確には「静かに見えるだけ」だ。
暗闇の奥では、誰かがすすり泣き、
誰かが歯ぎしりをし、誰かが寝言で「やめてくれ」とうなされている。
昼間に仲間を半分失ったのだから当然だ。
俺は焚き火の前に座り、燃える枝を見つめていた。
「強くなる」――そう口にしたものの、どうやって?
ゴブリンは最弱だ。
腕力ではオークに勝てない。
速さでは狼に劣る。
魔法なんて夢のまた夢。
寿命だって短い。
普通なら「どうせ無理だ」と諦めるところだ。
だが俺は諦めない。
前世の記憶があるからな。
人間だった頃、俺は何をしていた?
断片的にしか思い出せないが、「考えること」で生きていた気がする。
力ではなく、知恵だ。
ならば今も同じだ。俺は知恵で強くなってやる。
「おい、何をぶつぶつ言ってるんだ?」
隣に座ったのは、鼻の大きなゴブリンだった。
昼間、俺の言葉に「面白い」と笑ったやつだ。
名前はない。ゴブリンに名前など不要だからだ。
だが、俺は勝手に「デカ鼻」と呼んでいた。
「……強くなる方法を考えてた」
「強くなる?お前、頭でも打ったのか?俺たちはゴブリンだぞ」
「だからだ。弱いからこそ、考えなきゃならん」
デカ鼻は首をかしげた。理解できない、という顔だ。
だが俺は構わず続けた。
「人間は俺たちを見下している。だから必ず油断する。ならば、俺たちはその油断を突けばいい。罠を仕掛け、数で囲み、知恵で勝つんだ」
「……そんなこと、できるのか?」
「できる。俺ならやれる」
――その夜、胸の奥で誓った。俺は知恵で強くなると。
翌日から、俺は行動を始めた。
まずは森を歩き回り、地形を覚える。
どこに崖があるか、どこにぬかるみがあるか、どこに獣道が通っているか。
仲間は「何してるんだ」と笑ったが、俺は気にしなかった。
次に、枝や蔓を集めて罠を作った。
落とし穴、吊り罠、転倒用の仕掛け。
人間の冒険者が通りそうな道にこっそり仕掛ける。
最初は失敗ばかりだった。
穴を掘っても浅すぎて、落ちたウサギがそのまま飛び出して逃げていく。
蔓を結んでも緩んでしまい、獲物を捕らえられない。
仲間たちは大笑いした。
「おい見ろよ!こいつ、穴に自分で落ちやがった!」
「頭がいいんじゃなかったのか?」
俺は泥まみれになりながらも、歯を食いしばった。
「笑え。だが俺は諦めん」
試行錯誤を繰り返すうちに、少しずつ成果が出始めた。
小動物が罠にかかり、食料が増えた。仲間たちは「おお!」と歓声を上げた。
「どうだ、俺の知恵も役に立つだろう?」
「……まあ、少しはな」
彼らの態度が変わり始めた。
俺を「変なやつ」と笑っていた仲間が、
少しずつ「頼れるやつ」と見るようになったのだ。
数日後、ついに人間の冒険者が現れた。三人組だ。
剣と盾を持った戦士、弓を持った女、そして魔法使いらしき男。
「ゴブリン狩りだ!今日も気楽に稼ぐぞ!」
彼らは笑いながら森に入ってきた。俺は仲間を率い、罠のある場所へ誘導した。
最初の戦士が足を踏み外し、落とし穴に落ちた。
「うわああっ!」 鎧の音が響き、地面に叩きつけられる。
弓の女が慌てて駆け寄る。
だが、その足元の蔓が弾け、木の枝が横から飛び出して彼女を殴り倒した。
「な、なんだこれは!」
魔法使いが呪文を唱えようとした瞬間、俺は仲間に合図した。
石を投げろ、と。
十匹のゴブリンが一斉に石を投げつけ、魔法使いは頭を抱えて倒れ込んだ。
……勝った。
俺たちは初めて、人間の冒険者を打ち倒したのだ。
仲間たちは歓声を上げ、戦利品を奪い合った。
剣、弓、食料、金貨。どれもゴブリンにとっては宝物だ。
俺は血にまみれた剣を見つめながら、胸の奥で呟いた。
「これが……強くなるということだ」
その夜、焚き火の前で俺は再び誓った。
「俺は必ず強くなる。知恵で、力で、何でも使って。俺は王になる。修羅の王だ」
仲間たちは黙って聞いていた。
だが、その目には確かに光が宿っていた。
弱者が強者を打ち倒す。
理不尽な世界をひっくり返す。
小さいながらも、俺たちは、その快感を知ってしまったのだ――。
新・転生したらゴブリンだった件 茶電子素 @unitarte
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