犯人を捕らえよ

青いひつじ

第1話


男のもとにその便りが届いたのは、1週間ほど前のこと。

"犯人を捕らえよ。捕えた者には、希望するだけの謝礼を与えよう"

それは、この地域で起こっている連続空き巣事件の犯人を捕らえよという旨の手紙だった。

聞けば、街中の独り身男性にこの手紙が送られているらしい。



ある、静まり返った深い夜。

誰かに肩を叩かれたように突然目が覚め、男は上体を起こした。背中がすこし汗ばんで、呼吸も荒い。時刻は深夜2時過ぎ。再度眠りにつければいいのだが、こうもはっきりと目が覚めてしまうとなかなか難しい。


男は体内の空気を入れ替えようとベランダに出た。月を眺めていると心拍が穏やかになり、空の星をたどり、ベランダへ視線を戻したその時、柱に隠れる黒い影を見つけた。


「‥‥おい。誰だ」


影はゆらゆらと正体を現した。


『こんばんは‥‥。どうか私を見逃してくれませんか。まだ何も取ってはいません』


その言葉に、男はそいつが何者なのかを一瞬で理解した。


「‥‥お前‥‥連続空き巣事件の犯人か」


『いかにも』


「私が通報すると言ったらどうする。ここから飛び降りるか。それとも私を殺すか」


『そうですね‥‥。人殺しは好きではないので、前者でしょうか。私はなんとしても捕まるわけにはいかないのです。遠方で私の帰りを待つ家族のためにも』


「ほぉ、この状況には慣れているのか。えらくスルスルと言葉が出てくるな。気が動転して狼狽える方がよっぽど人間的に見えるが、私の心を揺するためのテクニックか」


『そんなテクニックだなんて人聞きの悪い。泣き落としではなく本当の話です。‥‥こんな仕事、好きでしているわけじゃない。それに慣れっこはお互い様でしょう。あなたは、どこでそんな技術を身につけたのですか』


犯人は、後ろに回した男の腕を指差した。


『そのナイフ、どこに忍ばせていたのですか』


「‥‥はは。全てお見通しか。私も以前、似たようなことを生業にしていた。しかし10年以上も前の事だ。当時のことはすっかり忘れたが、身のこなしだけは体に染み付いて離れないのさ」


男は犯人にナイフを向けると、強い口調で宣告した。


「楽しいおしゃべりはここまでだ。今からお前を警察へ送る。両手を上げてその場に跪け。1ミリでも動けば、命の保証はない」


ところが犯人は跪かず、その場に立ったままだった。


「聞こえなかったか」


『いいえ、はっきりと聞こえました。そこでひとつ提案があります。5日間だけ私に猶予をくれませんか。その後は警察に差し出していただいても、切り刻んでいただいても構いませんので。私にはどうしても最後にやり切らないといけないことがあるのです』


「お前、ふざけているのか。私は今すぐにでも喉元を切り裂いて殺すこともできるんだぞ」


『まぁそぉ急がないでください。5日だけでいいのです。その間は召使として、私を自由に使ってください。仕事内容に制限はございません。家事でも、重労働でも、特別な危険なことでも、なんでも致しますよ』


「その後は大人しく警察に行くと?」


『はい。必ず、お約束します』



男は考えた。

この男、寝ている隙に私を殺すつもりだろうか。はたまた金品を盗み逃げるつもりか。しかしこの痩せ細った体型と低身長は侵入には有利かもしれないが、対戦には向いていない。どう見ても私の方が剛健だ。つまり襲ってくることについては、大きな心配は必要ない。寝ている間は体を縛っておけば問題はなさそうである。

ここで恩を売って、逆恨みを避けるのもひとつの手かもしれない。

5日間だけなら、猶予を与えてやらんこともないか。



「分かった。5日間だけだ。お前に猶予をやろう。その間は畑仕事を手伝ってもらう」


男がぶっきらぼうに告げると、犯人は何度も頭を下げ感謝を述べた。




犯人の男はよく働いた。朝から晩まで作業が続こうと、文句ひとつ言わずテキパキと畑を耕した。硬くなっていた土は、空気を含んだふっくらとした土に変貌した。仕事の覚えも早く、なにより丁寧だった。作業後の片付けまで抜かりない。


終始不満はなかったが、男には気になることがあった。


「お前、おにぎりひとつくらい食べないと明日働けないだろう」


『いえ、なんだか久しぶりに気持ちのいい仕事をして心がいっぱいです。申し訳ありませんが夕ご飯は大丈夫です。おやすみなさい』


次の日の朝食も夕食も、男はご飯を食べなかった。


「おい、ここに来てから何も食べてないじゃないか。顔もげっそりしてるぞ」


『えぇ、大丈夫です、これくらい‥‥あ、少しめまいが』


犯人の男はヨロヨロおぼつかない足取りで、そのまま座り込んでしまった。まるまる3日何も食べていないのだから力が出ないのは当然である。男は深くため息をついた。


「こうなったら使い物にならん。意地でも食わないと言うのなら、今すぐにでもお前を警察に送ってやる」


厳しい口調でそう告げると、犯人の男は力を振り絞るように小さく声をあげた。


『‥‥待ってください。一晩だけ私にチャンスをください。実は、私は以前語り手をしておりました。夜眠れない子供たちの枕元で物語を読んだこともあります。‥‥どうか最後に、私の物語を聞いていただけないでしょうか』


「では、明日の朝の作業が終わったらお前を警察に連れて行く。いいな」


『はい』



約束通り、犯人の男はその夜童話を披露した。特別感動するわけでも、心温まる物語というわけでもなかったが、夜に降る雨のような優しい声は男を安らかな眠りへと誘った。




翌朝、男が目覚めると犯人の男はまだ眠ったままだった。体は青白く、冷たくなっている。

男は早々に午前中の仕事を終え、部屋に戻ると、背中からベッドに倒れ込んだ。久しぶりにふたり分の仕事をこなし、一気に疲れが押し寄せたのだ。


「おい、まだ生きてるか」


朦朧とする意識の中で、犯人に問いかけた。


『‥‥え、えぇなんとか』


「死ぬんじゃない‥‥。家族が待っているんだろう」


『あぁ、確かそんな話でしたね。‥‥実は、家族はもう亡くなっているんです。15年前、侵入してきた連続殺人犯に、私の妻も娘も殺されたのです』


「そうだったのか‥‥それは気の毒に‥‥。それでは、お前が最後に成し遂げたいこととは」


『‥‥えぇ、復讐です‥‥犯人には正しい場所に行ってもらいます‥‥そうしたら私もふたりの元へ向かいます。きっと妻も娘も喜んでくれることでしょう』


「叶うといいな‥‥。お前を警察に送ろうと思っていたが、もう少しいてもいいぞ‥‥その復讐が完了するまでは‥‥」


『ありがとうございます。‥‥しかし、もうすぐ叶います』


「そうか‥‥」


そこまで言うと、男は窓からの陽とともに眠りについてしまった。




夕方、玄関の扉を激しく叩く音で、男は目を覚ました。犯人の男はぐっすり眠っているのか、ベッドで横になったままだった。

扉を開けると、立っていたのは複数の警察官だった。


「おやおやなんのご用でしょうか、ここには誰もおりませんが」


険しい表情をした警察官のひとりが、男の顔の前に紙を差し出した。


『お前に逮捕状が出ている。先ほど、連続空き巣事件の犯人宅で監禁されていると電話があった。言い訳しても無駄だ』


淡々と、しかし芯のある口調で言った。


「いやいや、何を言ってるんだ」


男は手を突き出し、待ってくれと後退りをした。警察はぞろぞろと部屋に侵入すると、男の後ろで横たわる人影を見つけ声を張り上げた。


『被害者を発見!!こいつが犯人で間違いない!はやく捕らえろ!!』


『おい、返事をしろ。‥‥だめだ、息をしていない』


『17時。不法侵入及び窃盗、監禁、殺害の容疑で逮捕する』


男は取り押さえられ、弁明する隙もなくその両手首には手錠がかけられたのだった。

 



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