第4話:巡礼ルートの最適化(後編)
「それでは、第二回改善検討会をはじめましょう。本日の議題は、巡礼ルートの最適化に対してなぜブルーノ司祭が頑なに反対されるのか、その対策です。」
アメリアが全員分の紅茶を配り終えて席につく。あのブルーノ司祭の猛反対から数日経ち、私たちはようやく会議の時間を作ることができた。朝のさわやかな空気とリラックスを誘う紅茶の香りには似つかわしくない内容だが、仕事なんて得てしてそんなものだろう。
「ヘルマンが言ってくれたように、私もなんらかの“理由”があって、司祭が強く反対しているものと考えています。仮に不正があるとするならば、どういった類の不正があると考えられますか?」
カップをソーサーへ丁寧に置いてから、ヘルマンが静かに口を開く。
「はい。私は、アメリア殿が話していた、ブルーノ司祭担当以降に巡礼に向かう隊列や出立式が豪勢なものとなった、という点が気になります。」
「出立式のための飾りや花火の準備や、周辺の住民に周知したりと色々大変だと、先輩方が走り回っているのはブルーノ司祭になってからですね。到着してからも守り人の皆様方を盛大におもてなしするために、色々支度があるようです。」
「そうなると、ブルーノ司祭より前のときとは、かけた費用が大分変わっているでしょうね……。それでも承認を得ているから行えているのでしょうけど、実際にどのくらい差が出ているかは知っておきたいですね。」
私がアメリアを見ると同時に、彼女は満面の笑みを返した。
──おや?アメリアは私のカップの前にはちみつの入った小瓶を並べ置くと同時に、一冊の帳簿を差し出した。
「そうおっしゃると思いまして、引き継ぎのあった年度の帳簿をお借りしてきました~!ブルーノ司祭になってからは1、2回分しか記録がないそうで、簡単に持ち出すことができましたよ!」
ヘルマンと私が小さく歓声を上げる。
なんて仕事が早いんだろう。……というか、私は侍女を忍者か何かだと思っていないか、彼女の立場を考えずにものを頼みすぎていたかもしれないと密かに反省した。
反省はしたが、この会議が先に進むためには欠かせない資料の登場を前に、振り返っている暇はない。
私は早速帳簿をパラパラと捲り、巡礼時のお金の流れが書かれたページを探す。
(これは5年前か、責任者欄には別の名前が書かれている。提示されている騎士の動員は今よりも少ない……頻度については、大きな差がなさそうね。)
続いて、新しく綴じられているページから遡っていく。ブルーノ・ケラーと書かれたページは、アメリアの聞いていた通りにほんの数回分しかなさそうだ。
しかし、私は2回目のページ内における項目の多さに目を見張った。
なんだこれは。
1回目のページと慌てて見比べる。どうも初回は様子を伺っていたのだろうが、2回目にしてこれだけ多くの変更をかけているとは驚きだ。私は2回目のページを開いたまま、ヘルマンに手渡す。
「ヘルマン、このページを見てください。この金額から、騎士を何人手配しているかおおよその見当はつきますか?」
「これは──すみません、会計の者に確認すれば正確な数字を出せますが…相当に多いですね。前回我々が行った時よりも多いのではないですか?」
「私もそう思います!用意されている飲食物や聖具、花火などもかなりの量が計上されています。台車を使って積み込むような量ですよ。」
アメリアの言う通り、確かに前回の巡礼では荷馬車そのものはあったが、積込用の台車までは見ていない。この過剰なまでの予算の計上から考えられる不正の種類は……。私はヘルマンとアメリアを順に見る。彼らもしっかりと同じ意見を胸にいだいているようだ。
「──水増し請求による着服、の可能性がありますね。」
ぱたりと帳簿を閉じれば少しカビたようなにおいと埃が宙を舞った。私はその帳簿をヘルマンに持たせ、ちょうどよく温くなった紅茶を一息に飲み干す。
「ヘルマンはその帳簿に書かれている回、および直近の年度で提出されている巡礼警備計画書を探してください。騎士団に提出されているか……ブルーノ司祭の執務室に残されているかもしれません。その警備計画書に記載された騎士へ、当日は本当に巡礼に参加していたのかを確認してください。」
「はい、承知いたしました。」
「アメリアは、今年の帳簿を見ることはできそうですか?倉庫にしまわれている購入物品と、帳簿上に差がないかを調べたいのです。」
「はい、お任せください!倉庫番のジェイミーおばさまとは長い付き合いですので。」
私はそれぞれに新たな任務を得て立ち上がる二人の背中を頼もしく見守る。しかし、彼らには想定しうる最悪のケースも忘れずに伝えておかなければ。
「……ヘルマン。もしブルーノ司祭の執務室に出入りするときは、くれぐれも気をつけてくださいね。この間の一件で、私たちは警戒されている可能性が高いです。身の安全を最優先に考えて行動してください。」
ヘルマンは私の懸念を受けるとおもむろに振り返り、膝をついて騎士の礼をとる。
「ご心配なく、ルツィア様。現在は護衛の身ですが、以前は国境にて魔物や野盗の群れとも剣を交えておりました。このヘルマン・フォン・ホーエンフェルス、司祭とはいえ一文官相手に遅れは取りません。」
「ホーエンフェルス家は、代々王家を守護されてきた由緒正しき騎士のご一族でいらっしゃいます。『ハイリゲンシュタインの高き岩』、『高潔で揺るぎない守り』として、我が国をお守りくださっているのです、ヘルマン様なら絶対にルツィア様のご依頼を果たしてくださいます!」
アメリアの手放しの絶賛にはさすがのヘルマンも照れたように頬を掻いていたが、その瞳には「高潔で揺るぎない」意思をしかと宿している。騎士に対して身の安全を考えて、というのはちょっと的外れだったかもしれないと私は一人反省し、彼らの背中を押して、送り出す。
「さあふたりとも、お願いしますね。貴方たちの働きに期待しています。」
三人で執務室を出て、それぞれの持ち場へと向かう。今日の私の予定は、教会の奥にて、大結界および地方結界の出力チェックと調整だ。
私たちはひとつずつ確実に、自分の業務もおろそかにせず、ブルーノ司祭への反撃の一手の準備を整えていくのだった。
◇◆◇
「おおヘルマン!ここで会うなんて随分久しぶりじゃねえか、元気にやってたか?」
ヘルマンは、騎士団詰め所の顔馴染みの騎士を訪ねていた。
彼の名前はグレゴール・メッツガー。元は商家の三男坊で、算盤から剣に持ち替えて数十年、足を傷めてからは再び算盤を手に騎士団で働いている古株だ。
豪快さが服を着て歩いているような男だが、商家仕込みの算術と倹約で今なお幹部たちからの信頼も厚い。
「久しいな、グレゴール。今は聖女様付きの護衛を任されているから、なかなか詰め所に来る暇もなかったんだ。」
「そういえばそうだったか。それじゃ一体今日はどうしたってんだ?聖女サマ付きの仕事ってのは忙しなくて厄介だって言うだろ。」
普段ならば聞き流すグレゴールの軽口を窘めようと口を開きかけるも、現在自分に与えられた任務の事を考えれば否定の句までは出ず、ヘルマンはそのまま肩を竦めてみせた。
「……まあ、どんな任務にもそれなりの厄介さはつきものだろう。ところでグレゴール、今日は会計騎士殿に聞きたいことがあって来ているんだ。」
グレゴールの関心を引いたのか、今まで叩いていた算盤を置いてずいと身を乗り出す。ヘルマンは少々声を潜めて続ける。
「直近の巡礼の警備計画表を探しているんだが、グレゴールの手元に来ていないか?計画の確認や騎士の動員が終わっているなら、会計に回ってきていてもおかしくないと思ったんだが。」
「ああ、あのイケ好かねえケラー司祭のか?あいつが担当になってから騎士の数が足りねえだとか、足りねえからギルドに依頼するだのうるせえから、よ~~く覚えてるぜ。」
ちょっと待ってな、とグレゴールは資料のまとめられた紙束を豪快に引っ張り出す。舞い上がる埃に口を抑えつつ、意外にも几帳面に年度や月度に合わせ順序よく束ねられたそれを眺めて、目的の資料に到達するのを待った。
しばらく経って、グレゴールが紙束から3枚を外して机の上に並べた。
「あったぞ、過去3回分の計画書だ。もう俺の方で処理は済んでるから、持ち出す分には構わねえが……なんか嗅ぎ回ってんのか?面白ェ話なら俺にも教えてくれよ。」
グレゴールの言葉を聞き流しながらそれぞれの計画書の中から騎士の名簿を探す。
──あった。
確かに人名の羅列があり、顔見知りの同僚の名前もいくつか挙げられている。ヘルマンは手早く計画書の中身を閉じるように丸める。
「……助かった、これはしばらく借りるぞ。」
「おい、俺にも教えてくれって。つれねえなあ、貸しひとつにしておくぞ!」
「悪い悪い、聖女様直々の任務なんだ。事が起これば遅かれ早かれ耳の早いお前のところにも届くだろうから、それまで待っていてくれ。」
ヘルマンは振り返らずに手のひらだけを振ってよこす。
次はこの名簿に書かれた騎士たちへの聞き込みだ。うまくいけば、この聞き込み結果だけで十分な不正の証拠になるかもしれない。ブルーノ司祭側に、自分達の動きが伝わる前に済ませなければ。
ヘルマンは足早に、詰め所から宿舎へと調査を進めに向かった。
◇◆◇
「それでは、第3回改善検討会をはじめます──と、言いたいところだけど……」
私は執務室でひとり、佇んでいた。予定の時刻になってもアメリアとヘルマンは、まだ到着していない。
(もしかして二人になにかあったのだろうか。でもアメリアに何かあれば、もっと教会内が騒々しくなっているだろうからそれはないか。じゃあヘルマンの身に何かが起きた?この部屋からでは、騎士たちの動きはまったく見えないし……。)
私はとっくに確認を終えた今年度の帳簿を机に置き、居ても立っても居られず、でもどうすることも出来ずに、部屋の中をただひたすらにうろうろと歩いている。アメリアが自分の代わりにと用立ててくれた年若い侍女が、心配そうな……不安げな眼差しを私に向けているのがわかる。彼女まで不安にさせてしまっているのは忍びないが、待つだけしかできない身としては、こうでもしないと部屋に留まっていられないのだ。
そうこうするうちに、廊下からバタバタと複数人で向かってくる足音が聞こえてきた。私は扉へと駆け寄った。勢いよく開かれたその扉からは、服の裾やら襟やらを煤と埃だらけにしたアメリアと、いつもの鎧を脱いだのか、軽装のヘルマンが息を切らせて飛び込んできた。
「ルツィア様、時間に遅れてしまって申し訳ございません!」
「遅くなりまして申し訳ございません、でも…大発見が、ありまして…!」
「ああ、ふたりとも無事でなによりです!メアリー、二人にはやく冷たい飲み物を!」
相当急いできたのだろう、入室の礼もままならずに肩を上下させる二人に対して、侍女に水を運ばせる。報告を聞かずとも、彼らが成果を得たことは一目瞭然だった。私はアメリアの背を撫でながら、二人の息が落ち着くまで待つことにした。
◇◆◇
メアリーを元の持ち場へと帰らせ、彼らが息を整えてから、第三回改善検討会を開始した。ヘルマンは丸めて懐に隠していた警備計画書を机上に広げ、それぞれ端の方へ書かれた名前の羅列を指し示す。
「騎士団の会計担当より警備計画書を手に入れ、記載の名前の騎士が本当に巡礼に参加していたのかを確認してまいりました。詳細は名前の横に印をつけておりますが──実際の参加人数は半分以下、中には実在しない人物の名前も書かれておりました。」
私は資料を手に取り、名前の横につけられたチェックマークを確認する。
確かに、ヘルマンの言う通りに半分程度しか確認が取れていない。そして、警備計画書のすべてに記載されている一文が目に入った。
「……この、『不足人員はギルドより調達』というのは?」
「はい。ブルーノ司祭は騎士団より多くの人員が必要と計画書に書きながら、さらに人員がほしいと傭兵ギルドに声をかけていたそうです。そちらも合わせて確認しましたが、騎士や傭兵ともに、直前になって、司祭、または指示を受けた関係者から『巡礼への参加が取りやめになった』と連絡を受けた証言を得ております。」
なるほど。私はヘルマンが続けて提示した、傭兵ギルド員の名前と印がつけられた名簿にも目を通す。騎士の人数水増しの手口は、これで明らかになったと考えていいだろう。
次に必要になるのは、この不正で生まれた金額が書かれているであろう“証拠”だ。私はアメリアからの視線を感じて振り向く。彼女は自信に満ちた顔をしていた。
「ではアメリア。この今年度の帳簿に加えて、何を見つけてきてくれたのかしら?」
「はい!その帳簿をお借りした後、また倉庫番のおばさまの元へ聞き込みにいってみたんです。そしたら…ブルーノ司祭が、巡礼の前ならともかく、終わった後にも倉庫を頻繁に訪れると思い出してくれたのです。」
アメリアはこう続けた。確かに巡礼の前であれば、購入物品が正しく納品されているかチェックするという理由があるが(信用がないとジェイミーおばさまは憤慨していたようだが)、終わった後にまで来る理由が分からない。司祭様とはいえ倉庫番からは心象が悪く、嫌でも記憶に残ってしまっていた、とのことだ。
「それがどうしても気になって……でも、改善検討会の時刻も近づいてきていたので悩んでいたところ、偶然ヘルマン様が通りかかりまして。一緒に倉庫の中を捜索していたんです。」
ああ、だから二人が同じタイミングで部屋に来たのかと、私は納得した。アメリアが神妙な面持ちで差し出した、一冊の帳簿。厚さはさほどないが、よく捲られているのか端に癖がついている。
「こちらが──倉庫に隠されていた、ブルーノ司祭が管理している帳簿です。」
私はすかさず、その“裏帳簿”を、今年度の帳簿、ヘルマンに預けていた過去の帳簿とを並べて広げる。裏帳簿上では同じ日付の巡礼に関する支出が明らかに少なく、水増しして浮いた費用についても明確に記述されていた。
「騎士8名分、傭兵15名分……うち五分の一は傭兵ギルドの会計担当者と、物品調達先の担当者に流していたってわけね。」
これは、完全に動かぬ証拠だ。時間をかけて過去の記録とも照合していけば、すべて裏を取ることだって可能だろう。しかし、この裏帳簿の紛失または移動をブルーノ司祭に気付かれてしまったら、証拠隠滅の可能性が極めて高まる。そんな事態になったら目も当てられない。私は椅子から立ち上がり、二人と視線を交わした。
「ふたりとも、素晴らしい働きでした。では、これらの証拠をもってブルーノ司祭へ再度改善を提案しましょうか。日にちは──明日の、週次定例会で。」
アメリアとヘルマンはほぼ同時に、力強く頷く。ヘルマンには念の為、明日証言が可能な騎士がいるかどうか勤務表の確認に出てもらった。部屋に残されたアメリアは、ほっとしたような、今にも泣き出しそうな表情へと変わっていた。
事実がいよいよ明らかになり、これから起こる事の大きさを感じているのだろうか。私はそんなアメリアにそっと近づき、震える両手をやさしく握りしめる。
「大丈夫よ、アメリア。貴方は素晴らしい働きをしてくれました。そして、今日までの全ては私が命じたことで、貴方にはなんの責任もありません。すべてうまくいきますよ……後は私に任せてください。」
「……はい、ルツィア様。私はルツィア様を信じています。教会の皆様のことも…ブルーノ司祭のように、信仰を踏みにじる方がこれ以上いらっしゃらないことを、祈ります……。」
さあ、いよいよ反撃の瞬間がやってくる。私はただ巡礼ルートの改善をしたかっただけなのに、随分な不正まで釣り上げてしまったが……見つけてしまった以上、見過ごすことはできない。私の密やかな隠居計画の第一歩は、なんともド派手な一歩となりそうだ。
◇◆◇
ステンドグラスからの日差しに照らされ、厳粛な雰囲気の漂う教会内の大会議室。そこへ、大司教バルドゥインの静かな号令がかかる。
「皆様、お揃いですかな。では……定例会を始めましょう。」
“定例会”──毎週一回、決められた時間に開催される現状報告、情報共有の会議体だ。大司教以下、王都の教会に所属する司祭以上の職位を持つ人間が一同に集められている。現代のコンサルタントなら真っ先に廃止したくなる会議だろうが、インターネットはおろか印刷機すらない世界においては、おそらくこれ以上にはない情報伝達の場なのだろう。
私は錚々たる顔ぶれの中に、例のブルーノ・ケラー司祭が間違いなく参加していることを確認する。前回の巡礼の報告と、次回巡礼の計画案の発表があるからなのだろうか、やや緊張した面持ちのようにも見える。あんな大胆な不正を行う割には肝っ玉が小さいところもあるのだなと、人間というのは不思議な生き物だ。
この会議において、聖女はほぼ「報告を受ける側」の立場であり、自分の業務範囲内に異常がないならば特に発言する必要性はない。しかし、今回は違う。
(議題が巡礼に移った瞬間に挙手をして、巡礼ルートおよび人員削減の改善提案を行う。そこで再び反対してくるであろうブルーノ司祭には不正の証拠を突きつけ──旧来のやり方を問題化する。)
必要な準備はすべて整えてきた。あとは、その時が来るのをじっと待つだけだ。
私の中で静かに闘志が燃え上がるのとは対称的に、会議は静かに、そして粛々と議題を進めていく。
「では続きまして、聖人廟巡礼について報告をしてもらいましょう。ブルーノ・ケラー司祭、どうぞ。」
『はい。』
大司教に答える声が重なった。私はピンと姿勢を正し、真っ直ぐに手を挙げる。にわかに慌てだす会議場の空気が分からぬフリをして、先手を取る。
「ブルーノ司祭がお話になる前に、私からひとつよろしいでしょうか、大司教様。」
「せ、聖女様、あの提案は受け付けないと申し上げたではありませんか!!一体なんのつもりで──」
威嚇のつもりなのか、机を叩いて発言をやめさせようとするブルーノ司祭だったが、静かながらも威厳に満ちた声に制された。
「静粛に。……聖女様、いかがなさいましたか。巡礼に関するお話であれば、なんなりとお話ください。」
先に一つボロを出してくれたな、と内心だけでほくそ笑む。
今までの聖女はよほど大人しかったのだろうか、このブルーノ司祭は大きな勘違いをしている。私はただの小娘でもなんでもない。私は──聖女は、教会の最高権力者に等しい、替えの効かない存在なのだ。
私はその立場を行使すべく、ブルーノ司祭には一瞥もくれずに立ち上がる。恭しく一礼し、大司教の机上に改善提案書を広げた。
「こちらは、聖人廟巡礼の道程変更と、人員削減に関する改善提案書です。ただいまより皆様に、改善提案の概要をご説明させていただきます。」
私は朗々と、身振り手振り、ときに壁に貼らせた地図を指し示しながら提案内容をプレゼンテーションした。今までのルートと新しいルートでかかる時間の差、同伴の騎士削減によっていくら人件費が浮くか、出立式の廃止によって発注不要になる物品などの金額の数字も添えて、改善の定量効果も示してみせた。
聞く耳をもたなかったブルーノ司祭とは異なり、会議室の神官たちは考えてはいるのか、大司教から改善提案書の羊皮紙が回されていく度にどよめき、互いに相談をはじめる。この空気に耐えられなくなったか、ブルーノ司祭がまた大きく机を叩き、衆目を取り返す。
「以前も申し上げましたが、こんな提案は到底受け入れられるものではありませんぞ!巡礼の行列を減らすなどもってのほかです!教会の威光を捨てろとおっしゃるのですか!?」
ブルーノ司祭は鼻息荒く、反論を続けた。
出立式を盛大に行い、巡礼の行列を王都の民に見せることは伝統であり、騎士を動員することは王宮と教会の結束が盤石であると示すことができる。聖女や同伴の神官たちを守るために必要な人数でもあるし、都度出立式を行って巡礼先を明確にする方が、王都の民に伝説を思い出させるきっかけになると、矢継ぎ早にまくし立てる。
場はさらに騒然と色めき立つが、大司教はいたって冷静に、ブルーノ司祭の言い分も分析している様子だ。立派に蓄えられた白髭を撫で、ブルーノ司祭から私へと視線を移す。
「ブルーノ・ケラー司祭の意見は分かりました。確かに出立式をなくしてしまえば、何のための巡礼かを民が知る機会が失われ、地方の伝承が失われかねませんな。──聖女様。こちらについてはどうお考えでしょうか。」
「はい。……巡礼の目的は、あくまで王都以外の場所で祀られている英霊達に、その守り人である民達とともに祈りを捧げることが第一義です。その伝説は出立式という“非日常の祭り”で名前だけを伝えるのではなく、巡礼時に各英霊の守り人からより深く話を聞く時間を設けることで、同伴の神官たちが今まで以上に詳細な説話を民達に授けられるようになります。今までより身近に語り継ぐことが叶うでしょう。そして、さらに──」
私は反論の途中で、ヘルマンとアメリアを見る。二人は目配せを合図に、大司教の前へと進み出て“証拠”の数々を広げた。
「儀式や人員の肥大化は、管理統制を難しくします。このように……ブルーノ司祭による華々しい行列の影では、民から預かった富が、不適切な方向へ流れておりました。これがその証拠です。」
私は大司教の傍らに立ち、資料が示す不正の数々を、ひとつひとつ丁寧に説明していった。突然の事態にブルーノ司祭はわなわなと震えているようだ。騎士が勝手に来なかっただけだ、現場を放棄したのだ。傭兵ギルドが勝手に進めたことで自分は知らない、裏帳簿なんて捏造だ、と大きな声で喚いている。私は狼狽しきった司祭を、冷たい視線でひと睨みする。
「もしこの帳簿が捏造だとおっしゃるのなら、筆跡の照合をしていただきましょう。騎士一人ひとりをここに呼び、証言をさせる準備もしております。なんなら今すぐに呼んできましょうか?」
“巡礼事業の水増し請求による着服”というセンセーショナルな事件に、堂内はこれ以上ないほどに動揺している。もう改善提案どころの話ではない、組織の腐敗が明らかになったのだから。素直に動揺するもの、他の悪事の心当たりがあるのか俯くもの、同じ派閥の人間なのか、ブルーノ司祭を見てはおろおろと困った顔をするものなど反応は様々だ。
しかし、大司教バルドゥインだけは表情ひとつ変えることなく、いたって落ち着いたままだった。
「ルツィア様、ご公務にお忙しい中、よくぞここまでお調べになりましたな。このバルドゥイン、感服いたしました。」
目の前で不正が暴かれたというのに動揺一つ見せないのは、かえって恐ろしさを感じさせる。バルドゥインがそのままの調子で話を続ける。
「しかし、ルツィア様の提案にひとつ懸念がございます。より詳細な説話を以て伝説を途絶えさせぬとおっしゃいますが……具体的にはどのように新たな情報を、守り人に出させるのでしょう?彼らは今でも、我々に伝えてくれております。多くの民の心から伝説そのものが失われてしまえば、教会への信仰心に大きく関わりますゆえ。」
想定外とまではいかないが、厄介な切り返しだ。私も平静さをそのままに、静かに反論をする。
「一つ考えているのは、出立式のかわりに、守り人達や周辺の集落の民を巻き込んで神事を行うことです。我々が聖人廟の周辺環境を整え、祈りを捧げる……その姿は、普段教会や聖女という存在を意識しづらい彼らの認識を変えるきっかけにはなっていることでしょう。今後はともに祈りを捧げることで、より多くの守り人達と深く関係を築くことが出来る──そう、考えています。」
私の代替案に吟味するように、大司教は再びゆっくりと髭を撫でる。
「……聖女様のお考え、よく分かりました。では次回の巡礼は聖女様のご提案の通りに進めてみましょう。お手数をおかけしますが、別の担当をつけますので、其の者とともにご計画いただけますでしょうか。」
「もちろんでございます、大司教様。ご決断と、寛大なご配慮に感謝いたします。」
私が再び胸に手を当てて膝を折ると、堂内からはパラパラと拍手が鳴り、やがて全員からの万雷の拍手へと変わっていった。
──しかし、だ。
大司教は今、白日の下に晒された不正にどう対処するのだろうか?大司教の表情や振る舞いからは考えがまったく読めず、私は言葉を続けるべきかを決めかねていた。
その時だった。
厳粛な会議室の空気が、ふと緩んだ。
重厚な扉が開く音ではない。ただ、一人の男が静かな靴音と共に部屋の入口に現れただけで、それまで私の告発に騒然としていた神官たちが、まるで魔法にかけられたかのように動きを止め、一斉に跪いていく。
そこに立っていたのは、威風堂々たる男だった。 私のものとは対照的な、輝きを抑えたアッシュブロンドの髪が肩に触れるかという長さまで伸ばされ、襟足のあたりで低い位置で一本に束ねられていた。 前髪は長く、理知的に分けられてその額にかかっている。私はその只者ではないオーラに気圧され、ただ周りと同じように跪くことしかできずにいた。
「……陛下!?」
大司教バルドゥインが、その老練なキャリアで初めて見せるような、隠せない動揺の声で立ち上がる。
「国王陛下、一体これは……何のご連絡もなく、このような奥まった会議にまで。」
(国王──陛下?)
私は頭を垂れたままそっと視線を上げ、「国王陛下」と呼ばれる人物の姿を確認した。深紅の礼服は彼の引き締まった体躯を完璧に縁取り、若き王としての威厳に満ちていた。
そう、思い出した……彼こそがこの聖石の王国ハイリゲンシュタインの現国王ジークムント・マクシミリアン・フォン・アーデルシュタイン。 彼は、穏やかで理知的な微笑みを浮かべたまま、ゆっくりと室内を見渡した。狼狽する大司教、床に這いつくばるブルーノ司祭、そして不正の証拠の数々を値踏みするように一瞥する。
そして、穏やかな表情はそのままに、国益を優先する為政者としての、一切の感情を排した冷徹な声を発した。
「その者の身柄、我々に預けてもらおうか──大司教バルドゥインよ。」
「しかし、……教会内部の不始末は、教会で解決いたしますゆえ、陛下の手を煩わせる訳には──」
バルドゥインの声を遮り、国王が言葉を繰り返す。その声音は完璧にコントロールされ、先程よりは明確に苛立ちの色を添えている。
「もう一度言おう。その者、ブルーノ・ケラーの身柄を預からせてもらう。」
その王の言葉を合図に、背後から突入してきた数人の騎士がブルーノ司祭を素早く取り押さえる。そのまま腕を捕らえて立ち上がらせ、ブルーノ司祭が喚くのも構わずに会議場から連れ出していく。
「皆の者、面を上げよ。この度は我らが国民の信仰に仇なす不届き者を炙り出したこと、大義であったな。特に……聖女ルツィア、よくここまで証拠を集めたものだ。」
声をかけられ、ようやく会議室中が呼吸を再開したかのようだった。私は顔を上げ、カーテシーを行う。まだ発言は許されていないだろうと、黙ったままで様子を窺っていると、先程までの冷徹さが嘘のような爽やかな声で笑っていた。
「ははっ、そのように畏まってくれるな。『聖女』と『王』の仲であろう?互いに挨拶の暇もないほどに忙殺されていたようだが、私と貴方はこの国を守護する同志だ。困ったことがあれば、何でも言うといい。聖女の訪問ともあれば、私も時間を作れよう。」
「……ご挨拶が遅れ、申し訳ございませんでした。陛下の御心遣いに感謝いたします。」
思ってもみない親しげな話し方に、緊張して返す言葉が震えている。ああ、後でアメリアに王宮と聖女の関係について、それとなく確認をしなければ。大事なときに重要な知識が抜け落ちているのに気がつくと、こんなにも焦ってしまうものなのか。国王は大司教へと視線を戻す。
「かの者は教会から金をくすねたのではない。民から毟り取り、我らが王宮の権威すら食い物にしたのだ。国の法の下で、しかと裁かせてもらうぞ。」
「ははっ……どうぞ、陛下の御随意に。さらなる罪人が発覚いたしますれば、すぐさま身柄を引き渡しましょう。」
最敬礼を取る大司教にはそれ以上の言葉をやらずに、国王は侍従を連れ、外套を翻し去っていった。嵐のような訪問が去り、場内はどよめきを取り戻した。その後も予定された議題の報告が続いていたはずだが、あまりの衝撃に何も記憶には残らなかった。
かくして、私の隠居計画の第一歩は予想外の出会いを交えつつ、成功を迎えたのだった。
◇◆◇
その後、教会から派遣された後任の司祭とともに、巡礼ルートの視察や地方へ持ち込む神具の精査などに追われる日々を送った。あんな不正があった後だからなのだろう、後任はアメリアと並ぶほどに敬虔で真面目な人物だったため、忙しいながらもスムーズに準備が進められていった。
残すは出発し、実際にルートを回ってみてトラブルが起きないか確認する事を残すのみとなった頃、私たち3人は、やっと事後の会議を開く時間を作ることができた。
「労いの場を持つのが遅くなってしまってごめんなさい。今回はアメリアもヘルマンも、大変お手柄でした。貴方達の協力がなかったら、今頃はまだブルーノ司祭の良いようにされていたことでしょう。」
開口一番、二人に向けて感謝の言葉を伝えた。アメリアとヘルマンの顔には私と同じように疲れが見えるものの、その表情は達成感と自信に満ちている。
「いいえ、すべてはルツィア様のご慧眼と的確なご指示のおかげです。我々は従ったまで。」
「そうですよ!ルツィア様がお勤めに対して真摯でいらっしゃったゆえに、改善が叶うのみならず、不正まで裁くことができたのです。」
「謙遜はいらないわ、貴方達でなければ集められなかった証拠があっての結果です。」
二人の自己評価が控えめなのはいつもの事だが、そうであるならば余計に褒めて伝えなければ。言葉だけではこんな風に返されてしまうから、何か別の形で彼らの奉仕に報いることができればいいのだけれど……そう、考え込んでいると、真っ先に脳裏に『打ち上げ』の単語が浮かび上がる。プロジェクト単位で成果を挙げたわけではないが、今回の改善は一度打ち上げたっていいくらいの成果ではないだろうか?
「二人へのお礼と今後の親睦も兼ねて、お祝いの席を設けたいのだけれど……どこか、いい場所はない?教会の食堂だと、あまりにもいつも通りですからね。」
私の提案に、意外にも乗ってきたのはヘルマンからだった。彼はすっと手を上げて発言をする。
「祝勝会ですか?いいですね、やりましょう。ひとつ、心当たりの店があるのですが……ルツィア様とアメリア殿は、肉はお好きですか?」
──肉。
その単語をフックに、私の脳裏には焼肉屋で打ち上げをした際の記憶が鮮やかに蘇ってきた。じゅうじゅうと肉の焼ける音と香ばしいタレの香り、そして肉をジャンプさせた白飯の美味しさといったら。私は想像だけで口内に溢れ出た涎をこっそりと飲み干し、ヘルマンの提案を歓迎した。
「お肉、大好きです。アメリアはどう?苦手ではない?」
アメリアの方を見れば、彼女も隠しきれない期待に瞳を輝かせているではないか。アメリアは何度も頷いて答える。
「お肉って、戦いを控える騎士様たちが食べるべきものだと思ってましたが……私も食べていいんですか!?ぜひ、食べたいです!」
そう言われてみれば確かにと、教会での食事のタンパク源は豆や乳製品が多かったなと思い返す。アメリアのあまりにも純粋な言葉に内心では涙を流しながらも頬を緩ませるだけで堪え、ヘルマンの方を見る。
「では決定ですね。実は早々に返しておかねばならない借りがありまして。その詳細は、宴のときにでも話しましょう。」
『はい!!』
不意に声が揃ってしまった私とアメリアはお互い目を見合わせ、声を出して笑った。そんな様子を穏やかに眺めるヘルマンもまた、いつもの光景になっていた。打ち上げの日取りは初めての新ルート巡礼を終えて帰還する夜と決定し、その日の会議は終了とした。
このチームなら、この先どんな困難が待ち受けていても解決できるだろう──私はこの一件を通じて、“聖女業務の完全手離れ実現隠居プロジェクト(仮)”への手応えを、確実に掴むことができたのだった。
=====================
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。もし面白い!と感じていただけましたら、作品フォローまたは応援コメントなどいただけますと励みになります。
5話以降も聖女業務の手離れに向けて物語は進んでいきます。どうぞ、引き続きお楽しみください。
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