第2話 遠方からの求婚

数ヶ月が経ち、アークは屋敷の使用人として扱われるようになっていた。雑用をこなし、誰にも気づかれないように庭の草花を世話する——それが、彼の唯一の存在意義だった。


そんなある日、ルミナス家に前代未聞の出来事が起こった。


豪華絢爛な装飾を施した巨大な飛空船が、屋敷に降り立ったのだ。この世界とは異なる、遠く離れた異文化圏の紋章を掲げていた。


飛空船から降りてきたのは、極彩色に飾られた異国の使節団だった。彼らがもたらしたものは、一族を驚愕させるに十分だった。


それは、求婚の申し出だった。


申し出の相手は、遠く離れた「シエロの帝国」。技術も文化も大きく異なり、強大な軍事力と独自の魔術体系を持つ、謎に満ちた国だった。


その若き皇帝が、ルミナス一族の血を引く者を后(きさき)として迎えたいと申し出たのだ。


「皇帝陛下は、『星詠みの一族』の血に、この世界にはない新たな可能性を見出しておられます。后としてお迎えすることで、両世界の魔術体系が融合し、より強大な力を生み出すことを望んでおられます」


使節団長は、父ライナスの前で威厳に満ちた口調でそう述べた。


そして、彼らが差し出した結納金の目録は、ライナスと一族全員の目を奪った。


金銀財宝、希少な魔導具、領地権、そして一国の予算に匹敵する莫大な富——その金額は、ライナスの想像を遥かに超えていた。


「この結納金は、どなたに差し出されるものだ?」


ライナスは驚愕を隠しながら尋ねた。


「それは、ルミナス家の血を引く、長子の方に、です」


使節団長は長男アークを指差した。


ライナスの顔が一瞬にして歪んだ。長男——アーク。無能で、一族の恥であるアーク。


ライナスは、セドリックやリリアを指名しようとした。彼らの絶大な力こそが、この莫大な結納金にふさわしいと。


「いや、我が家の長子は、能力的に優秀なセドリックである」


「恐れながら、陛下が求められているのは、『一族の正統な長子の地位』と『最も古い血の継承』に重きを置いておられます。お名前を伺っております。アーク・ルミナス様ですね」


使節団長はアークの名を正確に呼んだ。どうやら、シエロの帝国はルミナス家の内部事情を徹底的に調べ上げていたらしい。


ライナスは、一族の未来と目の前の莫大な結納金を天秤にかけた。


セドリックやリリアを異国へ送ることは、一族の未来を自ら手放すことに等しい。彼らの力は、この国での地位を確固たるものにする。


しかし、アーク——彼は無能だ。この家にあっても何一つ役に立たない。彼を差し出すことで一国の財産を手に入れられる。


ライナスの心は一瞬にして決まった。


「よかろう。私の長男、アーク・ルミナスを后として差し出そう」


ライナスはアークの方を一度も見ることなく、使節団長に告げた。その声には、一切の躊躇も情愛もなかった。あるのは取引を成立させた者の冷徹な満足感だけだった。


アークはその決定を、隅の柱の陰で聞いていた。

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