微力の花婿
綾波絢斗
第1話 零落の血筋
代々、超常の力を宿して生まれる「星詠み(ほしよみ)の一族」。
その名は天に煌めく星々のように、この世界における地位と権力を象徴していた。彼らの力は無限大と称され、治水、豊作、病の治癒、そして時には大国の運命さえも左右した。世界中の王侯貴族が星詠みの一族に頭を下げ、その恩恵にあずかろうとした。彼らは富と栄光の座をほしいままにした。
アーク・ルミナスは、その一族の長、ライナスの長男として生を受けた。本来であれば一族の未来を背負い、父の跡を継ぐはずの次期当主である。
しかし、アークにはその無限大の力が宿っていなかった。
初めて力が発現したとされる五歳の誕生日。弟や妹が大地を揺らし、天空に虹をかけるような壮大な力を見せつける中、アークが発現させた力はあまりにも微弱だった。
それは、窓辺に飾られていた、わずかにしなびた一輪のバラを、たった一輪だけ生き生きと元気にさせる程度の力。
その瞬間、豪華絢爛な祝いの場は一瞬にして沈黙の冷気に包まれた。
父であるライナスは、石のように固まった表情でアークを見つめた。その瞳には怒り、失望、そして抗いがたい侮蔑の色が宿っていた。
「……それだけか」
ライナスが絞り出したその声は、広間全体に凍てつくように響き渡った。
「たった一輪の花を元気にする力だけを、我が一族の血を持つ者が持つというのか? ふざけるな」
その日以来、アークの人生は一変した。
彼は父から「出来損ない」「無能」「血の混ざった不純物」として扱われた。ライナスの視線は常に冷えきっており、アークが傍にいることさえ煩わしいと言いたげだった。
「お前はこのルミナス家の恥だ。私の血を引いているとは思えん」
アークが幼い頃、最も恐れたのは父のこの一言だった。彼を冷遇する理由の根底には、「本当に自分の子なのか」という根深い疑念があった。
一方、四歳下の弟セドリックの力は絶大だった。彼は十二歳にして、干ばつに苦しむ広大な領地全域に慈雨を降らせるほどの能力を発揮した。その力は父ライナスさえもしのぐと言われ、一族の者たちはセドリックこそが真の後継者であると確信した。
さらに下の妹リリアは、人々の感情や心身の状態を完全に掌握し、病を瞬時に癒す治癒の力に秀でていた。彼女の笑顔一つで重い病に臥せていた人々が回復し、彼女の能力は「聖女の光」と讃えられた。
セドリックとリリアは才能をいかんなく発揮し、家族から惜しみない愛情と賞賛を受けて育った。彼らのいる場所はいつも華やかで、笑い声と歓喜に満ちていた。
アークはそんな家族の輪から遠く離れた場所に追いやられた。屋敷の片隅にある、使用人も寄り付かないような小さな部屋。食事も他の家族とは別で質素なものになった。
本来、一族の長男として最高の教育を受け、権力の中枢に立つべき立場にあったアークは、今や屋敷の幽霊のような存在だった。
アークは力がない自分を責めた。それでも、自分の小さな力が全くの無力ではないと信じたかった。
彼はこっそりと、庭の隅にある誰も気にかけない弱った草花の世話をした。一本、また一本と、愛情を込めて手をかざす。
「咲け。元気になれ」
彼の小さな力は、確かにそれらの花を甦らせた。誰にも気づかれずに、静かに、ひっそりと。
ある日、アークはセドリックの部屋の前を通りかかった。セドリックは国王からの依頼で、軍隊の士気を高めるための壮大な能力の制御訓練をしていた。
「兄さん、まだそんな所でぼんやりしているの?」
セドリックはアークを一瞥し、鼻で笑った。
「兄さんのその『一輪の花を生き返らせる力』は、何かの役に立つの? 僕が今からやろうとしているのは、この国の戦力を高める訓練だよ。兄さんの力は草花の遊びにもならないね」
リリアもまた、アークに優しさを見せることはなかった。彼女の治癒の力は絶大だが、アークに向けられるのは冷淡な視線だけだった。
「お兄様、その汚れた手で私の近くに来ないで。私の力が乱れてしまうわ」
居場所がない。それがアークのすべてだった。長男としての立場は完全に弟に奪われ、アークは屋敷の中でただ息をしているだけの存在と化した。
父ライナスは、ついに公の場で宣言した。
「セドリックこそが我がルミナス家の真の後継者である。アークは……一族から縁を切られた者として扱われる」
アークはその瞬間、長年の苦痛から解放されたような奇妙な安堵感すら覚えた。もう期待されることはない。もう失望させることもない。彼は自由な無力者となったのだ。
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