圧倒的な黒
不思議な感覚だった。
どうしてか、体が何かに包まれているようで。
あったかくて、だけど、冷たくて。
明るくて、昏くて。
まるですべてが矛盾したような空間で――僕は、だれかに話しかけられていた。
「――ねえ、まだ痛いの?」
――つらくないよ。
「――ねえ、憎くない?」
――憎くないよ。
「――今望むなら、あなたの代わりに報いてあげる」
――今は……望まないよ。滅ぼしたくないし、滅ぼす理由もないもの。だから、心配しないで。
そうやって伝えたいのに……僕の体は、思うように動かない。
口が開くことはなく、どうしてか僕は涙を流し続けるのみ。
まるで、その声は、遠くも近くもない。
心臓の裏で響くような、不思議な声の持ち主。
――だれなんだろうなぁ、この人。
今この場所で動くのは、頭のみだ。だから、誰が話しかけてきているのか考えてみることにした。
僕が覚えている最後の光景。それは、僕が倒したはずの狼の魔物が誰か男女を追いかけているところだった。
あと少しであの二人、やられるな――そう思ったところで、僕の意識は落ちてしまったのを覚えている。
「―――じゃあ、あの二人を助けてあげようか?」
突如また、その声が聞こえた。
二人を助ける、か。一人は僕を見つめていたなぞ少女だということは覚えている。
けど、僕もう一人のことを知らない。村が滅ぶことは回避したいものの……うん、特に知らない青年が死ぬことに関しては全く何も思わないかな。
あの人が村の人なら少しは違うんだろうけどね。
「……あの青年は、村の住民よ?」
まるで、あきれてることを隠す気がないような声。そして言葉。
あれ? 僕今誰かわからない謎の女性(推定)にあきれられてるの?
……でも、あの青年村の住人だったんだ。多分、僕がいたずらしても嘘をついても何も言ってこなかった人なんだろうね。何人かいたよ、そういう人。
もれなくそういう人に関しては顔すら覚えてないんだ、僕。
嫌いだもの、そういう人。まださっきみたいな好奇心を含んだ視線を当てられるほうがましだよ。その態度が僕に興味がないことを証明しちゃってるもの。
最初からゼロだったが好感度ダダ下がりだね。
「……じゃあ、助けないでいいのね?」
いやそういうわけではなくて……あの人たちが助かったら狼が来るってことを村に伝えてくれるかもしれないし、できるならあの少女のほうだけ助けることってできないかな?
あの青年はどうなったっていいからさ。生贄にでもささげるよ? 見えないし喋れないからわからないけど、寝ている
「驚かれないのはもう一切置いておくとして……はあ」
どしたん? 話きこか?
「私の話しかけている相手が強欲すぎるという問題があってね?」
ほーん、それは彼氏が悪いわ。
「彼氏じゃないわよ……」
僕ならそんな思いさせへんのにね。
「あんた……ッ!」
だからさ――それじゃ、頼んだ。
「……代償として、あの少女の記憶はもらうわよ」
……まあ、死なないならいいか。
声が笑ったように聞こえた。
その笑みが優しいのか、冷たいのか――僕にはもう、わからなかった。
そして、その声に承認の意図を思い浮かべた瞬間——
――僕の意識は、再び暗転した。
◆ ◆ ◆
炎が空気を裂いた。
ルードの背が、燃えるような光の中に飲み込まれていく。
叫ぶ声すら出なかった。息が、熱に奪われる。
魔物の喉が鳴る。牙が光る。
――終わる。そう思った瞬間だった。
空が、割れた。
真昼の森のはずなのに、光が消えた。
音も、風も、熱も――何もかもが凍る。
ただ、ひとつ。黒が流れ込んできた。
黒い液体のようでもあり、影のようでもあり、形を持たない“圧”だった。
それが、少年——〝名無し〟の体から溢れ出ていた。
狼が一歩退く。低く唸りながらも、本能的に怯えているのが分かる。
だが、黒は止まらない。
地を這い、空を掴み、まるでこの世界の理を侵食していくように広がっていった。
少年――いや、〝ソレ〟はゆっくりと立ち上がる。
目が、見えなかった。そこにあるのは空洞。
けれど確かに“見る”という行為だけが存在している気がした。
次の瞬間、狼たちの身体が裂けた。
斬ったのではない。潰れたのでもない。
まるで「存在という線」を、一本だけ抜き取られたように、崩れ落ちた。
音が戻る。
風が吹く。
倒れた狼の残骸から、黒い靄が立ちのぼる。
それを、“名無し”がゆっくりと振り返って見下ろした。
私と、目が合った。
息が詰まる。
何もされていないのに、心臓が握られたような感覚に襲われる。
足が勝手に後ずさる。
でも、その“存在”は、何の敵意も持っていないように見えた。
ただ、静かに手を伸ばして――
――私に、触れようとした。
「……や、め――」
光が走った。
視界が白に塗りつぶされ、意識が遠のいていく。
手を伸ばそうとしたけど、体が動かない。
倒れる間際に見えたのは――〝名無し〟が頭を押さえてうずくまる、そんな様子だった。
◆ ◆ ◆
「――!!」
起きた瞬間、ものすごい頭痛がした。
うずくまりながら、声なき声を上げ――そして五分くらい。
頭痛は収まり、僕は再び立ち上がった。
あたりを見渡してみる。そこに狼さんの姿はなく、僕の前後に二人の人が倒れているのみだった。
◆
うーん、不思議。
目の前に……というか僕の真下でうずくまっている僕を見つめていた少女A。多分瀕死。
そして、僕の真後ろで血を流して倒れている青年A。多分すでに死体。
起きたらこんな二人の人間に囲まれていて、不思議がらない人はいないと思う。
というか、どうなったんだろうか? あの狼の魔物さん。
多分、少女Aには傷とか一切ないし夢に出てきた謎の人物が守ってくれたんだろうけど……もう倒されたのかな?
前回狼の魔物を倒した時、たしか塵になって消えていった。今周りを見渡しても魔物の影なんてないし、多分もう消え切ったあとなんだろう。
……処理しないでいいのはありがたいけど、あれだなぁ。できれば消えないで欲しい。
いやまぁ自業自得要素はあると思うけど、やっぱり証拠がないせいで僕が疑われるんだし。殺さず痛めつけようにも僕にはそこまでの力がない。
悲しいけど、このまま当分は無視されるコースを直行かな。今でも通用する嘘とか、考えとかないと。
「取り敢えず、処理しないとね」
気を取り直し、僕は青年Aの死体を右肩に、そして少女Aを左肩に担いで村へと向かうのだった。
ちなみに、やっぱり僕はまた強く……早くなっていた。
◆
「――お前……殺した、のか?」
村に入ろうと入り口まで帰ってきたら、門番の人に驚いた顔で見られた。
まあ、その疑問が浮かぶのも納得できなくはない。
両肩に血塗れの青年少女をを抱えてるんだもの。僕が見たら……うん、真っ先に逃げるね。絶対に人殺しだって勘違いしちゃう。流石にまだ死にたくはないもの。
――でも、僕が殺したわけじゃないから……?
たぶん。おそらく。めいびー。実際はどうか知らない。もしかしたら代償というか生贄というか、狼さんたちを倒すために使われちゃったかもしれない。ほら、夢の中で僕許可しちゃったからね。
なんとなくで言っただけなんだけど、もしかしたら本気にして殺しちゃってたかもしれない。
僕の体が乗っ取られてたであろう時の記憶がないから、何もわからないんだ。
で、でもまぁ! 僕の意志じゃないからね。
僕の意思で僕が手を下して殺したわけじゃないから!!
――さて、それじゃあ誤魔化さなければ。
どうしようか、僕の専売特許の嘘でもついてみようか。
でもなぁ……信じてくれるかな?
――というか、信じてもらう意味なんてあるのかな。
〝嘘つきの少年〟、そのレッテルのせいで僕はもうこの村の人々にかまってもらうことができないに等しい。
悲しいことに、どんな嘘をついても魔物が来たぞと真実を言ったとしても「あぁ、嘘なんでしょ」で済まされてしまうから。
――だったら……この状況を利用する、という手もあるのでは?
僕が嫌なのは、この村が滅ぼされてしまうことだ。
多分、この青年Aが殺された時のように知らない人が殺されても微塵も何も思わないだろう。
多分、僕は〝村の人が死ぬ〟ことが嫌なんじゃなくて〝この村がなくなる〟ことが嫌なのかもしれない。まあ、所詮は自分の深層心理を理解できない嘘つき少年のくだらないよそうなんだけどね。
だったら――そうならない限りは自由にしちゃおうじゃないか。
別に、滅ぼされないなら何でもいいんだし……青年の死くらい、僕のせいにしちゃおうじゃないか。
いいじゃん、僕。かしこいじゃん。そうすれば、僕は誰かにかまってもらうことができるだろう。
所詮僕が望むのは誰かとのつながり、つまりはかまってほしいその一つ。
牢に入れられたりしたら、その時はその時で考えよう。
「――あら、気づいちゃったか。そうだよ、この二人は―――僕が殺した」
とりあえず、気軽に爆弾を落としてみることにした。
ちなみに少女Aが死んでるかどうかは知らん。適当に言っただけだもの。
あとがき――――
なんと明日、学校の人に会いに行くフィールドワークという名目でとある小説家さんと一緒に温泉に行きます!
楽しみすぎる……ってことで多分明日は更新がないと思うのでご了承ください!!
ぜひとも星、いいね、コメント、フォローをおねがいします!
面白いと思った方はぜひともよろしくお願いします!
そうじゃなくてもいいねしてくれると嬉しいです!
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