第5話
レンの死去から数日後、帝都から戻ったレオンが部隊に合流した。
進捗状況の確認のためにぼろぼろの街を一通り回った彼は、兵士たちの間に流れる異常な空気を察したようだった。訝し気な顔で、副隊長とエリナに話しかけている。声は聞こえなかったが、眉間の皺が深くなっていく様を見れば、話の内容は大体予想がついた。
レンのことだ。
口を真一文字に結びながら何度も小さく頷いている彼は、今にも噴火しそうな火山のようだった。
「ハルト、来い」
小さな声だったが、ずっと様子を窺っていた俺にははっきりと聞こえた。
仁王立ちでまっすぐに俺を睨みつけているレオンの姿が、初めて出会った時の姿と重なる。あの時もこうして俺だけを見つめていた。でもあの時と今とでは、まるで状況が違った。あの時の俺はただの子供だったが、今は一人の兵士の命を奪った罪人だ。俺は、彼が大切にしている部下を化け物にして殺してしまったのだ。
見放されて当然だった。
ゆっくりとレオンの元に歩いていく。その隣に立つエリナは眼鏡の位置を直していた。そういえばあの時もエリナは彼のそばにいて、俺を落ち人だと一目で看破したのだ。そこまで昔のことではないはずなのに、随分と懐かしく感じた。
最初は恐怖や憎しみしか感じてなかった兵士たちだったが、一部を除いてそんな感情はいつの間にかなくなり、今では愛着のようなものを感じ始めていた。ここに魔獣が現れれば部隊の一員として迷いなく戦うだろう。一人の人間として俺と向き合い優しくれた人たち、ミリアやエドワード、ガルド、エリナのためならば多少の危険すら顧みず前に出る覚悟もある。
だから。
目の前で、レオンが大剣の柄を握った。
だからこそ。
グリップを力強く握り込む音が聞こえる。まるで心臓を掴まれたかのようだった。
――レオンの大剣を、断罪を、受け入れる覚悟があった。
俺は息を荒げながらも、レオンの目を見つめ続けた。
大剣が宙に掲げられた。その刀身が日光を反射してぎらりと光った。険しい目。眉間の皺。鎧の隙間から見える素肌には無数の傷。それは部隊を守ってきた証であり、愛と誇りそのものだ。その全てを覚えておこうと思い、俺はぎゅっと目を瞑った。
ドンッッ!!
身体が浮き上がるほどの衝撃をすぐそばから感じ、恐る恐る目を開けると、近くに積まれていた瓦礫の山が跡形もなく消し飛んでいた。
「情けない!」
驚いてレオンの方を見やると、彼は周囲にいる兵士たちを一心に睨みつけていた。「一体この子が何をしたんだ、答えろ!」
「「「……」」」
兵士たちは皆、口を閉ざしたまま動こうとすらしなかった。
「仲間を失って苦しいだろう、レンの最期が衝撃的で泣き喚きたい気持ちもわかる。だが!」
レオンの左腕が乱暴に俺の身体を抱き寄せた。勢いよく額と鎧がぶつかり大きな音がしたが、レオンは気づいていないようだった。「……この子が何をした? 兵士でもないこの子に、何をしてもらった? お前たちが今、こうして生きているのはいったい誰のおかげなんだ!?」
兵士たちの中から「で、でもそのせいで」か細い声が聞こえてきた。
「でもそのせいで? レンがあんなことになったと? そうかもな、否定はできん。だが、それは全て我々の弱さが原因だろう!」
「「「……」」」
「迅速に魔獣を殲滅できるほどの実力があれば、あの戦いでこの子に頼ることはなかったはずだ、違うか!?」
額に張り付いた冷たい鎧の奥から、マグマのように熱い彼の怒りが伝わってくる。彼が大声を出すたびに、鎧が震えて痛かった。
「……はい」どこかから小さな声が聞こえた。兵士たちが悔しそうな顔で俯く。
「お前たちは必死に訓練してきた、あの時も必死に戦った。それは知っている。だがな、それで弱さが正当化されるわけじゃない。誰かのせいにしていいわけでもない。根本的原因から眼を逸らしていい理由になどなるはずがない!」
歯ぎしりの音が聞こえた。兵士たちの拳が強く握られ、ぷるぷると震えているのが見える。
「仲間の負傷も、死も、全て我々の弱さが原因。まずは、それをちゃんと自覚しろ!」
「「「……はい!」」」
空に向かって兵士たちが絶叫した。その声からは、受け入れがたい現実を受け止めようとする痛みがまざまざと感じられた。それが痛いくらいにわかってしまうから、俺はレオンの言葉を否定したくてたまらなかった。
ちがう。彼らは正しい。八つ当たりなんてしていない。俺はレンを化け物にした。殺した。カイルの言うように、俺がいなければきっと、こんなことには――
「仲間を大切に思うのは構わん。失って怒り嘆くのも当然。だが矛先を間違えるな。過去のためでなく、未来のため。今隣にいる仲間のために、一回でも多く剣を振れ。わかったな」
レオンは俺を抱えたまま踵を返すと、天幕へ向かって歩き始めた。
スキルを奪っていただけなのに あまなつ @amanatu33
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