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「どうしてそう思うの? わたしには外れを誤魔化す理由は……」
「理由なんて関係ないです」捲し立てる会長を遮った。今はこちらの手番だ。「会長は気がつかなかったんですよ、酸っぱいのを食べたことに」
「さっき宇田見さん自身が気がつかないわけがない、って断定したばかりでしょ」
「会長以外の人なら、です。でも会長は気付けなかったんですよね?」わたしが導いた結果を突きつけていいものか逡巡したが意を決し、「会長、味覚障害なんですよね?」
会長は目を見開きしばらくしてから微笑んだ。まるで慈愛に富んだ女神のように。
「どこで気がついたの?」
「会長が事件解決のピースは全て揃っていると言ったのと甘い物を食べたからです。マックスコーヒーにガムシロップ、激辛タンメン、苦みの強すぎるゴーヤチャンプルーと連想し、極端な味付けを好むなって。後は連鎖的に結論まで持って行けました。外れのソフトキャンディーはそれほど酸っぱくない。解決させる気があるのかないのかの話しぶり。会長の発言。会長が犯人で、会長は自分が犯人であることに気がついているのではないか。どうして会長が犯人なのかは、酸っぱさを感じなかったからではないか。そう仮定すると今までのことに説明がつくと考えたんです」
「さすがは宇田見さん」会長の笑みは崩れない。「一つ訂正するなら、味覚障害というよりかは味覚低下、が正確なとこ。味がなにも分からないんじゃなくて、極端な味なら感じ取ることができる。だから宇田見さんが言ったようなものを好んで食べてた」
「訂正ついでに教えてください。分からないことがあって、どうして会長にとっては自明な事件を持ち出してきたんですか」
会長の笑みが消えて少し寂しそうな顔になった。「わたし自身のことをちゃんと知ってほしかったから、かな」
「会長を知るって、味覚障害のことですか? あまり言いたくありませんが、察してちゃんは好かれませんよ」
「そうじゃなくて……。ううん、なんて言うか、もっとちゃんと向き合ってほしかった。
今は五人で仲良くやっているよ。青空は留年したから四人になっちゃったけどさ。学校ではよく一緒にいるし、休日に遊んだりもする。修学旅行も同じ班でどこ行こうかとよく相談してた。それがなくなってもお泊まりしたりね。結構楽しくやってる。
でもそれってずっと続くかな。青空は妹だから否が応でも関係は続くけど、残りの三人は? 卒業してそれぞれ別の大学に進学しても今みたいな関係性でいたいとわたしは思ってる。そう思っているのはわたしだけなのかもしれない。このグループはきっと今だけの関係性で、この環境でしか成り立たないのかもしれない。卒業後はたまに会って遊ぶかもしれないけどだんだん疎遠になって、それから再会するとしたらそれはきっと、だれかの結婚式なんじゃないかな。それもご祝儀要員。
それって寂しいことじゃない? わたしはそんなの嫌だった。だからみんなと向き合いたかった。向き合おうとした。たとえ今だけの関係性だとしても、そのとき、今このとき、この瞬間をちゃんと大切に扱いたくて。
進学や就職を経てわたしたちを取り巻く環境はどうしても変わってしまう。環境が変われば影響を受けて考え方や感じ方だって変わるだろうね。そうなったら今の仲を維持できない。そんなことは百も承知している。だからってないがしろにできるはずがないでしょ。この三年間を心に残るようにしたかった。あのときは楽しかったと少しでも思ってもらえるように。
だから悩んでいる友達に真摯に耳を傾けた。成績が悪くて泣きつかれれば必死にかみ砕いて教えた。忘れ物が増えた芳賀さんについても考えた。
……でも、わたしのそんな気持ちとは裏腹にだれもわたし自身のことを知ろうとはしてくれなかった。極端な味覚はみんなにたびたび見せている。マックスコーヒーにガムシロップ、激辛タンメンは当然のこと、甘酸辛苦すべて。
正直宇田見さんより長い時間をみんなで過ごしている。それでもだれもわたしの味覚低下には気がつかなかった。条件は平等だったのに気がついたのは宇田見さんだけだった」
正直に言えば、わたしは会長の友達と同じだ。その場限り、通り一遍の付き合いしかしてこなかった。中学のときの仲がよかった友達とは高校が別になり卒業してから一度も連絡を取っていない。授業の合間や休日もそれなりに一緒に過ごしていたし、わたし自身楽しんでいたのに。ブリッジ仲間でもある希望たちはどうだろうか。休日に遊んだりはしないが、好ましく思っているのは事実だ。しかし高校を卒業したらきっと同じように連絡を取らなくなる可能性が高いのではないだろうか。
そのことを残念だと思うか、と聞かれると答えはノーだ。それくらいの温度でしか付き合えないことに残念がったりはしない。だから会長の言うことは理解に苦しむ。だからと言って下らない考えだと唾棄するものでもないとは思っている。
「わたしはそういう付き合い方をしたいと常に思っている。それは宇田見さんも例外じゃない。迷惑かな? それともわたしにはそんな資格はない?」
「正直、よく分かりません。会長の考えを聞いてわたしはこれからどう会長と向き合っていくのか」会長が心の内を吐露してくれているのだから、わたしも少しだけ自分の気持ちに素直になろうと思う。「でも、まあ厄介事を持ち込んでくるところ以外は、会長のこと嫌いじゃないですよ」
会長は安心したように笑った。
今とこれからも 四国ユキ @shikoku_yuki
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