第35話:SNSでの報告

 その日の夜、俺は自分のマンションのベッドの上でスマートフォンの画面と睨めっこしていた。


 隣では梓が「まだ悩んでるんですか?」とクスクス笑っている。


「いや、だってなんて書けばいいか……」


 俺が開いているのは、インスタグラムの新規投稿画面だ。

 そこにはこの前の打ち上げで健太が撮ってくれた、俺と梓がトロフィーを挟んで笑っているツーショット写真がセットされている。


「普通に、ありのままでいいんですよ」


 梓に促され、俺は覚悟を決めて文章を打ち込み始めた。


『【ご報告】

 先日のコンテスト、応援ありがとうございました!

 皆様のおかげで、3位に入賞することができました。


 そして、もう一つ。

 これまでトレーナーとして僕を支えてくれた橘梓さん(@azusa_tachibana_fit)と、お付き合いさせていただくことになりました。


 これからは公私ともに最高のパートナーとして、二人で支え合い高め合っていきたいと思います。


 今後とも、佐藤優斗をよろしくお願いします!


 #フィジーク #筋トレ #フィットネス #ご報告 #いつもありがとう #最高のパートナー』


 これでいいか。

 俺は梓に画面を見せる。彼女は「完璧です」と満足そうに頷いた。


「じゃあ、投稿するぞ……」


 深呼吸をして、ボタンをタップする。

 投稿された瞬間、心臓が少しだけドキドキした。


 その心配は、全くの杞憂に終わった。

 投稿した直後から、スマホの通知が鳴り止まなくなったのだ。


『うおおおお!おめでとうございます!』


『やっぱり!お似合いだと思ってました!』


『最高のカップル!末永くお幸せに!』


『コンテスト入賞もお付き合いも、ダブルでおめでとうございます!』


 ジムの仲間、昔の友人、そして、俺の投稿を見てトレーニングを始めたという見ず知らずのフォロワーたちから祝福のコメントが殺到した。


 一つ一つのコメントに目を通していると、胸が熱くなる。

 俺の努力とそして幸せをこんなに多くの人が喜んでくれている。


 その中に、ひときわ目を引くコメントがあった。


『優斗さんの投稿にいつも勇気をもらっています。失恋してボロボロだったんですが、優斗さんみたいになりたくて、私も最近ジムに通い始めました!お二人のこと、心から応援しています!』


「……梓」


 俺はそのコメントを梓に見せた。


「見てくれ。俺もう誰かの背中を押せてるかもしれない」


 梓はコメントを読むと、自分のことのように目を細めて喜んでくれた。


「言ったでしょう?優斗さんなら、きっとなれるって」


 SNSの世界は、時に人を傷つける。

 けれど、こうして誰かの温かさに触れたり、誰かに勇気を与えたりすることもできる。


 俺はこのツールをポジティブな連鎖を生むために使っていきたい。


 通知は、まだ鳴り止む気配がなかった。

 俺はスマホを置くと、隣にいる温かい存在を、ぎゅっと抱きしめた。

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