第23話:焦りの追撃

「これだけ……?」


 薄暗い部屋の中、美咲はスマホの画面を握りしめ、愕然としていた。

 優斗からの返信は、あまりにも素っ気なく、短かった。


『元気だよ。そっちは?』


 昔の優斗なら、私からの連絡に子犬のように喜んで、すぐにでも長文のメッセージを送ってきたはずなのに。その変化が、今の彼との距離を突きつけてくるようで、焦りと屈辱が同時にこみ上げてきた。


 既読が付いてから返信が来るまでの時間も、妙に長かった。きっと、返事をしようかどうかも迷ったに違いない。


 もしかして、彼女でもできた……?


 その可能性に思い至った瞬間、心臓が嫌な音を立てて軋んだ。SNSで見た、あの自信に満ちた笑顔。鍛え上げられた身体。今の彼なら、隣に誰かいてもおかしくない。


「……嫌」


 そんなの、絶対に嫌だ。

 優斗は、いつまでも私だけを見て、私のことを引きずっているはずだったのに。


 必死に次のメッセージを考える。どうすれば、もう一度会える?どうすれば、彼の気を引ける?


 そうだ、同情を引こう。弱っている自分を演出しよう。昔から、この手を使えば優斗はいつも折れてくれた。


『実は、ちょっと色々あって……。今度、ご飯でもどうかな?相談したいことがあるの』


 送信ボタンを押す指が、かすかに震える。お願い、これで食いついて。


 メッセージが送信された頃、優斗はオフィスでパソコンに向かっていた。プロジェクトリーダーとしての仕事は山積みで、休憩時間も惜しいほどだ。


 ポケットのスマホが短く震え、画面に『水瀬美咲』の名前が表示される。


 優斗は大きなため息をつくと、仕方なくメッセージを開いた。


「相談……?」


 その言葉に、過去の嫌な記憶が蘇る。


『相談があるの』。それは、美咲が金を無心してくるときの常套句だった。ブランドのバッグが欲しい、友達と旅行に行きたい。その度に、俺はなけなしの貯金を崩して、彼女の願いを叶えてきた。


 もう、関わりたくない。

 彼女の人生に、これ以上振り回されるのはごめんだ。

 優斗の心は、すでに決まっていた。


『ごめん、今はコンテスト前で忙しいんだ』


 丁寧な言葉を選びながらも、その文面には明確な拒絶の意思が込められていた。

「忙しい」というのは、断るための常套句。大人なら、その裏にある意味を読み取れるはずだ。


 送信ボタンを押した直後、美咲のスマホが鳴った。

 飛びつくように画面を見ると、そこには絶望的な言葉が並んでいた。


「コンテスト……?何それ……」


 私が知らない、優斗の世界。

 彼が夢中になっている何かがある。その何かに、私は全く含まれていない。

「忙しい」という言葉が、鋭いナイフのように胸に突き刺さった。遠回しな、しかし決定的な拒絶。


 かつて、自分が絶対的な優位に立っていたはずの関係が、音を立てて崩れ去っていく。


 追いかける側と、追いかけられる側。


 その立場が、いつの間にか完全に入れ替わってしまっていた。


「なんで……」


 プライドはズタズタに引き裂かれ、熱い涙が頬を伝う。

 それでも、諦めきれなかった。ここで引いたら、本当に全てが終わってしまう。


『そっか、頑張ってね!落ち着いたら、また連絡するね!』


 健気な女を演じ、まだ繋がりが残っているかのようなメッセージを送る。それが、今の美咲にできる精一杯の抵抗だった。


 だが、そのメッセージが優斗のスマホに届くことはあっても、彼の心に届くことはなかった。


 彼は美咲からの返信を一瞥すると、そのまま既読無視を決め込み、LINEのアプリから彼女のアカウントの通知をオフにした。


 もう、彼の意識は、目前に迫ったコンテストと、それを支えてくれる大切な人へと、完全に集中していた。

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