第14話:元カノの影

 薄暗いワンルームの部屋。

 コンビニの弁当の空き容器が、ローテーブルの上に転がっている。

 着替えもせずにベッドに倒れ込んだ美咲は、虚ろな目で天井を見つめていた。


(なんで、こうなっちゃったんだろう…)


 付き合い始めた頃、高橋は完璧な王子様に見えた。


 高価なレストランに連れて行ってくれて、ブランド物のバッグを気前よくプレゼントしてくれた。友達に自慢できる、最高の彼氏。頼りなくて、いつも同じデートプランしか提案できない優斗とは大違いだ、と本気で思っていた。


 しかし、その化けの皮は、すぐに剥がれた。


 ガチャリ、と乱暴にドアが開く。

 酒の匂いをぷんぷんさせた高橋が、千鳥足で帰ってきた。


「ただいまぁ。おい、美咲ぃ、なんか飲むもんねえの?」


「…自分で冷蔵庫から出せば」


 美咲が冷たく言い放つと、高橋の機嫌が一気に急降下する。


「あ?んだよその言い方。彼氏様が帰ってきてやったってのによ」


「もう、あなたのそういうところ、うんざりなの」


「うるせえな。それより、金貸してくんね?来週の支払い、ちょっとヤバくてさ」


 まただ。これで何度目だろう。

 最初は「すぐ返すから」と言っていたのに、返ってきたためしはない。彼の見栄と派手な生活のために、美咲の貯金はみるみるうちに底をつき始めていた。


「もうあまり残ってないって言ったでしょ…」


 美咲が渋々そう言うと、高橋は舌打ちをして、美咲の腕を強く掴んだ。


「は?お前のために色々使ってやってんのによぉ!」


「痛っ…!やめて!」


 その時、高橋が放り投げたジャケットのポケットから、彼のスマホが滑り落ちた。

 画面が光り、通知が表示される。


『リナ:ケンちゃん、今日はありがと♡ めっちゃ楽しかったよ!次は泊まりで温泉いこーね♡』


「……これ、誰?」


 美咲の声は、自分でも驚くほど低く、冷たくなっていた。

 高橋はバツが悪そうに視線をそらすと、逆ギレしたように怒鳴った。


「うるせえな!いちいち詮索すんじゃねえよ!大体、お前だって元カレ捨てて俺のとこ来たじゃねえか!」


 その言葉が、ナイフのように美咲の胸に突き刺さる。

 そうだ。私は、優斗を裏切った。

 もっと刺激的で、リッチな生活を求めて、優しく穏やかだった彼を、一方的に捨てたのだ。


 反論する言葉が見つからなかった。

 掴まれた腕の痛みより、心の痛みの方がずっと強かった。


 高橋が再び夜の街へ出ていった後、一人残された部屋で、美咲は膝を抱えて泣いた。


 優斗なら、こんなふうに私を傷つけることは絶対に言わなかった。

 優斗なら、私のことを一番に考えてくれた。

 あの安心感と優しさを、どうして私は手放してしまったんだろう。


 後悔だけが、波のように押し寄せてくる。

 震える手でスマホを手に取り、SNSを開いた。

 もう何か月も見ていない、共通の友人のアカウントを辿っていく。


 でも、そこに優斗の影はどこにもなかった。

 最後に記憶している彼の姿は、私に振られて、みすぼらしく痩せこけて、生気の無い顔をしていた。


(優斗…今、どうしてるの…?)


 あの頃の頼りない彼の姿を思い出しながら、美咲は虚しさに声を殺して泣き続けた。

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