Ⅴ : ん!?

「いってて…。」


 気がつくと、額のあたりがジンワリと痛い。そっか、そういえば誰かとぶつかって…。

 え、待って?私は一人暮らしよ?

 それなのに、誰とぶつかったって言うの!?

 一気に冷や汗かいてきちゃった…。


「だ、大丈夫か?」


 ───────────え?


 だ、誰…?

 誰かの声が、目の前から聞こえる。


 うそ、誰かがやっぱり私の部屋に不法侵入してきたんだ…。

 私は怖すぎて頭を上げられない。一体、一体目の前に誰が…。私、殺されちゃうの…?


「どうした?そんなに痛むのか?」


 …ん?

 あれ、この声どこかで聞いたことあるような。というよりも、よく知っている。いや、この声を聞くだけで、私の心はなぜだか温まる…。


 私は恐る恐る、頭を上げた。

 その目の前に立つ人物に、ピントを合わせる。


「…っ!」


 言葉が、出なかった。

 なんたって、目の前にいるのは、憧れてやまない、大好きな人物だったのだから。


「…せ、せかい…くん…?」


 なんで、なんでここに。

 急に目頭が熱くなる。

 けれども妙だ。瀬海くんはさっきまであのバーで飲んでいた。それに仕事終わりだったため、スーツを着ていたはず。

 しかし今目の前にいる瀬海くんは、Tシャツに短パンというラフな格好で、しかも眼鏡をかけている。髪も、シャワーを浴びた後のように無造作なものだ。


「あれなんで…?さっきまでバーで…。というかなんで私の部屋に…?」


 そう私が問うと、瀬海くんはしかめっ面になりながら、私の額に右手を当ててきた。

 ひぇっ…!え、瀬海くんに触れられるなんて初めてなんだけど…!その手から香るボディーソープの良い香りが妙に現実的だ。


「どうした?叶羽。頭を強くぶつけすぎたんじゃないか?」

「え…なんで…。」

「なんでって、俺は今日バーになんて行ってないし。それに、」

 瀬海くんは額に当てている右手を、私の頭に優しく置いた。


「俺はこの部屋で、お前と一緒に暮らしてるだろ。」


 い、今なんて…?!


 い、一緒に…暮らしている…?


 そんなはずは…私、本当に頭を強く打ちすぎてどうかしちゃった…!?


 私は自分の頬を全力でつねってみた。

 痛い、ただ痛いだけだ。特に何も変わらない。


 そうだ、スマホ。あれで何か状況がわかるかもしれない。

 でも私さっき、空の様子に驚いた拍子にスマホを落としちゃったんだっけ?


 …と思ったのだけど、左手に、落としたはずのスマホが握られてあった。

 おかしいな…落としたはずなんだけど…。


 とにかくホーム画面を見てみる。日にちと時間は変わり無いようだけど、変わっているのが一つある。

 ホーム画面の壁紙だ。

 私が元々設定していた壁紙は、半年前に旅行に行った時の綺麗な夜景だった。


 けれども今設定されてある壁紙は、私と瀬海くんとの自撮りのツーショットだ。

 しかも、元々設定していた夜景に、そのまま私と瀬海くんが追加されている感じだ。


 ということは、私と瀬海くんが、半年前一緒に旅行に行ったということになる。


 どうなっちゃってるの…?


 そういえば、空!

 さっき、無数の地球みたいな惑星が空に浮かんでいて…いや、宇宙そのものが浮かんでいるような…。あの不思議で壮大な光景。

 そのうちの一つの惑星が、勢いよく落ちてきてたような…。


 私はベランダから空を見上げた。


 しかし、いつもと変わらない普通の夜空に戻っていた。


 私は夢を見ているのだろうか。あのバーでけっこう飲んでかなり酔っ払っていたし。


「叶羽、もう夜遅い。ベランダにいると風邪ひくぞ。さ、もう寝ようか。」


 そう言いながら瀬海くんは私の手を握る。その手はとても温かく、この状況がとても夢とは思えない。


「夢じゃ無きゃいいな…。」


 自然と、私の口からそう零れていた。


「ん?なんか言ったか?」

「あ、ううん。なんでも。」


 とりあえず、このよくわからない状況に、身を委ねてみようと思う。

 なんたって、こうしてずっと夢見ていたことができているのだから。

 瀬海くんと、手を繋いでいる。

 それに一緒に暮らしているらしい。


 夢が覚めるまででいい。


 とにかく今を、思い切り楽しもうと思った。






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