Ⅲ : 私がした選択は

「あんな奴…?」


 何を言ってるの?あんなに素敵な人、なかなかいないよ。


「瀬海くん、やっぱり凄い人でしょ。それに比べて私は…専門学校の出だし、料理もそこまでこだわらない。ご飯は基本的に安く済ませちゃうし…なんだか私、恥ずかしくなっちゃって。」

「へ〜。」


 外は月も出ていない夜の暗闇。街頭だけがポツリポツリとついており、その灯の下で結奈の顔が歪んでいくのがわかる。


「あんた、自分に非があると思ってるんだ?」

「う、うん…。やっぱり私って瀬海くんとは釣り合わないのかなって…私もっと勉強ちゃんとしてくればよかったなとか考えちゃって。」

「違うわよ、叶羽。」


 結奈は私の両肩を掴み、まっすぐに鋭い目を向けてきた。


「あんたは何も悪くない。自分のこれまでを否定することなんて何も無い。問題なのはあいつの方よ。」

「瀬海くんが…?」

「そうよ。あーもうハッキリ言っちゃうわ。あいつのことは諦めな。あんな考え方の人間とは、絶対に幸せにはならないわよ。」


 あんな考え方、とは、そのつまり…。


「まずね?女は料理こだわれとか言いながら、男だから料理しないとか、基本的に男尊女卑な考え方があっちゃうのが良くない!それに、相手に求める条件!キツすぎるでしょ!どうせああいうのは私たちのこと見下してんのよ!勉強だけが全てじゃないわよこの世は。あの人には何を言っても、今後も考え方は変わらないでしょうね!」


 結奈は息継ぎもせずひとしきり言葉を放った後で、一度深呼吸をする。


「…だから叶羽、あの人を追いかけるのはやめた方がいいわ。」

「そ、そんなこと言われても…。」


 しばらく沈黙が流れた。

 私は頭の中が混乱していた。私が瀬海くんを好きという気持ちは依然変わらない。けれども、親友の結奈の言うことも理解したかった。

 いや、本当は理解しているのかもしれない。

 だけど頭の中にいる瀬海くんの手前に、分厚い壁が立ちはだかりその考えを遮断している。


 理由ははっきりとしている。


 瀬海くんのことが好きだから、彼のことを否定する考えが受け入れられないのだ。


「…ありがとうね、結奈。たぶん私のことを思って言ってくれてるんだろうけど…。それでもやっぱり、私は瀬海くんが好き。」


 私がそう言うと、結奈は少しだけはにかんだ。


「まぁそりゃあ、人間すぐには好きな人を嫌いにはなれないけど。ただこれだけははっきり言える。あんた、これから料理とかこだわって頑張ってみよう、少しでも瀬海くんに追いつけるようになろうって、そう思ってるでしょ。」


 図星すぎてギクリとした。

 本当、結奈には私の心の全てがお見通しなのだ。


「やっぱり。けどね、その努力はきっと無駄だよ。なんたって…。」


 結奈は一度空を見上げ、再び私に視線を戻してから言葉を続けた。


「あんたと瀬海さんとじゃ、生きてる世界が違うもの。」


 生きてる世界…。


 よく耳にする言葉ではある。

 けれどもなぜだかその言葉は、今の私の心には、ひどく突き刺さったのだった。






 私はそのまま、とぼとぼと俯きながら帰宅した。


 頭の中では、先程結奈が放った言葉がずっとこだましている。


「生きている世界が違う」


 わかってる。わかってるよ。

 けどさ、もしも、私が瀬海くんの隣に並んで歩くことができたら。学歴は今からどうこうできるものじゃないけど、でも努力できることはあるんじゃない?

 今からでも、瀬海くんに相応しい女性になるために努力したら、もしかしたら振り向いてくれるかもしれない。そうしたら私、嬉しくて泣いちゃうよ。


 だけど先程からこだまする言葉。

 その言葉のせいで、私はその努力の一歩すらも踏み出せない気がしていて。


 結局、どうなりたいんだろう、自分は。


 いっそのこと、瀬海くんと同じ世界で生きることができる、別の世界線にでも行けたら…。

 ほら、パラレルワールドってよく言うじゃない。


 …とか、非現実的な思考に逃げてしまっていて。

 私は頭をブンブンと横に振った。


 とあるアパートの小さな一室。

 帰ってきて電気をつける。誰も返さないのにその空間に「ただいま」と小さく呟く。


 いつもと変わらないこの部屋なのに、なぜだか今日は一段と小さく暗く見えてしまうな。


 その小さな空間にいたくなくて、私はベランダに出て夜風を吸った。

 辺りはどこにでもある集合住宅が立ち並ぶ。

 空の面積が狭いな。これじゃ心も狭くなっちゃう気がするよ。


 瀬海くんが住む家はきっと超豪邸なんだろうな。

 門から玄関までがやたら遠く、リムジンなんかが停まってる。敷地内には中庭があって、噴水とかもありそう…などとそんな妄想ばかりが膨らむ。


 その膨らんだ妄想の風船を、自由な空へと放った。


「は〜あ。」


 好きという気持ちだけではどうすることもできない世の中。相手も自分のことを好きでなければ意味が無い。けれども現状、好きになってもらうどころか私のことなど眼中にも無いのだ。


 この世界線じゃ、あなたとは一生、結ばれない。


 だめだめ、そんな否定的な思考にばかりなって。


 とりあえず占いでも見てみようかな…。

 私と瀬海くんとの相性とかがわかるかもしれないし、もしかしたら良い結果かも。

 まぁただの気休めにしかならないけどさ。


 そういえば結奈が占いとかよく見てるって言ってたな。あんなに占いとか信じなさそうなのに、見るのだけは面白いって、けっこういろいろ見てたはず。

 私は結奈に、今日のお礼ついでに占いについてを聞くメッセージを送った。


 ・・・・・・


『なにあんた、占いとか信じるつもり?笑』

『正直気休めだけどね。でもそわそわしちゃって、とりあえず見てみようかなと笑』

『まったく、あれだけ言っても聞かないんだから。ほんと、恋する乙女よの笑 いいわよ送るわ、とっておきのサイトをね。』


 ・・・・・・


 ピロン、と結奈からのメッセージ音が響く。

 そこには結奈がオススメする占いサイトのURLが添付されていた。

 何の迷いもなくそのURLをタップする。


 するとページを開いてすぐ、画面の一番手前に小さなウィンドウが表示された。

 ポップアップ広告とか言うものだ。


 正直こういうポップアップ広告は煩わしい。すぐにサイトを見たくても邪魔されるのだから。

 そのため、普段はポップアップ広告の右上にあるバツ印をすぐに押すようにしている。


 今回もいつもと同様にバツ印を押そうとしたのだけれど。


 その手が止まった。


 どうしてだろう、釣りのような文章なのに、私はその文の全てに目を通したくなってしまっていた。


「これを見たそこのあなた…。あなた好きな人と結ばれない運命にある…。けれどもそれは、この世界線での話。もしも、好きな人と結ばれる世界線があったなら…。そこではあなたはずっと大好きな人と一緒…。結ばれないこの世界線に残るのかそれとも…結ばれる世界線に行って幸せになるのか…。」


 なぜだか自分の心の臓がドクンドクンと激しく波打ち始めているのを感じる。

 一番下の行には「行く」か「残る」かという選択肢があった。


 いつもなら必ず押すバツ印。

 しかし今の私は、なぜだかその選択肢のどちらかを押したい衝動にかられている。

 このどちらかを押せば、何かが大きく変化する。

 そんな何の根拠も無い確信だけが、大きく膨らむ。


 スマホを持つ手が震えている。

 押したい、押したいのだ。

 どちらの選択肢を押すかって?

 そんなの決まっている。


 もちろん──


「行く」








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